50:〔鬼の行く末〕
「あら、お帰りなさい。早かったのね」
「いや、たまには帰りたくなることも」
「兄様っ!?兄様じゃありませんかっ!」
「久しぶり橙。元気だった?」
「おかげさまで!」
スキマから降り立ち、珍しく座ってくつろいでいる様子の紫を、身体に擦りついてくる橙の頭を撫でながら眺める。なんだか疲れているみたいだが、やはり先程藍から聞いた話は本当らしい。
「で?鬼が言うこと聞かないってどういうことさ」
「ああ、それで帰ってきてくれたの……藍?」
「はい。私から頼んで来てもらいました。このままでは私……いえ、紫様も大変でしょうから」
一瞬本音が出たように思えたがスルー。とにかく続きを聞くことにする。
「藍から聞いたのは、鬼が今の状況が気に入らないとかなんとかで文句を言っている、までなんだけど」
「えぇ。どうも今の平和な幻想郷が気に入らないらしくてね……。果ては我慢出来なくなった鬼が私や藍にまで挑んでくる始末よ」
当然どこかへ送ってやったけれど、と疲れた表情で続ける紫。はたしてどれだけの鬼がスキマ送りにさせられたのか。
「でね……ダメ、眠たいわ。藍、後の説明頼んだわよ」
「えっ」
同じく疲れた表情の藍が、紫の言葉に一瞬驚いた表情になる。しかし、その時にはすでに紫の姿は無く、溜息をついてから藍が僕の正面に座った。
「ふむ……。つまり、地底に鬼を送りこんでしまおうと」
「はい。端的に言えばそうなります。細かいことは紫様が行うそうなので、ミコトさんには」
「兄様、ミカン食べます?」
「後でね。わかった、僕が鬼達を説得すればいいってわけだ」
「お願いします」
「ん」
話が一段落し、橙からミカンを受け取った僕等は三人、いや三匹仲良くミカンを口に運ぶ。
「ほら橙、あ〜ん」
「ら、藍しゃま、恥ずかしいです……」
「何を今更。ミコトさんがいるから恥ずかしいのか?」
「うみゅう……。兄様にはやらないのですか?」
「ミ、ミコトさんにっ!?そ、それは……」
ミカンを口に運びながら、僕は一人考える。
詳しい事情はともかく、僕はあの鬼達を説得すればいいだけの話。後はなんだかんだいって紫が上手くまとめてくれるだろう。
確かに今の幻想郷は、鬼達にはつまらないのかもしれない。自分達を退治しにくる人間も少なく、だからといって人間を襲い過ぎては自分達の存在自体が危うくなる。
「しかし……説得、ねぇ」
どうしても、どうせ僕の予想通りになるんだろうなぁ、とか考えてしまう。
そういえば、桃鬼と志妖はどうするのだろう。桃鬼は自由奔放唯我独尊な性格だが、志妖は鬼にしては珍しく温厚な性格。もしかしたら二人の意見が割れるやも知れん。
まぁ、その時はその時なんだけれども。
「……なるようになるか」
鬼には鬼の考えがあるだろうし、こちらにはわからない事情だってあるだろう。早い話、あちらとこちらの利害を一致させればいいのだから。
考えるのを止め、ふとミカン一個を食べ切ったことに気が付く。
どうせだからもうひとつ、と顔を上げ、
「「……あ、あ〜ん」」
「…………」
狐と猫の予想外の攻撃が僕を襲っていた。
半ばヤケクソで乗ってやったよ、可愛かったから。
「わかった。そちらの言うことを聞こう。他ならぬ魅王の知り合いよ」
「それはありがたい」
後日、妖怪の山にて。
途中で出会った桃鬼と志妖を引き連れ、僕は現鬼神と向かい合っていた。どう考えても桃鬼と志妖の方が強いのだが、桃鬼は「柄じゃないからねぇ」、志妖は「え?何の話でしょう?」との理由(志妖のは理由にあらじ)で鬼神になることを断ったらしい。
「で、だ。ミコトとやら」
「なんでしょう?」
鬼神(女)が立ち上がり、僕を見下ろす。
むぅ、やはりか。
「我等が地底に入れば、おそらくは地上に戻ることはない。そこで、最後になるかはわからぬが、思い出が欲しい」
「……わざわざ遠回しに言わなくても。私は元からこうなるとは思っていましたので」
「ならば、いいのだな?」
鬼神の表情が歓喜のものへと変わる。
どうせ駄目だと言っても聞かないくせに、とか思いながら僕は頷いた。
それを見た瞬間、周りの鬼が一斉に沸き立った。
「少しばかり準備がありますので、私は少し席を外します。私が戻ってきたら始めとして頂いて結構ですので」
「いいだろう。なるべく早く戻ってきておくれよ?」
鬼神に背を向け、桃鬼がいる方へと向かう。そこには志妖の他、萃香と勇儀の姿もあった。
「桃鬼と志妖はどうする?やるなら拒否はしないけど」
「いいや、アタシ達は地上に残るからいいよ。それに、ミコトの本気は恐いからねぇ」
「笑いながら言われてもね……。わかった、終わったら飲もうか」
「楽しみにしてるよ」
くい、と杯を傾ける仕種をして笑う桃鬼。
それを見て、いつまでたっても変わらないな、と思いながら僕は跳んだ。
行き先は、天狗の屋敷だ。
木々の間を跳んでいると、なにやらワナワナと震えている天狗二人を発見。
弾を作り、空に飛んでいる二人の前に立つ。
「文じゃないか。椛もどうした?」
「ミコトさん!?どうした、じゃありませんよ!なんですか今の鬼達の雄叫びは!」
「あぁ……。別に天狗を潰そうとか考えてるわけじゃないよ。これから始まる祭に沸き立ってるだけさ」
「祭、ですか?なんの祭を」
せわしなく尻尾を振っている椛がそう聞いてくる。どうでもいいが、尻尾だけを見ていると飼い主を見つけた犬みたいである。
そんなくだらないことを考えながら、僕は答える。
「一匹の猫又がね、鬼達の思い出作りに戦うのさ」
さて、天魔の所に行って、近いうちに鬼がいなくなることを伝えてこなくては。
弾をほどき、自然落下。走った方が速いからね。
「ちょっ、ミコトさん!?それはどういう……!」
「あやや……また無茶なことをする御仁ですねぇ」
そんな呟きが聞こえたが、無視して跳んだ。
元から無茶苦茶な生活してきたんだ、今更だそんなこと。
さぁ、これから戦闘描写が続々と入ってくるぜ!
……難しいんだけどさ。




