28:〔マヨヒガにて〕
「落ち着いたかしら?」
「………うん」
僕は少しだけ拗ねた感じで返事をした。
今僕がいるのは、この八雲紫の家――マヨヒガだったか――の中の、紫の膝の上だ。
念のため後半部分をもう一度。
紫の膝の上、だ。
「もう大丈夫だ」
「ダメよ。まだ治りきってないでしょう」
「うにゃ……」
「フフ、おとなしくしなさいな」
何度目かの脱出を試みるも、わしっと(別に乱暴にされたわけではない)捕まって膝の上へとリターン。
「なんでこんなことに……」
「いい加減理解しなさい。貴方はその姿の方がなにかと都合がいいの」
「いや、わかってるけども。僕が聞きたいのは、なんで膝の上なのかってこと」
「たまには和みたいの」
「……さいですか」
ただいま僕は尻尾が二本なのを除けば純粋な猫の姿。そんな僕を膝の上に乗せ、上機嫌で撫で続ける紫。なんだこの状況。
「それにしても驚いたわ。貴方、急に猫の姿になるんだもの」
「むぅ……僕も驚いた。しかもあれからかなり経つのに、能力は使えないわ人化は出来ないわで大変」
「私としてはこのままでも文句はないのだけれど」
「やめてくれ。というか、何を企んでるんだ?僕、今にも殺されるんじゃないかと思って尻尾が落ち着かないんだけど」
これ本当。どうも僕は感情が尻尾やら耳やらに出てしまう癖があるようだ。
実際紫は自業自得とはいえ、地獄のような精神攻撃を受けたのだ。今あの時の報復をされたら、抵抗すら出来なく僕は殺される。
しかし、紫はそんな僕にあくまでも普段通りの口調で。
「私は別に貴方を殺そうなんて考えてないわ。私、貴方のこと結構好みなの」
妖艶な笑みで言いやがった。それは友人としてか。そうなのか。
「途方もなく長い時間を生きてきた大妖怪、いや妖獣かしらね。そんな貴方は、時折私には理解出来ない行動を選び取る……。そんな貴方が、気に入ったのよ」
まるでずっと僕を見ていたかのような口ぶりで話す紫。いや、実際に見ていたのかもしれない。その程度、彼女の能力ならたやすいだろう。
落ち着かなかった尻尾がふわりと下りて、僕は紫の手の感触を感じながら目を閉じた。これ以上紫のことを考えても無駄だ。嘘はついていないみたいだし。わからないけど。
「怪我が治れば姿は元に戻るはずよ。多分、貴方の身体が本能的に危険を感じて、一番安全な状態になっただけだと思うから」
「ほう」
こちらの心配を読み取ったのか、紫は何気ない感じで言った。
なるほど、確かに僕の身体はかなりズタボロだった。ほぼ全身に大火傷を食らい、右足――今は右後ろ脚――に関しては消し炭かと勘違いした程だ。
今、僕の身体は安全装置がかけられているのだろう。身体が万全になるまでは、妖力変化能力その他は完全封印って訳だ。
「あとは右足だけだから、少し我慢すれば元に戻れるはず。けど治ったら、私の頼みを聞いてもらうわ」
「治ってから聞く。拒否権は保持で」
「善処するわ」
クスクスと胡散臭い笑みをする紫の膝で、僕は眠りについた。
繋ぎ的な意味で更新しておきます。
紫の頼みとは一体?




