29:〔マヨヒガにて・2〕
「さぁ、そろそろいいんじゃなくて?」
「ん?あぁ、じゃあ早速」
あれから数時間程経っただろうか、僕は紫の言葉で膝の上から飛び降りた。
まぁ逆に言えば、あれからもずっと紫の膝の上で過ごしていた僕。不思議と居心地は良く、暑くなることもなかった。もう少しそこに居たかったのは秘密。
着地と同時に人化。少し懐かしい二本足の感覚はこちらも心地好く、特に右足はあの火傷が嘘のように治っていた。今更だが、この身体は便利である。
「さて、今まで守ってくれてありがとう」
「礼には及ばないわ」
「そう言ってくれると助かるよ。で?頼みってなに?」
「えぇ。貴方には、これを着けて欲しいの」
紫はそう言って、自らの右手首に着けていたリボンを外して僕に差し出した。
「?そんなところにリボン着けてたっけ」
「貴方を助けた時に着けたのよ」
「…………ふーん」
とりあえず受け取る。ほぅ、紫の妖力がありありと感じられる。
「これつけたらどうなるの?」
「私の式になるわ」
「…………式?」
「そう、式。簡単に言えば……そうね、使い魔みたいなものね」
「えぇ……」
露骨に嫌な顔をしてやる。だって、紫の使い魔なんかになったらどうなるかわからないし。
「そんな嫌そうな顔しないで。どの道、私は貴方を完全に式にして縛ることなんか出来ないんだから」
「なんで?」
「単純に貴方の力が強すぎるからよ。貴方を完全に式にしようとしたら、それだけで私の力の半分以上は持ってかれるんだから」
溜め息をついてそっぽを向く紫。もしかして悔しい?
「じゃあこのリボンは?」
「それは、簡単な封印と、式の媒体みたいなもの。まぁ簡単に言えば、貴方の力を抑えて、その上で擬似的に式の術を組み込む為のものね。あくまでも擬似的なものだから、式になってもあまり大したことはないわ。せいぜい妖力が抑えられるのと、そうね……私の式、という肩書きがつくぐらいかしら」
「それ以外は?」
「私の呼び出しには逆らえなくなるわ」
どうして一番重要そうな箇所を抜かそうとしたんだ。
「どうせ、一度着けたら僕の意思じゃあ外れないとか言うんでしょ?」
「いいえ?自由に外せるわ。それに、悪いことばかりじゃないわよ」
「例えば?」
「私の能力を少しだけ使える、とかかしらね。まあまずは着けてみなさい。その方がわかるわよ」
「……外せなかったら恨むから」
握り締めたリボンを、半ばやけくそで右手首に結ぶ。なんだかんだで紫には世話になったのだ。一つぐらい向こうの頼みは聞いてやらなければ僕の気が済まない。
あまり圧迫しない程度に結びつける。
「……これ、もう封印とやらが発動してんの?」
「妖力を出してごらんなさい」
特に何も感じなかった僕は紫にそう聞き、言われた通りに妖力を放出、しようとしたのだが。
「うわ……なんだこれ、すごい出しづらいんだけど」
まるで妖力の出入口が狭まったかのような違和感。
半分程解放しようとしたのに、実際は二割程しか妖力が出せなかった。
試しに全開にしたが、予想通り半分が精一杯。なるほどこれが封印か。
「すごい不愉快」
「そうでしょうね。けど、それだけ抑えないと式に出来ないの。じゃあ最後に聞くわ。貴方、私の式になってくれないかしら。嫌になったらいつでも辞めてくれていいわ。どうせリボンを解けば式は剥がれるのだし。……頼めるかしら?」
紫の言葉に、僕は少し考える。
多少感情を読み取らせてもらったが、嘘はついてないと思われる。
付き合い自体は短いが、なんとなくプライドの高そうな紫がこうも下手に出てきているということは、何かしらの事情があるのだろう。
それになにより、彼女には借りがある。
「……ミコト」
「はい?」
「これから使役する式ぐらい、名前で読んで欲しいし」
「なら」
「早くしないと、気が変わるかもよ?」
「……ありがとう」
扇で顔を隠しながら、紫は僕の右手首のリボンに手を当てた。その扇の先には、どんな表情があるのだろうか。
「うっ……?」
「これで、貴方……ミコトは私の式になった。これからよろしくね、ミコト」
何かが紫と繋がったような感覚。契約みたいなものか?
というか、これは……。
「あの、もしかして照れてる?」
「……どうして?」
「いや、なんでか紫の感情が常に僕に流れてきてて……時折言葉まで……」
「っ!!」
背中を向けていた紫は、僕の言葉にビクリと身体を震わせたかと思うと、真っ赤な顔を隠しもしないで僕に詰め寄ってきた。
「遮断なさい」
「いやでも」
「いいから遮断しなさい」
「えっ、と」
「早く」
「ハイ」
あまりの剣幕に紫の感情を拒絶。
「……聴こえてたのかしら?」
「なんのことでしょうか?」
しっかりと聴こえていたが、面白いのですっとぼけてやった。
で、紫に背を向けてボソッと呟く。
「……『頼めば一緒に寝てくれ「いやぁっ!!」
「一緒に寝る?」
「…………うぅ…………」
……案外、紫の傍にいるのも楽しいかもしれないと感じた僕だった。
晴れて(?)紫の式となったミコト。
しかし、しっかりと反抗する術も手に入れたミコトでした。




