10:〔百鬼闘夜祭・後〕
さて、僕は今ある鬼と向き合っている。
ん?鬼って誰のことかって?
やだなぁ、わかってるくせに。
「何時ぶりかねぇ、本気でミコトとやり合うのは」
「殺し合う、の間違いじゃ?」
「そうだねぇ。今までよく死ななかったもんだ。お互いにね」
ハイ。桃鬼です。角を触るその姿にはデジャヴュにも程がある。
デジャヴュついでに、どうせだから聞いてみようか。
「ねぇ」
「ん?」
「ホントにやるの?」
「当然。逃がしはしないよ」
ですよね。わかってたけどさ。
僕と桃鬼が向かい合い、その周りを鬼達が取り囲む。
まるで闘うのが当然のようなこの雰囲気。
さて、どうしてこうなったのか、思い返してみようか。
「そこまで!」
桃鬼の凛とした声が響き、闘っていた鬼がピタリと動きを止める。
「今の今までの闘いで勝ち残った者は前に出な」
その言葉に反応して桃鬼の前に出たのは、四人(最近は面倒なので人間の形をしてれば何人と数えることにした)。
この四人、実に先日の昼から現在までずっと引き分けを繰り返していた。ちなみに今は夕方、赤く染まった空がそこにある。
「見た限り、アンタ達の力はほぼ互角。だから、アンタ達四人をこの闘いの勝者とする。文句はないね!!」
「「「「「オオオオオ!!!!」」」」」
え、今の叫ぶとこ?と僕は心の中でツッコミ。
僕は少し背の高い木の頂点に乗り、上から鬼達の様子を眺めている。
僕の周りには総計十三の妖精さん達が漂い、端から見ればなかなかに僕は神秘的なのではないだろうか、と無駄な事を考えながらも、勝ち残った鬼を観察。
しかし能力持ちではないらしく、やはり能力持ちは案外稀少な存在なんだと再確認する。
「あの四人より、志妖の方が絶対強いよなぁ……」
だって巨大な岩を一撃だし。
あれが直撃すれば僕も、むしろ桃鬼だって危ないかもしれない。末恐ろしい娘だ。
尻尾を一振りして、視線を戻す。
「ん?」
桃鬼が僕に向かって手招きをしている。
僕は妖精さん達を着物の内側に収納してから跳び、桃鬼の目の前に着地。
言葉の代わりに首を傾げ、何か用かと意思表示。妖精さんも首を傾げている。シンクロ?
「とりあえずあの四人に鬼達をまかせることにしたよ」
「ほお。で?」
「いやねぇ?勝った褒美は何が欲しいかと聞いたらさ、アタシとミコトの闘いが見たい、なんて言ってきたから」
チラリと鬼達が集まっている場所を見る。
なにあの表情、めっちゃ楽しみにしてるよ。感情読むまでもないよ。
「それにさ、アタシもなんだかムラムラしてきたんだ」
「ほほお」
違う意味に聞こえた僕は間違ってはいない。
「ってことで」
「何が『ってことで』だよ」
「なんだいいきなり」
「別に?」
そっけなく、しかし厭味たっぷりで答えを返す。桃鬼が怪訝そうな顔で睨みつけてきたが無視。
桃鬼が僕に闘いを申し込んだ翌日の昼、つまり今、僕らを囲む鬼達の異様な熱気に少し腹が立っているのかもしれないな。
「方法は?」
「アタシの闘いにルールなんてあったかい?」
「…………わかった」
桃鬼の返答に、僕はため息混じりで頷いた。
ここまできたら腹を括って闘わないと、こちらが死ぬことになる。
現に、先程から耳が痛いぐらいにチリチリしている。
桃鬼は僕と全力で闘うのが本当に嬉しいのか、まだ始まってもいないのに妖気が僕に襲い掛かってきていた。
「志妖」
「?」
志妖を呼び、鬼の大群の中から出てきた彼女に結界ごと妖精さん達を移動させる。
「お願いね」
志妖はコクりと頷いて、また鬼の大群の中へと突っ込んでいった。前にいればよかったろうに。
「ミコト」
「?」
「手を抜いたら……殺す」
ぽつりと呟き、桃鬼はその手から石を放り投げた。
そして、地面についた瞬間。
「がッ!?」
僕は桃鬼の一撃を顔面に喰らっていた。
なんだ?なにが起きた?
「……ッ」
一瞬頭がフリーズしかけるも、僕はその場から真上に跳躍。はるか上空へエスケープ。
「いってぇな畜生……。桃鬼め、なにを…………?」
言いながら着物を直して、違和感を覚える。
僕の着物は、こんなにパリパリしていただろうか?
「…………!まさか、っあ!」
ガクン、と急に下降を始める僕の身体。まだ上昇を続けていたはずなのに。
「やってくれたな」
明らかに自然落下よりも速いスピードで落ちて、いや、『引っ張られて』いく僕の身体。
僕は、僕に向かって拳を握りしめている桃鬼を見た。
「桃鬼め」
ズドン!と腹に一撃。景色が大回転を繰り返す。上に下に、左に右に。
しばらくして背中に衝撃が響き、そこでやっと大回転が止まった。
まぁ、実際に大回転していたのは僕だったことに気がついてはいたけれど。
「ぐ……うっ……」
途端に襲い来る、強烈な不快感。
頭が揺れ、視界がぶれ、思わずガクリと下を向けば、ゴボリと音を立てて這い出してきた赤色が着物を染めた。
むせ返りたくなる血の匂いと鉄の味。
(考えたな……桃鬼め)
溜まった血を吐きだし、むせながらも立ち上がる。フラフラするのは仕方がない。
「僕の着物の『硬度を変えて』……っ、それを『掴んだ』わけか」
騒然となる鬼達。
それは、もちろん桃鬼の強さに驚いたのもあるだろう。
しかし、鬼達の視線は桃鬼を含めほとんど僕に注がれている。
「…………!」
桃鬼の息を呑む声が聞こえた。
なにを今更。僕を本気にさせたのは桃鬼なのに。
「……フーッ、フーッ……!」
さて、桃鬼。
覚悟はいいか?出来ていなくても、もう遅いけど。
「なっ!?速っ……!」
ガギィン!と鳴り響く金属音。僕の爪と桃鬼の髪針が激突した音だ。
今のに反応する桃鬼は、やはり一筋縄ではいかない。ぎりぎりと押し合う爪と針。
「っ!」
「チッ」
普段滅多にしない舌打ちをして弾かれたように離れる。
やはり、力では敵わない。
なら。
「シャァッ!」
「っ、消え……あぅっ!」
妖力を使った『超』高速撹乱移動法。
更には妖力を篭めた爪で桃鬼を切り刻む。
「ぐっ、あっ、いっ、うぁっ!」
上下左右ランダムに襲い来る爪に、桃鬼はその場から動けずに、倒れることも出来ずに立ち尽くす。そして、攻撃で跳ね上がった右腕を虚しく握りながら、桃鬼はグラリと後ろに倒れ、
「これで終わりだ」
僕は、桃鬼の首を掴んで押し倒した。崖の下、桃鬼は腕を上げたまま苦しそうに僕を睨みつけ、
ふと、笑った。
「確かに、終わりだよ」
その後は、聞こえなかった。
口だけが、動いていた。
――アタシの勝ちでね。
そう動いた気がして、咄嗟に振り向くと、
目の前には、巨大な岩があった。
「…………う、うん……」
草のベッドで、彼が苦しそうに唸る。
アタシの能力で作ったフカフカベッドに寝ておいて失礼な奴だ、と冗談ながらも呟きながら、彼の顔を覗き込む。
彼――ミコトは、真っ赤に染まった着物のまま、アタシのベッドで眠っている。
「アタシはちゃんと忠告したんだけどねぇ。『手を抜いたら殺す』ってさ」
ミコトの耳がピクリと動く。しかし、起きはしない。まぁ、それだけのダメージはあるだろうから当たり前だろう。
ミコトは、今まで一度も本気で闘ってくれたことがない。
いや、本人は本気のつもりなのかもしれないが、いかんせん甘い。
今回だって、アタシの土俵である肉弾戦に自ら仕掛けてきたり、最初の一撃はともかく、空中に逃げ出した時は既にアタシが何をしたのかわかっていたはずなのに、避けようともしなかったり。
そもそもアタシの感情を操ってしまえばそこで終わりのはずなのにそれをしない。アタシがミコトの豹変を見て動揺したのにも気付いていただろうに……。
「……アタシに勝ちたいなら、本気で来なよ、ミコト」
アタシはミコトの額に口づけをして、彼の隣に横になる。
ミコトは、いつかアタシと本気で闘ってくれるのだろうか?
くれるとしたら……怖いけど、楽しみだねぇ。
けど、当分は遠慮しよう。
アタシだって、『キレた』ミコトは怖いのだ。
普段はかわいい顔してるんだけどねぇ。
まぁ、おやすみ。
なんか負けちゃうミコト。
強いんだけど、なんか勝てない。
その裏にはあんな事情があったりしなかったり。
まぁ、なんだかんだ言って、桃鬼を殺す気なんておきなかったんですね。
まだ、良くも悪くも人の心。