67:〔百年振りの初対面〕
「っと」
スキマから吐き出されるようにして着地。
数秒程頬に手を当てていた僕は、ぶるぶると顔を振って頭を切り替えた。
……紫め、帰ったらどうしてやろうか。
そんなことを考えながら周りを見渡す。薄暗いこの場所は、いつかきた迷いの竹林。
「ふむ……。どうせだ、妹紅にでも会っていこうか」
「私がどうかしたか?」
「わお」
いきなり背後から声をかけられ、ビクリと尻尾が逆立ってしまった。振り返ればそこには当然彼女の姿があって。
「なんだ、ミコトさんじゃないですか。どうしたんですこんなところで」
僕はその問いに、鼻の頭を掻きながら苦笑いを返すのだった。
「へぇ……そんなことが」
所変わって妹紅の家。いつか口にした筍の煮物をかじりながら、僕は妹紅を見ながら頷いた。
妹紅は僕の説明を黙ってじっと聞いてくれて、すんなりと理解してくれていた。本当に頭の良い子である。
「で、次は誰に?」
「それがまだ決まってないんだ。どこぞのスキマ妖怪に落とされただけで、本当はここに来るつもりも無かったんだけど」
「む……」
「? どうかした?」
「なんでもないです」
ぷいっ、といった感じで視線を逸らす妹紅。
なんだい、そんなに紫と居たことが気に入らないのか?
そう聞こうとしたが燃やされそうなので止めた。
「なら、慧音のところに行ってみませんか?ちょうど私も人里に用があるので」
「慧音か……」
「はい。本当はさっき人里に向かっていた途中だったんですが」
「いきなり僕が現れたってわけね。それは悪いことをした」
軽い口調で言った僕は、ガタリと椅子から立ち上がった。次いで妹紅も立ち上がる。
「慧音なら、多分そんなに大変なことは起きないでしょうし」
「む……。それについては賛同しかねる」
初対面では僕の話を全く聞かなかったし。記憶が戻っていないならあの繰り返しは充分有り得るというものだ。
まぁしかし、人里の様子も見てみたいところだし。
しかし……そういえば。
「ちなみにさ」
「?」
「僕が封印されてから何年経ったの?」
「ああ……。ざっと、百年ぐらいですかね」
……三桁とな。
「へぇ、案外賑わってるんだ」
「人里では妖怪は人間を襲いませんからね。安全なんです」
人里についた僕と妹紅は、すれ違う人々を見ながらそんな言葉を交わした。
僕らが向かう先は無論、寺子屋である。
僕が封印される前、つまり百年前よりも家や店らしき建物が増えている。というより、人里自体大きくなっているようだ。
「寺子屋はどこらへんなの?」
「前あった場所と変わってません。もうすぐですよ」
てくてくと歩いていく僕と妹紅。
ちなみに今は耳も尻尾も隠していない。本来なら人里がパニックに陥ってもおかしくはないのだが、そんな様子は少しも見当たらない。先程の妹紅の言葉がよくわかる。
だが、もしここで僕が暴れたりしたら一体どうなるのだろう。紫でもやってくるのだろうか? いや、もしかしたら藍かも知れない。紫なら面倒臭がってこないことも充分有り得る。
そんなことを考えながら曲がり角を曲がる。
と、そこには。
「慧音」
「なんだ、妹紅じゃないか」
野菜が入った篭を手に持つ、上白沢慧音の姿があった。
僕の記憶と同じ、長くて綺麗な色の髪。そういえば、初めて会った時は僕も髪が長かったんだよな。
「ところで……」
僕の前で妹紅と話していた慧音が、ちらりとこちらを見た。その視線は僕の足元から首までをじっくりと歩き回り、最後に顔で立ち止まる。まるで珍しいものを初めてみたような、そんな感じである。
これは、もしかして?
「妹紅、この方は?」
「やっぱり……」
「?」
ガクリとうなだれる僕を見て、慧音は不思議そうに首を傾げていた。
「……すまない。全く覚えていない」
「全くっ……」
「慧音さん、もう少し柔らかい言い方を……」
慧音の家、ズバッと切られて悶絶する僕を見て、慧音の隣に座っている少女が小さな声で言った。
彼女の名は稗田阿求。人里に住む正真正銘の人間である。慧音の授業は彼女の一族が纏めた資料を元に行われているらしく、ちょうど彼女が慧音を訪ねた時に僕らが帰ってきて今に至る。
驚いたことに彼女は能力持ちらしい。それを利用して情報を纏めているとか。
「ま、まぁそんなに落ち込むなよミコトさん。ほら、自分のことを教えてやれば思い出すかも知れないし」
「……別に落ち込んじゃいないけどさ」
カッコイイ言葉遣いの妹紅にそう返し、僕は慧音(と阿求)に向き直る。
……だがしかし、どこから語ればいいものか。「長生きなただの妖獣です」なんて言っても説明にならないし、かといって他の話をしようにもそれは最低でも百年前の昔話になってしまう。
「今……ミコト、とおっしゃられましたか?」
「え?あ、あぁ」
僕がうんうん唸っていると、阿求が信じられないといった面持ちで妹紅に視線を向けていた。
なんだ、と驚く妹紅を余所に、阿求は慌ただしく手元の資料らしきものをめくっていく。そしてその手が止まり、ぺしん、とそのページを机にたたき付けた。
「で、では、これは貴方ですか!?」
「うん?」
どれどれ、と僕と妹紅が机に身を乗り出す。
その資料には、若干違うところはあるものの――僕の姿が、描かれていた。
妹紅はその墨で描かれた僕と隣にいる僕を交互に見て、納得したように頷く。
「『――命――幻想からもかき消えた伝説の妖獣』……ね」
「どうなんです!?」
「落ち着いて……。まぁ確かに、これは僕のことだね」
『鬼を打ち倒し、天狗を置き去りにすることが出来た……』なんて書かれてたりする資料を眺めながら、僕は苦笑いでそう返した。確かに事実だが、こう文章に表されるとむず痒いものがある。
以前も思ったが、僕も大概ふざけた存在だ。
「ははぁ……。最近はいろんなことが起きますね。先日も吸血鬼の館が現れましたし、しかも妖怪率いて何かを企んでいたらしいですし」
「あ、それ止めたの僕」
「……資料に偽り無し、ですか」
私は見たことが無かったから半信半疑でしたけど、と半ば呆れた様子で呟く阿求。
その隣では、慧音が僕の資料を見つめながら難しい顔をしていた。
「どうした? 慧音」
「いや……。どうにかして思い出そうとしているんだがな」
そんなことを言いながら資料の僕を見続ける慧音。端から見たら敵でも睨みつけているかのようだ。
「ま、そう無理に思い出そうとしなくていいよ。こっちでどうにかするからさ」
ずっと睨まれ続けるのもなんなので、僕は軽い調子でそう言った。
多分本人の努力云々じゃどうしたって思い出せないだろうし、そこまで真剣に受け止められたらそれはそれで恐縮してしまう。
「……そうか?」
「そ。まぁでも、頭の隅っこぐらいには置いといてよ。ところで……阿求さん」
「さんはいりませんよ」
「じゃあ阿求ちゃん」
「むしろ止めて下さい。なんですか?」
「ちょっと人里を案内してくれない?様子を見てみたいんだ」
そういいながら僕は猫の姿に変化。ピョンと跳んで阿求の肩に飛び乗った。
「あ……!」
「妹紅、慧音に用があるんだろ?僕達が出掛けてる間に済ませちゃいな」
「あぁ、そうさせてもらう」
慧音が立ち上がりそうになったのを見て、僕は妹紅にアイコンタクト。
妹紅は言葉と共に頷いて慧音を床に座らせる。その間に、阿求は玄関の戸を開けて外に出るのだった。
「軽いんですね」
「猫ですから」
気持ちゆっくりと歩く阿求の肩に乗り、そう返す。
昼時だからか外を歩く人は少なめで、代わりに飯屋らしき場所が賑わっていた。
「随分と賑やかになったもんだ。やっぱり妖怪に襲われないのが大きいのかね」
「そうでしょうね。ですが、逆にそのせいで妖怪側の力が落ちてきているのも事実です」
「…………」
「貴方が解決した吸血鬼騒動も、原因はそれです。力が落ちていた妖怪達を一気に従えた吸血鬼が、幻想郷を飲み込もうと企んだ」
「そこを僕が止めた、と」
「そうなりますね」
止めた、というよりかは和解した、という感じだったけれど。暴走しかけた僕を止めたのは向こうさんだったし、メンバーがメンバーなだけに一歩間違えればあの館が吹き飛んでいたかもしれない。恐ろしい。
「というか、なんでいきなりそんな話を?」
「どうせなら人里だけじゃなく、他の様子も知りたいかと思いまして。えと……」
「ミコトでいいよ」
「ミコトさん。貴方はこの百年の間のことが知りたくて、私を連れ出したんでしょう?」
「……ばれてましたか」
思わず苦笑い。ここ最近は苦笑いをする機会が多いな。
僕は阿求の肩から飛び降りて、着地の瞬間に人型に変化。周りの人間が驚いているが気にしない。
「ということは。阿求は僕がこの百年、どうなっていたか知ってるんだ」
「えぇ。しっかりと」
「そっか……。なら話は早い。ざっとでいいから話してくれない?僕がいなかった間のこと」
「はい。喜んで」
笑顔で言った阿求。僕はその隣を、いつもよりゆっくりと歩いていくのだった。
「あ、ミコトさん!」
「妹紅。慧音は?」
「明日の授業の準備があるって」
「なら、私はその手伝いをしていきます」
「あぁ、ありがとう阿求。大分タメになったよ。何かあったら呼んでくれ。喜んで手伝うから」
「覚えておきます。では」
寺子屋の前、阿求と別れて妹紅と合流。
並んで歩きだした僕等は、少し朱く染まり始めた空を見上げる。
と、妹紅が視線を空から僕へと変えて口を開いた。
「阿求と何を話していたんですか?」
「ん?あぁ、この百年の様子をざっと話してもらったんだ。有意義だったよ」
「……私に聞いてくれてもよかったじゃないですか……」
「え?」
「な、なんでもないです。それにしても残念でしたね。慧音の記憶が戻らなくて」
「いや……むしろ戻らないだけで済んで良かったよ。暴れられたりしないだけね」
今回も戦わないで済めばいいな、と続けておく。
僕を思い出させる為に相手を傷付けるなんて真っ平だ。
「でも、どうしよう。暴走しなかったとはいえ、どうしたら記憶が戻るのか……」
「ショック療法は」
「妹紅で試す?」
「冗談です。でも気になったことならひとつだけ」
人里から出た辺りで妹紅が立ち止まる。数歩進んだ場所で僕も止まり、振り返った。
「ミコトさん、慧音の前で猫の姿になりましたよね」
「あぁ。阿求の肩に乗っかった」
「それはいいとして。猫の姿のミコトさんを見た慧音、変な反応したの覚えてます?」
妹紅の言葉に、僕は頭に手を当てた。
そういえば……外に行こうとする僕と阿求を見て立ち上がろうとはしていた。その表情は……。
「言われてみれば……変に驚いたような表情してたかな」
「でしょう? もしかしたら、です。ミコトさん、以前慧音に猫の姿で何かしたんじゃありません?」
「いや、以前も何も慧音とは昔一回しか……」
いや、待てよ?
確か、慧音との初対面は……。
「……ミコトさん?」
「妹紅。お手柄かも」
妹紅に歩み寄ってその頭をぽふぽふと叩く。
驚いて避けようとする妹紅の頭をそれでも撫でつづける。
「妹紅、満月まで妹紅の家に泊まっていい?」
「はへ!? な、なんですかいきなり!」
「駄目ならいいけど。永琳とこまで案内して」
「だ、駄目なんて言ってない! むしろ満月までなんて言わないでずっとでも……」
「ありがと。久々に一緒に寝ようか」
「な、な、なぁ!?」
「昔は良く寝てたじゃん。まぁ、嫌なら」
「嫌なんて言ってなぁい!!」
急に騒がしくなった妹紅を隣に歩き出す。
満月までは後何日あるだろうか。
まぁ、この考えが正しければ次の満月が勝負の日になる。
できれば『あの通り』に行かないで欲しいものだが……。
「顔真っ赤だけど大丈夫?」
「――――〜〜っ!」
まぁ、満月の日が来るまでは楽しく過ごしても良いだろう。
阿求登場。
大分賢いキャラになったけど良いよね!




