22:〔鮮烈な初対面〕
「……はて」
僕は今、少しへこんだ地面に座っている。
首を傾げ、尻尾を――と、今は隠しているんだった。
ポリポリと頬を掻きながら、周りを見渡す。
家。人。時代劇みたいな家。僕を見て驚いていく人。
「ここは……」
聞いて驚くことなかれ。なんとここは平安京(多分)である。
いや、一番驚いているのは僕なんだけどね。
さて、なんで僕が平安京(多分)にいるのかと言えば、少し時を遡らなくてはならない。
僕は立ち上がり、着物を払って歩きだした。
「じゃあ、僕は行くよ」
「え、もう行くの?」
「神様に会うっていう目的は果たしたからね。次は気ままに旅をしてみたい」
寝転がったまま聞いてくる諏訪子に、僕は立ち上がりながらそう答えた。
あの戦いから約一年。
神奈子と諏訪子の戦いは神奈子の勝ちに終わり、その後信仰がどうのこうので散々話し合う様子を僕はじっと眺めていたのだが、どうやら『洩矢』の名を捩って『守矢』に変えることで万事オーケーに収まったらしい。
これで諏訪子への根強い信仰が神奈子に流れるようになるとか。正直僕には訳がわからない。
「桃鬼と志妖はどうする?」
「アタシはもう少しここにいるよ。といっても、この神社からは出るけどね」
「私は桃鬼様と」
「そ。じゃあまたしばらくはお別れだ」
尻尾をクルリと回して、僕は社の戸を開く。
時は夜。
人間の恐怖が濃くなる夜は妖怪の力が強くなる。旅立ちにはいい環境だ。
「またね、神奈子。気が向いたら顔を出すよ」
「あぁ。いつでもおいで」
その言葉を最後に、僕は跳んだ。
それから長い間、僕は辺りを旅してまわった。
たまに桃鬼達と鉢合わせになることもあったが、基本自由な一人旅。
寂しくなれば人間を装い人里に顔を出し、一人になりたくなれば妖怪として辺りを旅した。
で、数百年経った、ある日。
「はじめまして、ミコトさん」
「…………」
森の中のとある木の枝でのんびりしていた僕の横に、にゅっと女性が現れました。嘘ではない。けど嘘の方がよかった。
「どちら様?」
「あら、申し遅れましたわ、私は八雲紫。スキマ妖怪よ」
「聞いたことがありませんが」
「貴方が私を知らなくても、私は貴方を知っているわ」
「貴女が僕を知っていても、僕は貴女を知りません。では」
瞬間枝をへし折り逃走を計る。
ヤバい。あの女、いや妖怪か、とにかくヤバい。
地面に足がつくと同時に地面を蹴り上げ、爆発的な土煙を上げて加速。しかし。
「どうかしましたか?」
「なっ!」
いきなり目の前に逆さまになって現れた。急ブレーキをかけて止まる。
「いきなり逃げ出すなんて、ひどいお方」
「いや、逆さまで現れる貴女もなかなかだけど」
僕の言葉に、どこからか取り出した扇で口元を隠して笑う八雲紫。
うわぁ、胡散臭い。
「……で、なんの用?」
「いいえ、特に何も。ただ会ってみたかっただけですわ」
「そ」
話せば話す程胡散臭さが滲み出てくる。
というより、
「そのわざとらしい敬語と、嘘つくのやめれば?」
「…………」
感情を読み取ってみれば、コイツ僕を嘲笑ってやがった。さすがにカチンときたので、こちらも気を遣うのを止めて真っ向から向き合うことにした。
扇を口元から離した紫は、もう笑っていなかった。
「なんでわかったのかしら?」
「その漏れだしてる妖気に聞いてみなよ。戦ってみたいって言ってるようなもんじゃないか」
「あら」
わざとらしく反応する紫。なんか腹立つ。
「で、なんで僕の名前知ってるの?」
「知らないのかしら?結構有名だけど……。『灰色の風』さん」
「懐かしいなオイ」
まだそれ続いてたのか。それを付けた妖怪勢はあの戦争で全滅したはずなんだけど……。
「っ…………」
いきなり身体が強張り、心臓の鼓動が苦しく感じ始める。
この間自覚した、僕のトラウマらしきもの。やはり、あの戦いは僕に多大な傷を残していったみたいだ。
紫を見ると、あの胡散臭い笑みが戻っていた。
コイツ……。
「どうかしたのかしら?」
「……趣味悪いこと、してくれる」
「なんのことだかわからないわね」
そう言いながら、紫は空間の裂け目からズルリと落ちて地面に着地した。
スキマ妖怪と自分で言っていたので、あれがスキマというものか。中に大量の目が見えたが、今はどうでもいい。
「すごい汗ね。病気?」
「さてね……。心当たりはないけど」
「嘘おっしゃい」
ピシャリと切られ、僕は言葉に詰まる。
「私の能力『境界を操る程度の能力』で、少し記憶を探らせてもらったわ」
「わかってるなら、なぜ構う」
いい加減止めてほしい。本当に苦しいんだ。
僕の質問に、紫はしばらく考えていた。そして、返ってきた答えは。
「面白いから、かしら」
………………は?
人の(妖怪だけど)記憶を漁った挙げ句、トラウマを見つけ出して更にはその傷をえぐり出すような真似をして。
その理由が、面白いから、だと?
汗が引き、代わりに妖力が噴き出した。
「………………!?」
ふざけるのも大概にしろ。
僕にだって、我慢の限界というモノがある。
悪いが、今ので完全に振り切れてしまった。
紫に向かって手を伸ばし、ぐっと手を握った。
「っ、なにを」
「堕ちろ」
言葉と共に思い切り右に引っ張ってやる。
「…………!?」
瞬間、紫はガクンと膝をついた。やがてガタガタと震え始める。感情を恐怖一色に染め上げたのだから当然だ。
「あ……っあぅ……!」
呼吸が不規則に乱れ、自らの胸に手を当てる紫。人間ならとうにショック死しているだろうに、タフだな。
しかし、本当の地獄はこれからだ。
「うっ!」
近付いて首をわしづかみ、顔を上げさせる。いい感じに恐怖に侵された顔だ。
「…………っ!?」
彼女の額に、僕の額を合わせる。
数秒して、僕は額を離した。
紫は僕が何をしたのかわからないのか、少しだけポカンとした顔をして。
「――っ!?あ、いやぁあああぁぁあぁあ!!!!」
耳を塞ぎたくなるような悲鳴が、辺りに響き渡った。
「どうだ?何千人もの恐怖を、絶望を、悲鳴を、断末魔を、その身で一度に感じるのは」
僕の能力は、相手の感情を取り込むことで発動準備が整う。それは別に意識しなければ読み取れない訳ではなく、強い感情ならこちらの意思とは関係なく入り込んでくる。
そして、僕はそれを忘れることが出来ない。恐らく永遠に、背負い続ける。
僕は先程、あの戦争で殺した人間の感情を、一息に紫に流し込んだ。
到底耐え切れるものではあるまい。
「う、あああっ!」
と、思った瞬間、僕の地面にあのスキマが開いていた。
まだ能力を使う余裕があったか、底知れない。
あれなら僕の流し込んだ感情も境界とやらを操ってなんとかしてしまうだろう。
そんなことを考えながら、僕はスキマへと落ちていった。
「やり過ぎた……」
思い返して、非常に自己嫌悪を起こしてしまった。
いくら頭に血が上っていたとはいえ、あれを流し込むのはやり過ぎた。
「次会ったら、謝ろう……」
その時は有無をいわせず殺し合いに発展しそうだけど。
とにかく、この自己嫌悪が収まるまで歩き回ることにした。
はい、紫が好きな方々、ごめんなさい。
いやでも、あ、痛い止めて石痛ッ、刃物は危なっわあああああ!




