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99:〔図書館の魔女の場合〕

「紅茶をお持ち致しました」

「やめて気持ち悪い」


 なるべく執事っぽく頑張ってみたら、魔法使いに一蹴されました執事見習い灰猫です。

 ひどいなぁと思いつつも口には出さず、しかし畏まった態度を改めて自然体で紅茶を置いた。普通逆だろ。


「相も変わらず埃っぽいなぁ……。机のまわりくらい整理すればいいだろうに」

「こぁに言って頂戴」

「だそうですが」

「私だって掃除はしてるつもりなんですけど……。パチュリー様って次々と新しい本を出してくるから」

「…………」

「掃除のしがいがあるってもんです」

「わかった。この話は無かったことにしよう」


 これ以上続けると主従関係にいらないヒビが入りそうだったので止めることにする。ついでに執事の服装も気に入らなさげだったので着物に戻し、椅子を引っ張り出して座り込む。


「んで? 用って何さ」


 そう聞くと、露骨にパチュリーが嫌そうな顔をした。え、僕何かした?


「……耳飾り」

「?」

「その耳飾りよ。それ、貴方にとって何の意味があるの? 妖力強化? アイデンティティ? ただのアクセサリ?」


 いきなり喋り出したかと思えば、予想通りにむきゅんむきゅん咳をし始める喘息持ちの魔法使い。

 しかしなるほど、用とはこれのことか。

 ……これが何か、と聞かれてもなぁ。


「妖が鍛えた鉄に、天魔と鴉天狗の羽根を九尾の狐の金毛でくくりつけたもの」

「……何で出来ているか聞いたわけじゃあないけど……大概ふざけたものね、それ」

「僕もそう思う」


 でも事実だから仕方ない。


「私が聞きたいのは」

「いや、わかってる。わかってるんだけど……」


 はぐらかそうとしておいて何だが、パチュリーが何を聞かんとしているのかはわかっているし、何を答えればいいのかも、わかってはいる。

 ……が。


「……多分、言ってもわからないと思うな」

「?」

「いや……違うな。実は僕もよくわかってはいないんだ。最初こそ単なるアクセサリのひとつ、灰色に追加されたアクセントみたいなものだったんだけど」


 事実、耳飾りという形自体、天魔の羽根を身につけておくために出来た副産物なのだ。

 それがいつからか妖気を帯び、大結界に利用され、そして何時からか……確か、僕が大結界から解放され、『彼女』と再度ひとつになってから、この耳飾りからは確かに――


「……そう。わかったわ」

「え?」


 考え込んでいた僕に、パチュリーはそう言って机の上の本に手を伸ばした。予想外にあっさりとした態度に、少しとは言わず大いに拍子抜けしてしまう。最初の食いつきが嘘のようだ。

 そんな僕を見て、パチュリーは最初と同じような表情をして、


「いくら私でも、言いたくないような事を無理に聞き出そうとも思わないわよ。それに……無理に聞き出したところで、それが貴方の憶測だったとしたら意味がない。私が欲しいのは真実にして核。憶測みたいな揺らいだ情報は、知識として蓄えるのには不十分なのだから」


 今度は咳込むことも無く、音を立てずに紅茶を口にしたパチュリーは手持ちの本に視線を戻した。

 こうなってしまえば、彼女には何を語りかけても反応しない。それがわかっている小悪魔は、僕の手を引いて歩き出す。


「読書中のパチュリー様の近くで話すと、機嫌が悪くなっちゃいますから」


 小さく呟いてから笑う小悪魔に、視線を落として苦笑い。僕等の会話に、俯き加減でジットリとした視線で睨みつけてくるパチュリー……。想像が簡単過ぎてなんだかおかしくなってくる。

 しばらく歩き、パチュリーには声が届かない程度に離れたところで小悪魔の手が離れた。

 振り返ってみると、パチュリーの傍には咲夜の姿。何かあったのか、読書モードに入ったはずのパチュリーが本を閉じ、何やら怪訝そうに咲夜の顔を見上げている。咲夜はこちらに背を向けており、どんな顔をしているのかはわからない。


「どうかしました?」

「いや……」

「あ。ああなったパチュリー様が話していることに驚いてるんですか? 何だかんだ言って、パチュリー様も面倒見が良い方ですから」

「あぁ、うん。……そうだね」


 気の無い返事を返し、遠目から彼女の姿を眺める。


「……思ったより、早いなぁ」

「? 何ですか?」

「いいや。何でもないよ」


 そう言いながら執事服へと服装をシフト。襟元を正し、手袋を指先までしっかりと嵌める。


「もう行くんですか? たまにはお話しようと思ったのに」

「うん。そろそろ美鈴に差し入れしにいかなきゃ」


 今日はまだ美鈴に会っていないし、と付け足して、唇に指を当てて不満そうにしている小悪魔に背を向ける。もちろん、また今度ねの意で後ろ手を振るのは忘れない。

 そして、何やら重たそうな話をしている二人の横を通り過ぎ、図書館を後にするのだった。










「どういう意味かしら、咲夜」

「…………」


 パチュリーの怪訝そうな眼差しに、咲夜は不動の体勢で無言で見返していた。

 咲夜の背中越しにミコトの姿を見たパチュリーは、見上げた体勢のまま咲夜とミコトを視線だけ行き来させる。


「珍しいわね。貴女なら、そんな考えが出た時点で行動を起こしているでしょうに」

「……否定はしません」


 少し俯きがちになりながら、咲夜はそう答える。その際に、少しだけ瞳が揺らいだのを、パチュリーは見逃さない。

 その上で、彼女はまた文字の羅列に目を戻し、


「何故それを私に聞こうと思ったのかはわからないけど、どの道私には無関係な話ね。貴女の好きにしたらいいんじゃなくて」

「ですが……」


 はっとしたように顔を上げる咲夜。それを見越したように、執事服のミコトが悠然と咲夜の背後を通り過ぎる。

 咲夜の身体が固くなるのを、横目で確認し、次にミコトの顔を見たパチュリーは少しだけ目を見開いた。それというのも、こちらを向いていないはずの視線と彼女の視線とが、一瞬とはいえ確かにぶつかっていたからなのだが。

 バタン、と重ために閉まる図書館の扉。それを聴いて明らかに息を吐く咲夜に、パチュリーは口早にこう告げる。


「話は終わり? 私も暇じゃあないんだけど」

「あ、いえ……失礼しました」


 気が付けば、咲夜はすでにその場から消えていた。

 残されたパチュリーは、一度確かに本へと向かっていた視線を再度上げ、珍しく大きな溜め息をついて、


「こぁ。図書館の結界を強化するわ。手伝いなさい」

「え? は、はい」

「基準はいつもの三倍。そのかわり持続能力はある程度無視していいわ。一週間持てばいいから」

「……? 了解しました」


 主人の突然の命令に、疑問を感じながらも頷く小悪魔。そんなに読書を邪魔されたくないのかなぁ、なんて気楽なことを考えながら、彼女は言われた通りに準備を始めるのだった。

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