43:〔永遠たる者達〕
目が覚めると、目の前には橙がいた。
「…………」
「…………に?」
「…………に゛!」
「ふみゅう……」
「みゃあ?」
「ミー」
「にゃんにー」
「ミャッ」
「……何をしているの」
悪ふざけしていたら、紫が止めてくれていた。よかった、あのままだと永遠に続くところだったよ。
「で、また猫の姿と」
「あら、もう戻れるはずだけれど。貴方が意識を失ってから大分経っているから」
「いや、それはわかってる」
わかっているのだが……どうにも。
「減ったなぁ……」
「妖力のこと?」
「まぁ」
人型に戻り、首の骨を鳴らす。妖力は精々全盛期の三割といったところか。癖でつい右手首を見るが、そこにはあのリボンは存在しない。
「封印は?」
「今の貴方にあの強力な封印をかけたりなんかしたら、たちまち消滅してしまうわよ?リボンならここ。ちなみに貴方からもらった妖力は、別の場所に保管してあるわ。いざという時の為にね」
膝の上に頭を乗せてゴロゴロしている橙に癒されながら、話を聞いていると、ふと気付く。
髪が伸びていた。腰辺りまで。
「……ねぇ、僕どれくらい寝てたの?」
「ざっと三十年ぐらいかしらね」
……参った、生まれてこのかた、三十年も熟睡していたのは初だ。というか三十年寝てこれしか妖力が回復しないとなると、全開までは何百年かかることか。気が滅入るとはこのことだ。
妖力だけなら紫には勿論、藍にも負けている。さすがに橙よりは多いけれど。橙にも負けていたらもう三百年ぐらいふて寝に入るところだ。
「ふぅ……。僕が寝てる間に何かあった?」
「そうね……。まず、予定通り妖怪の数が増えて均衡が保たれたわ。これは貴方のおかげね。ありがとう」
こちらを向かずにそっけなく言う紫。
何か気に入らないことでもあったのだろうか、と首を傾げると、藍がこっそり近付いてきて、
「正直じゃないですねぇ」
なんて、僕に聞こえるように呟いていた。
なんのこっちゃ。
「私からもひとつ。橙が、私の式神になりました」
「へぇ、橙が」
「はい!ミコトさんのお傍にいられると思って!」
「そ、そか。まあ頑張って」
目をキラキラさせて言う橙と、それをホワホワした顔で見つめる藍。橙の可愛さにやられたな。気持ちはわからんでもない。
「本当に大丈夫?ただでさえ妖怪の数が増えているのに……」
「心配なんて珍しい。ま、大丈夫でしょう。元々僕は妖力に頼った戦い方じゃ無かったから。少し危険な修行気分さ」
「……まぁいいわ。何かあったら呼びなさいな。暇だったら行ってあげる」
スキマから飛び降り、そんな会話を交わしてから僕はスキマに背中を向けた。
が、なかなか紫の気配が消えないので何事かと振り返ると、
「っ!」
心配そうにこちらを眺める紫の姿があり、しかしすぐにスキマが閉じて気配が消えた。
……少し嬉しい。
「おお……なんだこれは」
遥か昔を思い出しながら、身体能力のみで高速移動(瞬間時速百キロメートルぐらい)を続けていると、なんとも巨大な竹林が目の前に現れた。
そういえば筍食べたいなぁ、とか思いながら中へ突撃。が、すぐに立ち止まり考える。
「なんだかすぐに迷いそうだ……。ここは」
目を閉じて能力を展開。かなり範囲は狭くなったが、それでも半径五十メートルは捕捉できる。
その範囲内で命を探る、と。小さな命がぽつぽつと感じられた。
近くにいたひとつの命に近付き、正体を確認。
「……兎さんか。筍かじってるよ」
カリカリと音を立てて筍をかじっている兎さんを発見。抱き上げてこちらを向かせると、真っ赤な目がこちらを見つめていた。可愛い。
兎さんを降ろし、しばらく兎さんを辿って歩き続ける。
すると、二十七匹目を抱き上げたところで僕の耳がピクリと動いた。
これは、人間の命だ。
「こんなところに、人間か」
僕は跳び、三角跳びでその命に向かうことにした。歩くの疲れたし。
「これはまた……立派なお屋敷だこと」
目の前に建つ屋敷に目を奪われ、僕はしばらくその場に立ち尽くした。
こんな竹林の奥深くに屋敷とは、想像もしなかった。しかも全く古びた様子が見えない。となれば、誰かが住んでいると言えるだろう。
「さてさて、どんな人間が住んでいるのか見てみましょうかね」
耳と尻尾、それに爪を隠して屋敷に向かって一歩……踏み出せ、ない。
何事かと下を見ると、大量の兎が僕の足を膝まで覆っていた。
モコモコハザード、ここにあり。
片っ端から引っぺがして、遊び心で綺麗に一列に並べてから先に進んだ。
「ごめんくださいなぁっ!!」
先に言っておこう。別に元気いっぱいおじゃましますの勢いで突撃したわけではない。
襖を開けた瞬間、僕の眼前に一本の矢が迫っていたのを全力で回避しただけである。
パラパラと髪が舞い散るのを視界の端で捉えながら、僕は矢を放った犯人を見る。
「……永琳!?」
「……!貴方は……ミコトじゃない。驚かせないで」
「いや、こっちのセリフなんだけど」
「いや、本当に久しぶりだ」
「そうね……。それにしても貴方、随分と弱体化してるみたいだけど」
諸事情があってね、と僕はお茶を啜った。
ここ――永遠亭に暮らしているという永琳。どうして幻想郷にいるのかは面倒なので聞かなかったが、どうやらかぐや姫もここで暮らしている模様。
「で、そのかぐや姫は?」
「寝てるわ」
「さいですか……」
今は真昼間のはずなんだけれど……。
僕はもう一度お茶を啜り、依然として身体に纏わり付く兎と戦いを始めた。どうしてかこの永遠亭、兎の数が半端じゃない。永琳が言うには普通の兎よりは賢く、それなりに言うことを聞くらしいので使っているらしいが……ええい、服の中に入ろうとするな。
そんな平和な時間を過ごしていると、不意に嫌な悪寒を感じた。
「永琳、これは」
「……また来たわね。よくあきないこと」
その会話の直後、外で爆音が響いた。纏わり付いていた兎が一目散に逃げ、僕と永琳は立ち上がって襖を開く。
そこには。
「毎日毎日、本当にしつこいわね?」
「は、なら逃げるがいいさ。別にかまわないぞ?」
「……冗談」
焼け焦げた大地に立つかぐや姫と、それを見下ろす、空に浮かんだ白髪赤眼の女の姿。
いやはや、これはどう反応すればいいのやら。
勉強を
しなきゃいけない
でもしない
ただの我が儘。




