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102:〔コインいっこ〕

「さ、て」


 乱れた髪を掻き上げて、息を吐きながら体勢を低くする。

 地面に倒れ込む寸前、極限の前傾姿勢。びきびきと唸りを上げる両足に力を込めて、膝のバネを限界まで縮めていく。


「……っ」


 突っ込んでくると判断したのだろう。レミリアは瞬時に無数の弾幕を造り出し、同時にその身を蝙蝠に変えて緊急回避を計ろうとしていた。


 ――が。


「いっ!?」


 僕の右手は既に、彼女の首にかかっており。


「――ぐぁっ! か、はぁ……!?」


 勢いそのまま、レミリアの身体を館の壁に叩きつける。

 轟音が鳴り響いた後に、レミリアのか細い息が、瓦礫と共に地に堕ちていった。


「は、速すぎ……、こんなの、聞いてな……」

「まぁ、言ってないから仕方ない」

「!?」


 レミリアの顔が、驚愕に歪む。僕が彼女の首を掴んだまま、再度空中に跳び立ったからだ。

 普通に攻撃するだけなら、彼女を捕まえておく必要は無い。むしろ、普段なら反撃を恐れて一度距離を取っていたはずだ。

 けれど、今は離さない。彼女が僕の『速さ』に驚いているのなら、その『驚愕』を『恐怖』に染め替えてしまう。

 そう思いながら、僕は一枚のスペルカードを宣言した。



 速符「アテンションプリーズ?」



「本当なら、こんな使い方はしないんだけど」

「えっ……?」


 間の抜けた声。

 声は少女そのまま、とっても可愛らしいものなんだけどな、なんて考えながら、真横に造り出した妖力弾を蹴る。

 急激な方向転換に、ダメージが抜けていないレミリアの首がガクンとゆれるのが見えた。


「っ、なに、を」

「いやね? このスペルカードってさ、ただひたすらに飛び回って弾幕をばらまくだけのものなんだけど」


 たん、と壁に着地して、今度は向こう側の壁に向かって跳躍。しかし、広い部屋である。これなら、このスペルカードを使うには申し分無いと言うものだ。


「ただね」


 五秒と少しで対岸に着地。今度は少し角度を変え、天井付近に視線を向けて壁を蹴る。


「僕も結構、本気で飛び回るもんだからさ」

「……!」


 今度は三秒程で天井と壁の継ぎ目に足が付く。ビシ、と何かがひび割れる音がした。


「まさ、か」


 常人なら、もしくは並の妖怪ならばとっくにだけど気絶しているであろう速度の中で、レミリアが震える唇で呟いた。


「うん。『それだけじゃあない』よ」


 なんて。

 きっと、レミリアはこれからされることが解っているからこそ、わなわなと唇を震わせているのだろう。

 そうだ。彼女のプライドが高いことは、ここ数日でよくわかっている。単なる『スピード地獄』では、決して彼女は屈しない。


「大丈夫だよ。このスペルカードはほんの三十秒程度……この部屋なら一秒五発。ほら、ほんの百五十回、この部屋に穴が開くだけさ」

「――――ッ!!」















「本当に行かないつもり?」

「…………」

「もう……すっかり黙りこんじゃって。……別にいいんだけどさ、御姉様がちょっぴり痛い目見るだけだもんね」

 イシシ、と悪戯っぽく笑うフランに、仏頂面を決め込んでいた咲夜の眉がぴくりと動く。

 パタパタと足を振りながら、フランは続けた。


「今頃、お姉様ボロボロにやられてるんじゃないかなぁ。ミィも手加減しないって言ってたし」


 ニヤニヤしながら、フランは咲夜に聞こえるようにわざとらしく大声で呟く。

 パタパタと、今度は背中の羽が揺れている。


「でもでも、たまにはそういうのも必要だよね。私を五百年も閉じ込めてたんだもの。いい気味いい気味!」

「…………」


 きゃははと笑うフラン。

 彼女は気付いている。気付いた上で、その口を止めることはしない。


「ねぇ咲夜」

「…………」

「咲夜はさ、なんでお姉様のところに行こうとしないのかな?」

「…………」


 無言。

 フランはてくてくと無邪気に咲夜に近付いて、その顔を下から大袈裟に覗き込む。

 互いの視線は交わらず、それを確認したフランは、口が裂けたような笑顔を見せた。


「可哀想なお姉様。きっと、咲夜が助けに来てくれるって、信じてるはずなのに」

「……お嬢様なら」

「大丈夫? 負けるはずなんか無い?」

「っ」


 フランの言葉に、咲夜の目が開かれた。

 そして、そのまま固まった。




「――嘘つき」




 先程の笑顔はどこへやら、光を失ったかのような、薄暗い紅の瞳が咲夜を見据えている。

 ドクン、と。自らの心臓が跳ねるのを感じた咲夜は、しかし辛うじて平静を保ちきるのに成功する。

 そして、至近距離から見上げてくる、赤い悪魔に向けてこう聞いた。


「何故、嘘つきだと?」


 言ってから、つぅ、と頬に汗を伝うのを感じる。得も言われぬ威圧感に、彼女の息はいつしか荒くなっていた。

 そんな彼女を、瞬きもせずにじぃっと見つめ、フランもまた口を開く。


「だって、咲夜が心配なのはお姉様なんかじゃない。お姉様を助けにいこうとしてる、自分のことを心配してるじゃない」

「どういうことですか」

「そのまんまの意味だよ? 咲夜がお姉様を助けにいくには、少なくとも私と戦わなくちゃいけないもの。『気が狂っている妹様』とね」


 知ってるんだよ? とクスクス笑うフランに、咲夜は過去の自分の愚かさを呪った。

 その言葉は、いつかの昔、彼女が今以上に未熟だった頃。自らの主人が、どんな思いで実の妹を地下室にじ込めていたかを知らなかった頃に、不意にこぼしてしまった言葉だった。

 咲夜は今でも覚えている。自分がそう言った直後の、唇を噛み締めていた主人の顔を。


「戦えるのかな? 私に立ち向かってこれるのかな? 間違って壊しちゃうかもしれないよ? 間違ったふりして、壊しちゃうかもしれないよ? そんな私に、『限り無く危険な妹様』に、貴女は立ち向かってこれる?」

「…………黙りなさい」

「無理だよね、無理だよね! 『無理だったもんね』! 私は覚えてる! まだ貴女が今よりも小さかった頃! 私よりもほんの少し、背が高いだけだった頃! 血塗れのお姉様の後ろでただ震えるばかりだった貴女の姿を!」

「黙りなさい……。黙って、黙りなさいよっ!」

「忘れてたんでしょ。そうだよね。お姉様が能力を使ってまで、『その日』のことを貴女から忘れさせてたんだもの。でも貴女は思い出した。ミィに心を掻き乱されて、私に殺されかけたことを思い出したんだ。『後ろから頭をわしづかんでさ、思い切り地面に叩き付けてやったよね』。お姉様の槍が私を貫いてなかったら、あのまま首を踏み砕くつもりだったんだけど」

「……あ、あぁ……」


 みるみるうちに、咲夜の顔が青くなっていく。

 見上げていたフランの視線が少しずつ落ちていき、逆に見下すようになるまでに、さして時間はかからなかった。


「ミィは、自分のせいで咲夜がトラウマになった、なんて言ってけど。ミィはただきっかけを作っちゃっただけなんだよね。元からあったトラウマを、ただ甦らせただけなんだもん」

「……そう、ね」

「貴女はミィを恐れているわけじゃない。『ミィと同じように貴女を殺そうとした私』を恐れているの。事情を知らないミィが治せないのも当然だよね」

「そう、よ。自分でも不思議だった。なぜ、トラウマの相手だと言うのに、ああして気を許していられたのか……」


 膝をついていた咲夜が、ポツポツと言葉を放つ。俯いたその顔は、銀髪に囲われていた。


「思い出した……思い出したわ。全部、全部」

「そ。なら、わかるでしょ?」

「えぇ……」


 膝をついたまま、能力を使うこともなくホルダーからナイフを抜き放つ。

 気持ち上げられた顔、銀髪の隙間から覗く瞳に光は無い。

 過去に向けられたものと、全く同じ視線。それを見たフランは小さくかぶりをふり、帽子を掴んで投げ捨てた。


「飼われる前の銀の狼……。昔は、玩具くらいにしか思ってなかったんだけどね」


 過去に捕らわれていたのは、咲夜だけではない。


「ミィ。私もちょっぴり、貴方の真似っこしてみるね」


 言いながら、髪留めも外して放り投げた。あの時の髪は、こんな感じだったかなと、その爪で自らの髪を切り裂いた。

 赤い部屋に、金色の糸がパラパラと舞い落ちる。


 本来、フランがミィ――ミコトに頼まれたのは、時間稼ぎのみ。

 ミコトがレミリアを『実力』で屈伏させるまでの間、いち早く駆けつけてくるであろう咲夜を足止めしておいて欲しい。そう、ミコトはフランに頼んでいたのだ。

 しかし、フランはそれを一時的に頭から離す。

 ミコトの最終的な目的を、今この場で達成させようと、フランは密かに考える。


「吸血鬼……。お前達を殺す為に、私は、私は」

「吸血鬼ハンター……か」


 今、フランの目の前にいるのは、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜にはあらず。

 今の彼女は、かつてスカーレット姉妹の前に現れた、名も無き吸血鬼ハンター。ナイフひとつで彼女達に挑んだ、底抜けに愚かな一人の人間。


「コインいっこ」


 成功するかどうかはわからない。けれど、もう自分は始めてしまった。


「……コンティニュー出来ないのさ。貴女も、私もね!」


 瞬間、空間に満ちるナイフの雨。

 それが動き出す瞬間に、フランの炎剣が嵐となって雨を呑み込んだ。

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