48:〔人里の守護者〕
「……だから、今幽香が抱いている感情はね」
「関係無いわ。貴方にその『感情を操る程度の能力』とやらでこの感情が生まれたんだとしても、それが今まで続くわけじゃない。とっくに貴方の能力は切れているし、私は貴方のことを気に入ったのも事実よ?」
「む……でも」
「何かしら」
テーブルを挟んで幽香と向かい合う僕は、思わず俯いてしまう。
その原因は、今現在持っている僕の妖力にあった。
明らかに、どうかんがえても、何度確認しても、増えている。
割合で言えば、全盛期の半分、五割まで増えているのだ。つまり、それの意味するところ、僕は、幽香と――。
「うわぁあ!何をしているんだ僕はぁ!!」
「い、いきなりどうしたの」
自分の考えに堪らなくなって、思わず立ち上がって叫ぶ。あ、椅子倒れた。
「ゴメン、現実から一瞬逃げたくなった」
「何を言っているのかわからないけど……。ミコト、貴方何か言うことは?」
「へ?」
「貴方の妖力を少しばかり増やしてあげた私に、何か言うことはないのかしら」
幽香の言葉に、僕は机に手をついたまま固まった。
え、それってそんなにはっきり言っていいことなの?
もしかしたら僕の想像とは違う方法だったのかもしれない、と思った時、幽香は立ち上がり僕の身体を抱き寄せた。
「え?え?」
「もしかして、覚えていないの?なら、もう一度だけ実践ね」
「あ、ちょ」
逃げられない。
そんな事を考えた時には、僕の唇は、幽香によって奪われていた。
「……なるほど、こういうことでしたか」
「ええ。そういうこと」
膝と手をついて床と見つめ合う僕に対し、幽香はツヤツヤした表情で口を拭いていた。
若干ながらまたしても増えた妖力を感じながら、気持ちを切り替えて立ち上がる。
口の中には、幽香のものであろう血の味が残っている。
「まぁ、予想外というか、予想通りだったというか……」
「あら、もしかしてこれいじ」
「勘弁して下さい。というかそろそろ行かせていただきます」
長くここに留まる理由も無いし。
いろいろ思うところもあるが、もっといろいろと見て回りたい。人里とか。
「引き留めはしないわ。また戦いましょう」
「ん。まぁ、なんだ……一応、ありがとう」
「フフ、どういたしまして」
幽香の家から出て、僕は増えた妖力を脚に込めて跳躍。
なんとも言えない感情を無下に消すことも出来ず、風を切って走り続けた。
「あそこが人里、かな?」
背が高い木のてっぺんに立ち、向こうを眺めながら呟く。
とりあえずは妖気を抑え、猫の姿に変化。まだ離れている人里に向かい、ぺたぺた歩いて向かうことにする。特に意味は無いが、猫の視点というのはこれでなかなかに新鮮なものなのだ。
三十分程歩いただろうか、里の入口に到着。門番らしき男が二人程立っているが、今は猫の姿なので気にせずスルー。むしろ門番は僕の姿を見て和んでいたように思えた。うん、平和。
なかなかに賑わっている様子の人里に感嘆しながら、いち猫としてひたすらに歩き続けていると、ひとつの建物の前で人間の子供達が集まっているのを発見。子供達が元気に遊んでいるのを見るとこちらもなんだか優しい気分になる。歳とったな僕。
「ほらー!休み時間は終わりだ、勉強を始めるぞ!」
「「「「はーい!」」」」
建物から顔を出した女性の一声で、あくまでも元気に子供達は中に入っていく。
――勉強、ですと?
これに興味を惹かれてしまった僕は、当然ながらその建物に足を運ぶのだった。
開かれている窓に跳び移り中の様子を見ることにした僕。
そこでは教壇らしき場所に立っている先程の女性が、教科書らしき本を片手に沢山の子供達に話をしているところだった。
なんといったか、確か寺子屋だったかな。多分そんな場所なんだろうなぁ、なんて朧げな記憶を辿って考えていると、先生であろう女性がふとこちらを見て、表情には出なかったものの一瞬驚きの感情が読み取れた。
なんだい、灰色の猫はそんなに珍しいかい?
そんなことを思いながら尻尾を一振り。ついでに一鳴き。
すると女性は視線を僕から外し、何事も無かったかのように授業を再開した。
時は過ぎて、夜。
屋根の上に座りながら尻尾を振る。
「満月か。綺麗だねぇ」
空を見上げ、なんとなく桃鬼風味に呟いてみる。ちなみに姿は猫のまま。
夜の闇の中、灰色に光る眼に言葉を喋る猫が一匹。気味悪いことこの上ない。
しかし、先程から僕の耳がしきりに動いているが、僕になにか用でもあるのだろうか?
まぁ、仕掛けてきたら応戦すればいいだけ――
「そこの妖獣。人里に何の用だ」
「にゃ……」
下から聞こえてきた女性の声。気配は明らかに人間のものでは無い。
猫の姿のまま、光る眼で声の主を見下ろす。そこには、寺子屋にいたあの女性の姿があった。
――ただ、頭にあんな角は無かったように思うけど。
「答えろ。場合によってはお前を――」
「はいはい、今行きますよって」
大分ピリピリとしているようなので、下手に逆らわずに屋根から飛び降りる。着地と同時に変化を解き、妖力を臨戦態勢程度に解放。量で言えば半分、全盛期の二.五割程。ややこしい。
「別に何かを起こすつもりは無かったんだけどね……」
「疑わしいな」
「じゃあなんだい。期待通りに子供の一人でもさらっていこうか?」
「…………!」
「冗談だよ。何もする気は、っと!」
瞬間、鼻先を掠めていく相手の拳。
思わず向こうを睨みつけ、
「危ないな……本当にさらっていこうか」
「さらえるものならさらってみるがいい。あぁ、さらえるのなら、だがな」
「何?」
向こうがそう言ったその時、信じられないことが起こっていた。
人里が、きれいさっぱりその姿を消していたのだ。
反射的に能力を使用するも、なんの命も感じられなかった。
ただひとつ、僕の目の前にいる彼女を除いて。
「……何者だ、あんた」
「これから消える貴様に教えるような名は持ち合わせていない!」
「っ、なんでこうなるかな?」
確かに挑発はしたが、あれは向こうも悪い。だってなにもする気は無いと言っているのに殴り掛かってくるし。
そりゃあ確かに人里に妖怪が入ってくれば警戒はするだろうけど、友好的な妖怪もいることを理解して欲しいところだ。
地面を蹴り、明らかに人外のスピードとパワーで殴り掛かってくる相手。
「……正当防衛だ。文句はないよね」
「なっ!」
一瞬だけ妖力を全開、それを脚から地面にたたき付けて、僕は空へ舞い上がった。
向こうは僕を見失っているようで、僕はそれを見て彼女に向けた手を握り締める。
「どうせだ、試させてもらうよっ」
そしてその手を、思い切り『手前に引き抜いた』。
ぐらりと彼女の身体が揺らぎ、先に着地した僕はその身体を支えた。
「うまくいった。これなら、変な後遺症も残らないし、人間にも使えるな」
「……な、にを……?」
「おや、意識があるか。さすがにタフだ」
いきなり姿を現した人里を見て、僕は彼女の額に自分の額をつけた。
「んっ……」
先程『引き抜いた』感情を彼女に返し、一息ついた。
別にいつものように恐怖一色に染め上げて気絶させてもよかったのだが、あれはどこか後味が悪い。本気で憎い敵相手なら遠慮はしないが。
そこで思い付いたのが、この感情の『引き抜き』である。
相手の感情の一切を思い切り引き抜くことで、喪失感や虚無感を増やし戦う気力を失わせる。人間なら気絶で済むし、引き抜いた感情を戻せば後遺症も無く元通り。
……まぁ、向こうの感情を一時とはいえ預かるのだから、こちらも楽とは言えないのだけれど。
「お前は、いったい……」
「なに、ただの長生きなだけの妖獣さ」
何回使ったかわからない台詞を吐き、彼女を抱き上げる。
「なっ」
「どうせ動くのは辛いでしょうに。家まで連れていきますよ」
「…………」
その後、何も言わない角が生えた彼女は、指差しで道順を教えてくれた。
しかし、女性ってなんでこんなにやわら……いや、止めておこう。
ワー、ハクタクゥ!
……特に意味はない。




