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74:〔灰→黒=?〕

 大きく息を吐き、そして吸い。

 それを何度か繰り返し、息を止めた僕はぐっと地面を踏み締める。そして、膝を思い切り曲げてしゃがみ込み――


「やっ!!」


 ――真上に、跳んだ。

 竹林を遥か下に見下ろし、なおも上昇を続ける僕の身体。脚を蹴り上げ、その反動で空中で仰向けになる。そのまま思い切り伸びをした僕は、ぽつりと呟いた


「完全復活、ってところかね」


 もう一度蹴り上げる動作をして、今度はくるりと半回転。俯せの姿勢で重力に捕まり、自然落下に身を任せた。



「もう大丈夫そうね」

「おかげさまですっかり治ったよ。ありがとう」


 着地した僕を出迎えたのは永琳だった。

 口元に優しい笑みを浮かべている永琳は、トスンと縁側に腰掛ける。


「いつ出るの?」

「今日の夜には」

「そう……。寂しくなるわ」

「半分嘘?」

「六割本音」


 四割嘘か、と笑いながら僕も隣に座る。

 しかしまぁ、一週間程度とはいえ、客人の無い永遠亭ではこんな僕でもたまの良い刺激にはなるのだろう。そう考えれば、悪いものではない。


「鈴仙は?」

「今は自分の部屋にいるんじゃないかしら。貴方を待ってたりして」

「からかうのはよしてよ。ただ挨拶しにいくだけさ」


 靴を脱ぎ、ギシリと廊下を踏み締める。どこからともなく現れたウサギさんを肩に乗せて、鈴仙の部屋に向かうことにする。


「あ、永琳」

「?」










 音を鳴らしながら、何となくゆっくりと歩く。

 思い返すのは鈴仙のこと。

 予想外に怪我の治りが早かったので(果たしてそれが僕の自然治癒力の高さなのか永琳の薬のおかげなのかはわからないが)、鈴仙の能力練習は三日程しかできなかったが、それでも僕相手には普通に接してくれるようになった。時折見せる笑顔はとても綺麗で、思わずこちらも笑顔になってしまうほど。最近気付いたのだが、どうやら僕は普段無表情な人の笑顔が大好物なようで。鈴仙の笑顔にも例外無く惹かれているわけである。


「う〜ん……。これも一種の狂気だろうか」


 自分の言葉に少しだけ笑いながら、擦り寄ってくるウサギに目を細める。

 狂気と言えば、彼女の能力の練習相手をしていてわかったことがある。まだ確信出来てはいないのでなんとも言えないが……まぁ、それも今日中に確かめてみよう。丁度鈴仙の部屋に着いたことだし。


「鈴仙? 入っていい?」

「あ、ハイ。どうぞ」


 返事の後に襖に手をかける。特に躊躇いも無く開け放つと、そこには鈴仙が正座して机に向かっている姿があった。薬の勉強でもしていたのだろうか。


「あ、邪魔したかな」

「いえいえ、丁度終わったところです。そろそろ来る頃かなぁと思いまして」


 振り返って笑顔を見せる鈴仙。待ち侘びていたかのようなその台詞に、若干の嬉しさを感じながら扉を閉める。ウサギさんはついさっきどこかへ行ってしまった。


「さて、今日も練習をするわけなんだけど」

「?」


 首を傾げる鈴仙。長い耳がふらりと傾いた。


「僕は今日の夜ここを出ることにしたから、これが最後の練習になる。だから、今回は少し趣向を変えて……」

「ち、ちょっと待って。 今日の夜、ですか?」

「うん。怪我も完治したし、あんまりのんびりもしてられないからね」

「……そう、ですか……」


 あからさまに落胆する鈴仙。別に永遠の別れになるわけでもなし、そんなに落ち込まなくともいいだろうに。


「まぁ、今日の夜まではいるからさ。どうせならそれまで付き合っても構わないし。だからちょっと頭を切り替えて話を聞いて」

「……わかりました」


 ぱっと表情が切り替える鈴仙。耳がへたりとしているのは見ないことにしよう。


「よし。で、今回の練習なんだけど……まぁ、難しいことはしないから安心して」

「はぁ。なにをするんですか?」

「今までは僕が鈴仙の感情を操って、無理矢理能力を使用出来ないようにしていた。そうすることで、能力を使っていない時の感覚を覚えてもらおうとしていたんだけど……。今回は、それとはある意味真逆のことをしてもらう」


 言って、僕は鈴仙の真正面に跳んで着地。至近距離でその瞳を見据え、僕は口を開いた。


「――僕を、全力で狂わせてもらう」

「…………へ?」










「ほ、本当にいいんですか?」

「くどい。やるって言ったらやるの。それとも何、逆に狂わせて欲しいの?」

「う……。わかりました、では」


 場所は変わって永遠亭の外。少し開けた場所で、僕と鈴仙は向かい合う。

 僕の言葉で鈴仙は目を一度閉じ、しばらく突っ立ったまま動かない。

 対して僕は臨戦体勢程度に妖力を解放し、ただ鈴仙の閉じられた瞳を見つめている。能力は使わない。これは、彼女の能力をこの身に受けてこそ意味があるのだ。

 ……実を言えば、それは鈴仙の為ではなく、僕の為なのだけれど。


「いきます」

「いつでも」


 ぽつりと放たれた言葉に、同じくらいの声で返す。

 そして鈴仙の目が開かれ、その紅い瞳を直視した瞬間――


「っ」


 ――ドクン、と心臓が跳ね上がった。

 思わず歯を食いしばり、頭を抱えるも視線は逸らさない。半ば睨みつけるように鈴仙の瞳を見続ける。


「ぐっ……あ……!」


 食いしばった歯の隙間から息が漏れ、しまっていたはずの爪が飛び出した。

 心臓の鼓動が全身に響き、いつしか身体全体が心臓で出来ているかのような感覚に陥っていた。

 視界がぐにゃりと揺らぐ。竹林の竹が信じられないしなやかさを見せている。

 どっと汗が溢れ出す。次の瞬間世界がガクリと揺れ動き、それは自分が膝をついた衝撃のせいだと鈍る頭で理解した。


「ミコトさん!?」

「止めるな……続けろッ!」

「っ!?」


 僕の怒声にビクリと身体を震わせる鈴仙。

 もう少し、もう少しで、僕になんらかの『変化』が起きるはずなんだ。


「ハッ、ハァッ……」


 グラグラと揺れ動く視界の中、ひとつだけ揺らがない物体が存在する。

 それは、鈴仙の姿。僕を直視する紅い瞳がある顔は、何かを我慢しているように見える。


「ッ!」


 心臓が跳ね上がる。送られた血液が沸騰している。脳が締め付けられ、骨が軋んで悲鳴を上げている。




 ――――――××セ。




「がぁっ……」


 頭を地面に擦り付ける。視線を外しても、この苦しみは和らぐことは無い。




 ――――――コ××。




 頭の中から響く声。

 その声が響く度に頭蓋骨にひびが入るような痛みが走る。




 ――――――×ロセ。




「……ろ……せ……?」




 ――――――コ×セ。




「こ……ロ、せ……」




 ――――――コロセ。




「ころ、セ……コロセ……」




 コ  ロ  セ  。




「コロセ……コロ、セ。殺せ、殺、す……!」









「――――ミコトさんっ!!!!」


「っ!!」


 声が聞こえた瞬間、僕は地面を思い切り殴りつけた。

 即座に感情を操り、暴れ出した感情を上から塗り潰していく。

 理性を一瞬で取り戻し、僕はパタリと後ろに倒れこんだ。脱力感が尋常じゃない。しばらく動けそうにないな、これは。


「ミコトさんっ! 大丈夫ですか!?」

「ん……まぁ、なんとか」


 駆け寄ってきた鈴仙に抱き抱えられ、僕は軽い調子でそう答えた。

 さて、自分ではわからないから鈴仙に聞いてみようか。


「鈴仙。僕の身体、どこか変わってない? 色が変わってる、とかさ」

「色、ですか? ……あっ、髪の毛先が、少しですが黒く……」

「……なるほど」


 やはり、僕の考えはあながち外れてはいないみたいだな。

 幽香との戦いの時、僕が気絶する寸前の永琳の言葉を頼りにしてみたのだが……しかし、あれだけの狂気で毛先だけ、か。一体どれだけの……まぁ、今はいいか。


「鈴仙、部屋まで連れてって」

「え? キャッ!」


 何の前触れも無く猫の姿に変化した僕を、鈴仙は驚いて投げ捨てた。


「ニ゛ャッ!」

「あ、す、すいません! 思わず……」


 慌てて僕を抱き上げる鈴仙。先程よりも優しく胸に抱いてくれる鈴仙の感情を操り、『罪悪感』を消しておく。

 ちらりと永遠亭な方を見ると、永琳の部屋の襖がパタリと閉まるところが見えた。

 万が一僕が暴走したら止めてくれ、と頼んでおいたのだが、それは杞憂に終わった。正直なところかなり危かったが、土壇場で流れ込んできた鈴仙の感情に助けられた。感謝せねば。


「どうかしました?」

「……なんでもないよ」


 ……恥ずかしいので言わないけど、ね。










「寝ちゃった、か」


 僕の膝の上、少し赤い顔で眠っている鈴仙の頭を撫でる。規則正しい呼吸のリズムが膝に伝わり、僕はそれを見て目を細めた。


「出るなら今のうち、かなぁ」

「私に聞いてどうするの。貴方が決めることじゃなくて?」

「いや、そうなんだけど」


 開かれた襖から外を見る。丁度日付が変わった辺りだろうか、確かに僕的にはベストなタイミングではある。鈴仙も寝てるし。


「ただ……」


 膝上で「うぅん……」とか言いながら顔を擦り寄せてくる鈴仙を見ていると、もう少しこうしていたい気もしてくる。

 いやでも、僕にはやるべきことがあるからなぁ。ここは我慢して行くべきか。


「……行くか」


 鈴仙の頭をなるべく優しく抱え、可愛らしいウサギさんのクッションを下に置く。かなりひらべったいウサギさんのクッションだが、果たしてこれは使われすぎて煎餅化した結果なのだろうか。

 ……どうでもいいことを考えるくらいなら、とっとと行った方がいいな。気持ちがぶれる前に。


「じゃあ行くよ。いろいろとありがとう」

「また来なさい。歓迎するわ」


 永琳の声を背に、僕は膝を曲げる。

 振り向きたくなるのを我慢して、僕は竹林の闇へ飛び込んでいった。










「いったわよ」

「………………」

「貴方も健気ね。『いかないで』と一言言えば、彼は出発を延ばしていたでしょうに」

「……私には、できません」

「何故?」

「わかりません」


 静かになった永遠亭の一室。

 一人の少女が、ひらべったいウサギに顔を埋めていた。

 彼女は今どんなことを思い、どんな表情をしているのか。

 感情でも読めない限り、それはわかりはしないだろう。





 ぼふっ、と。

 叩かれたウサギが埃を立てて鳴いていた。

うどんげかわいいようどんげ。

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