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60:〔時を経た幻想郷 鬼が二人に散りかけの花。そして目覚める『私』と『彼』と〕

サブタイトルの長さ。


しかし変えるつもりはさらさらない。

「近頃は暇だねぇ……。アンタがいないだけで、アタシは本当につまんないよ」


森の中、とある鬼がそう呟いた。

薄い桃色の髪を無造作に振り乱し、しかし艶やかな髪はすぐに纏まりを見せる。頭にある一本角を触りながら歩く彼女は、手頃な岩を見つけるとそこに腰掛けた。

彼女の名は魅王桃鬼。

万の時を生きる最強の鬼にして、最初に鬼神を名乗った最古の妖怪。

そんな彼女は、心底つまらなそうに欠伸を連発していた。

が、


「おやぁ……?どこかで見た灰色だ。しかし、アイツでは無いねぇ」


桃鬼は言いながら岩から飛び降り、遠目に見えた灰色に向かって歩き始めた。










「ふむ。確かにこれはアイツの着物だ」

「…………」

「にしても……。アンタは何者だい?この着物を着ている妖怪といやぁ、アタシの記憶が正しければ一人しかいないはずなんだが」


テコテコと歩いていた灰色に追い付いたアタシは、特に何も考えずにそいつの前に出た。

驚いているそいつの脇に手を入れ、無造作に抱え上げる。手足がわたわたしているが、そんなのは気にしない。


「アイツが消えて早百年……。いつかは帰ってくるとは思っていたが、なんだかややこしいことになってるみたいだねぇ。アンタ、アタシを知っているだろう?アタシだけじゃなく、志妖のことだって覚えてるはずさ」

「…………」


わたわたしていた手足が動きを止め、キョトンとした瞳で見つめてくる。

黙り込むことでやり過ごそうとしているのか、もしくは……。


「まぁいいさ。言いたくないならそれもよし」


少女を降ろし、改めて抱き上げる。特に抵抗しないあたり、やっぱりコイツはアタシを知っている。


「どうせ次は志妖だろう?アレはアンタ……いや、ややこしいからいいか。とにかく行こうか」


腕の中で小さく頷く妖獣を見て、私は飛んだ。向かうは妖怪の山、アタシの洞窟だ。










「志妖、いるかい?」

「桃鬼様。どうされましたか……その、妖獣は?」

「なんの変哲も無い化け猫さ。アンタに会いたかったらしい」


私が洞窟の中でくつろいでいると、存外早く桃鬼様が帰ってきた。

立ち上がってそちらを見れば、見知らぬ灰色の妖獣の姿。思わず言葉に詰まるが、私は冷静に聞く。

返ってきた答えは微妙なものだったが、桃鬼様が言うなら危険は無いのだろう。


「私に会いたかった……?」


確かめる為に私は自分で言い直すと、灰色の少女はコクりと頷いて私に近寄ってきた。

そして、私の全身をまじまじと見つめること数十秒。

その間、私は言いようのない感覚に襲われていた。この少女の灰色の瞳に見つめられるこの感覚、私はどこかで経験している。

……はずなのだが、最近はもちろん、遥か昔を思い返しても、そんな記憶は存在しなかった。


「あ……」


貴女は何者か、と聞こうとした瞬間、少女はペこりと頭を下げると、地面を蹴ってその場から消えた。その瞬間に発された妖気は凄まじく、思わず尻餅をついてしまう。


「ふむ……。まだまだ本調子じゃあないみたいだねぇ。今は、身体を慣らしてるってとこか」


何故だかとても楽しそうに呟く桃鬼様の言葉。

私には意味がわからなかった。










妖怪、風見幽香は向日葵畑で溜め息をついていた。

なぜだかこの数十年、自分の身体にぽっかり穴が開いたような感覚によく襲われる。現在もその真っ最中である。


「何かしらね、この喪失感は……」


らしくないとは分かっていつつ、日傘を傾けて空を仰ぐ。

昔の自分は、もっと充実していたように思う。

そう……数十年前までは、確かに充実していたのだ。

だが、何故充実していたのかが全く分からない。

生活自体は変わっていないはずだ。大好きな花に囲まれて、自由気ままに過ごす。それは、何時だろうと変わらないし、これからだってそう過ごしていくだろう。

だというのに、今の生活には何かが足りなかった。


「参ったわ……。私らしくもないけれど、今は何もする気が起きない」


私は今日も元気な向日葵の花をピンと弾き、喪失感を感じながら家へと向かうことにした。


そんな姿を遠くから見つめていた灰色の妖獣は、尻尾をふらりと揺らすとその場を後にした。



今度はただ歩き、ゆっくりと移動する。

長い間封印されていた身体は、『彼』の知り合いを見て回るついでに慣らしていった為に大分動いてきた。

妖力はこの百年で既に全盛期と遜色ない程まで回復。後は何が足りないかと考えれば、『彼』自身が持つ能力のみだろう。

最も、この妖力も『彼』が生きていく中で得ていったものなのだけれど。私自身の妖力は、『彼』と同化したその時に失われているのだから。


「……そろそろ、かな」


大結界は私がここに現れた時、既に安定している。故に『彼』が目覚めるのもそう遅くない。


大丈夫、もういつ『彼』が戻ってきても、何の問題も無いのだから。


私が全てを託した『彼』。

ただの猫として一生を終えようとしていた私を、その達観した瞳で真っすぐに見てくれた『彼』。

なぜだかは分からないが、『彼』になら全てを託しても良いと思った。そして、その選択は間違いではなかった。


「…………」


木の枝に跳び移り、腰掛ける。

この行動も慣れたもの。『彼』と同化してからも、『その前』からも、私はこうして眠るのが好きだった。


私は、『彼』と同化する前、つまり『私』が何万年も昔から生きる、俗に言う大妖怪という存在だった頃。


歳経た猫が『私』という人格を持ち、当然ながら妖怪として生きていた。

特に意味もなく人を襲い、何となく生き、気まぐれで人を助けたりして。

そのすばしこさから私を捕まえられる人間は存在せず、気が付けば万を生きる大妖怪として君臨していた。


しかし、時は流れ、人間は次第に妖怪を忘れていった。

力を失っていく妖怪は、当然ながら人間達によって淘汰され、凄まじい勢いで数を減らしていった。

その中でもなんとか生きていた私だったが、最早妖怪として生きていくには時代が違う。残された道は、単なる猫を演じて生きるだけの、無気力な生活だった。


野良猫としてただ無気力に生きていく。大妖怪の名も完全に廃れた私。

そんな時に出逢ったのが、『彼』だった。


ただでさえ弱い人間の中で、更に弱り切っている脆弱な青年。

本来なら気にも止めずに進んでいたはずが、私は見てしまったのだ。『彼』の瞳を。


目が合って数秒、不覚にも動きを止めていた私に、『彼』は震える腕で頭を撫でてくれていた。

この時すでに、私は『彼』を気に入っていたんだと思う。

無気力な生活をしていた私に、少しだけ活力が芽生えた瞬間だった。


『彼』と出逢って約二十日。『彼』に逢うことに楽しみすら覚えていた私は、『彼』の様子がおかしいことにすぐ気付いた。


――死期が、近い――。


腐っても大妖怪、それぐらいのことはすぐに分かる。


『彼』もそれは悟っているのか、いつもより深く、優しく、私の身体を撫でてくれた。

そして、目を細めて、私に言ったのだ。


――連れていってよ。


それきり、彼の腕は動きが鈍くなった。

私は思った。『彼』を救いたいと。もっと『彼』と一緒にいたいと。……もっと、『彼』に生きていて欲しい、と。


そして、思い出した。


私の能力、『命を分け与える程度の能力』、そして、『時を越える程度の能力』の存在を。


迷っている暇も、理由も無かった。

能力を同時に発動。私の命を彼に分け与え、残された命を使い、過去へと飛んだ。










「…………」


こうして、『私』と『彼』は一緒になった。

私はもちろん後悔していないし、『彼』も感謝してくれている。

私個人に残された能力は『命を分け与える程度の能力』だけだが、それも気にはしていない。もう時を越える必要もないからだ。


「……早く起きてくれないかな。表に出てるのも疲れてきた……」


元々無口な私だが(口下手とも言う)、独り言なら普通に言う。『彼』の影響もあるのだろうが……。


「……?」


木から飛び降り、辺りを見渡す。

一瞬だけ、強大な妖気が感じられた。


「……これは?」

「吸血鬼よ」

「!?」


いきなり現れた空間の裂け目。その中から現れた女性――八雲紫だったか――が、これまたいきなり私を裂け目に引っ張りこんだ。


「はじめまして、が正しいかしらね。いきなりだけど、悠長に話してる場合じゃないから説明はしないわ」

「……?」

「本当に間が悪い……!よりによって、こんな時に目覚めるなんて」


焦った様子で言う八雲紫は、その口元を隠しもせずに歯を食いしばる。

そして、私を見ずにこう言った。


「こうなったら記憶が残っている全員を集めて、真正面から叩き潰すしか無いわね……」










「っ痛ぅ……!ここは……?」


結界から吐き出された僕は、派手に地面と激突して顔をしかめた。

腰をさすりながら立ち上がり、尻尾が無いことに気付く。


「……あれ、これは……」

「動くな」

「!!」


瞬間、喉元に突き付けられたナイフ。

目の前には、『先程までいなかったはず』の女性の姿。


「たった一人の人間がお嬢様の邪魔をしようなんて……。身の程知らずね」


そう僕に告げた彼女の背後には、真っ赤な館が鎮座していた。










……これは、ピンチかな?

ようやく……

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