白い結婚の旦那様は王女様を愛していますが、私は推し活ができるので幸せです。なぜか王太子には溺愛されていますが。
「なんだあの子は、俺の事をすごくキラキラした目で見ている」
王太子のフィリップが側近に聞いた。
「ああ、あの子は……」
「すみません、注意して来ます」
側近の公爵令息ジュリアンを遮ったのは、同じく側近の騎士レイモンドだった。
「……どう言う事だ?」
「フィリップ、あれがレイモンドの奥さんのロッテだよ。レイモンドを見てたんだ」
「俺を見てたんじゃないのか……先日、結婚したとは聞いていたが」
レイモンドと新妻が話している所を、フィリップは眺めていた。
最近、王宮で見かける可愛い子が側近の妻だったのか……。
「レイモンドは怒っているようだが……」
「望まない政略結婚だったからな」
「そんな! 可哀想だろう、あんな可憐な子を!」
「フィリップ、ロッテを好きになったのか? 人妻だぞ」
「……人妻を好きになるわけないだろう。ただ、レイモンドと結婚して辛い思いをしているなら、助けてあげたい……」
「……ふーん、俺の奥さんも、助けて欲しがってるかもしれないぞ」
「……姉上は自分でなんとかするだろう」
「そうか? 助けてあげたい子は、特別なんじゃないのか?」
「……あ、あの子は、人妻だ……」
「顔が真っ赤だぞ、フィリップ」
◆◇◆
「影から俺を見るのはやめろ。バレてる」
夫のレイモンドが私に向かって言った。
他の誰でもなく、私だけを見つめて怒っている。
(推しが、私を見てる! なんて、良い顔なの!)
「申し訳ございません、旦那様」
私は、反省しているように聞こえるように言った。
『全然反省してねーな、コイツ』という顔で私を見てレイモンドは王太子のいる職場へ戻って行く。
(また、旦那様の新しい素敵な顔を発見してしまいました)
なんて、良い顔だったの!
レイモンドを間近で見れたし、今日はこれくらいにしておきましょう。
私はシャーロット、侯爵令嬢です。
前世で読んでいたこの小説の、愛されない当て馬令嬢に転生しました。
この本の主人公は王太子フィリップの妹の王女ロザリーです。
兄フィリップの側近で護衛の騎士のレイモンドに恋しています。
騎士のレイモンドの方もロザリーが好きだけど、子供の頃からの婚約者との結婚を断れずに結婚しています。
それが、今の妻の私、シャーロットです。
レイモンドは子供の頃から騎士としての才能があり、私の侯爵家から多額の資金援助を受けて、騎士になれたので、私との婚約も断れませんでした。
そして、それはレイモンドが愛する王女ロザリー様に出会う、ずっと前の出来事です。
ロザリー様に出会ってからのレイモンドは、結婚式の当日まで、援助してもらった資金は返すと、侯爵令嬢との結婚に抵抗していました。
その事に傷付いて、ロザリーとレイモンドが深く愛し合っている事に気付いても、頑なに離縁に応じなかったのが、私の転生した侯爵令嬢シャーロットです。
侯爵令嬢シャーロットは、小説を読んでる時にはただの嫌な障害だと思っていたけど、自分がなってみると結構辛い役所です。
シャーロットだってはじめからレイモンドを好きだったのではなく、親が勝手に決めた婚約者だったんです。
婚約しても、直接会う事はないけれど、御前試合を見たり、騎士としての活躍を聞いて、徐々に好きになっていった。
なのに、結婚を嫌がられ、初夜に『お前を愛することはない』と言われたらショックでしょう。
それを、悪役令嬢のように思っていて悪かったと、転生してから反省しました。
レイモンドの行動は、ロザリー様にも、愛していない妻にも、誠実だけど、どちらも傷つける。
でもレイモンドは、私の最推しで、顔が良いです!
私は5歳の頃には転生者だと知っていて、自分がレイモンドと結婚して、離縁される事分かっていました。
レイモンドは私と結婚した後も、王女様との愛の試練を乗り越えて行くのです。
知っていたから達観していたけど、知っているだけに悲しいです。
結婚後、レイモンドが機嫌良く帰ってくると、『ああ、王女様との、あのイベントか』と分かってしまう。
イベントでキスしたり、身体的な接触はないけれど、心で深くでつながっている二人なのです。
運命の二人だと分かっていても、今は私が妻なのにと不満が漏れる……。
でも、これが推し活なら違います。
自分が妻ではなく、ただのファンだと思えば、妻の座は夫の苦悩を見る為の特等席です。
王女と妻——つまり私と関係に板挟みになって悩むレイモンド。
ふとした瞬間に切ない表情をされて……ああ、なんて、良い顔!
間近で見れる喜びを噛み締めています。
しかも!
レイモンドは騎士としての実力が認められて、王太子の護衛として側近っになっているから、新婚の我が家は王宮の王太子宮殿の中にある。
少し外に出れば、仕事中の旦那様に偶然会えて、顔を眺めることができる推し活が最高に捗る住環境です。
まあ、だから、旦那様には会えるけど、しょっちゅう見つかって怒られて(ご褒美!)います。
私との不当な結婚は、ロザリーとレイモンドを主人公にした小説の始まりです。
でも、私にとってはここが実質ハッピーエンドなのです。
どんなに嫌がられても、その顔を私の目に焼き付けておきたい。
結婚初夜に『お前を愛することはない』と言われたのは織り込み済みで、むしろ、その顔を至近距離で見れるのが、最高のご褒美なのです!
「そう言う顔でおっしゃっていたんですね」
と、私が感極まって言うとレイモンドは、『なんだコイツは?』と未知の生物を見るような顔をしました。
私は、原作のシャーロットすら見たことがない表情を初日からゲットしました!
◆◇◆
レイモンドに叱られて(ご褒美)、部屋に戻る途中に、フィリップ王太子の別の側近の公爵令息ジュリアンに声をかけられた。
「ロッテ、フィリップ殿下が君をお呼びなんだ、来てくれるか?」
「え? 何故ですか?」
ジュリアン様は公爵令息で身分が上だけど、王太子の側近としてはレイモンドの同僚なので、私にも気さくに声をかけてくださる。
けれど、上司の王太子からは声を掛けられるような事って何かあったかしら?
王宮で王太子を見かけることもあると思うけど……。
「さっき、君がレイモンドを見つめている時に、思いっきりフィリップも居たからね」
「王太子様が? 私からは見えませんでしたが……」
「思いっきりレイモンドの隣にいたし、俺もいたけど……レイモンド以外は見えてないか」
王太子に呼ばれて断るなんて出来ないけど……とっても不安だわ。
「レイモンドはフィリップの横に控えてるから、仕事中の姿が見れるよ」
「すぐに参ります!」
◆◇◆
王太子に部屋で、旦那様が物凄い顔で私を睨んで(ご褒美)います。
ジュリア様は席を外されているので、私と旦那様と王太子の3人だけです。
「シャーロット、実は君を呼んだのはレイモンドとの結婚の祝いがまだだったからなんだ」
「必要ありません、フィリップ様」
すかさずレイモンドが割って入った。
え!? 何この顔!?
王太子様に対して、失礼のないように感情を抑えて、でも、私に対する怒りが抑えられずに、呆れたように眼を伏せている!?
良い! 顔が良い!!
「シャーロット殿に聞いているんだ、レイモンド! シャーロット殿、なにか必要な物はありませんか?」
私はレイモンドを見つめている。
王太子に叱られて『お前にせいだ』と拗ねたように怒りを爆破させる様子が良い!
旦那様の全ての怒りが私に向けられているわ!
「シャーロット……? 例えば、レイモンドに対しての不満はないのか? 俺が、力になれると思う」
私はレイモンド様をじっと見ている。
『バカ、王太子の方を向いて質問に答えろ!』という顔をしている。
すごい! 私! 推しへの愛が深すぎて、めちゃめちゃ細かい事まで旦那様の言いたい事がわかる!
しょうがないので王太子の質問に答えた。
「旦那様への不満なんて何もないです。強いて言えば、顔が良すぎて目が離せないから、転ぶ事が多くなったくらいですか?」
言ってる側から、レイモンドを目で追いすぎて、椅子からコケた。
レイモンドが『だから王太子の方を向けと言っただろう!』という顔をしている。
「大丈夫ですか? シャーロット殿!?」
王太子が私を助け起こして、椅子に座らせてくれる。
レイモンドは額に手を当てて目も当てられ無いという顔。
これはよく見るやつ、だけど、王太子に部屋で見るとまた違った趣があるって、顔が良い!!
「ロッテ、君はとても傷ついているんじゃないか? レイモンドが相手してくれなからって、こんな奇行を。顔なら俺の方がいいのに」
椅子に座らせてからも、私の手を握り続ける王太子が言う。
胸がチクっと痛んだ。
「ち、違います! 本当に旦那様は顔が良いんです! 顔が見られるだけで、ハッピーなんです!」
私は王太子の顔を見つめて真剣に伝えた。
王太子の顔が柔らかくなる。
あ、王太子も確かに顔が良い。
ドキッと胸が高鳴る。
顔が良いならそれだけで好きになる。
私は王太子から目を逸らす。
「レイモンドはあなたに優しくないのか?」
「や、優しさなんて最初から入りませんから『白い結婚』でも『離縁が決まっていても』、今、旦那様のそばにいられるだけで良いんです」
つい、王太子の方を見て答えてしまった。
「ん? 『白い結婚』『離縁が決まっていても』? どういう事だ、レイモンド」
王太子が旦那様を睨んだ。
どっちも、顔が良い!
「『白い結婚』はともかく、『離縁が決まっている』などという事実はありません。侯爵家に逆らって離縁出来るなら、俺は結婚をしていない!」
旦那様は、本当に嫌そうだわ。
「白い結婚が事実なだけでも問題だろう。シャーロット君はまだ清らかなのか!?」
王太子が私の手を握って真剣な目を向けた。
「清らか? 誰からも愛されていないだけです」
心は推し活で腐ってますし。
「つまり、君の結婚は成立してない!」
王太子が勝ったように宣言する。
レイモンドも眼を見開く。
「そんな……」
「俺と結婚すれば良いだろう? シャーロット。俺の隣にいれば、レイモンドの顔ならいつでも見れる」
それは、甘美なお誘いで……。
私は、王太子と結婚しました。
レイモンドとの婚姻の事実が認められなかったので、再婚ではなく、これが初婚です。
「やっぱり、ロッテが好きだったのか、フィリップ」
側近のジュリアン様が王太子に言う。
「レイモンドより、ロッテにはフィリップのほうがお似合いですよ」
同じく側近のレイモンドの表情が読めなくなった。
相変わらず顔が良いけど。
結婚式の最中に、レイモンドとロザリー王女が見つめあっているのが見えた。
「俺を見てロッテ」
と、私の旦那様に言われた。
やっぱり、顔が良い!
けど、こんな近くで私を見つめて来るなんて聞いてません!
◆◇◆
初夜の寝室で。
「ロッテ、君と結婚できて良かった」
「私もです。フィリップ様」
「それじゃ……」
「はい、分かってます。『お前を愛することはない』ですよね!」
「ん?」
「旦那さ……レイモンド様をフィリップ様の側で見ていればいいとおっしゃられたので、愛されていない事は分かっています」
フィリップ様が微笑んでいる。
「ロッテ、そんなわけないでしょう。俺はこれから、めちゃくちゃ君を愛するつもりだよ」
「え……?」
フィリップ様の唇が私の唇に重なる。
真剣な目が一緒に迫って来て、ドキドキする……。
心の準備が全然できてない……!
「……どうして、愛するつもりだって、もっと早く教えてくれなかったんですか!?」
「言ったら逃げられそうだから」
「に、逃げませんよ! 結婚しなかっただけです」
「やっぱり……。まあ、結婚しちゃったんだから、俺の愛をちゃんと受け止めてね?ロッテ」
ああ、にこりと笑う、フィリップ様の顔が良すぎて、ずっと見ていたい。
でも、ドキドキし過ぎて見れません!
「ロッテ……」
と、フィリップ様に名前を呼ばれるたびに、恥ずかしさが募って真っ赤になって眼を逸らす私。
そんな私を捕まえて離さないフィリップ様。
一晩、たっぷり愛していただきました。
◆◇◆
朝。
「フィリップ様、愛してます」
愛されるってこういうことだったんですね。
私は、すっかりフィリップ様の愛の虜です。
「ロッテ、自分に愛される価値があることに気づいてくれて良かった。俺はずっと君を愛し続けるから、受け取ってくれ。生きている限り、ずっと——」
フィリップ様の気持ちに、涙が溢れた。
私も、あなたを生きている限り、ずっと愛します。
原作で、私は死ぬんです。
レイモンドが私が王都に招き入れてしまった竜を倒し、功績から死んだ妻との離縁後に、ロザリー王妃と結婚を認められる——。
あと少しの間だと知っていても、全力であなたを愛します。
でも、私と別れた後、レイモンドとロザリーが結ばれることはなかった。
当て馬の令嬢がいなければストーリーで解決する身分の問題が解決できなかったのです。
私は竜に会う場所に行く必要がなく、王都に竜が来ずに、レイモンドは功績があげられない。
ロザリーは遠い小国に嫁ぎ、レイモンドは小国に少しでも近い国境への移動を願い、警備責任者として砦を預かることになる。
二人が晩年まで秘密の手紙のやり取りを続けていた事を聞いて、私は涙が止まりません!
一方で、私は王になったフィリップと子供たちと幸せに暮らしました。
亡くなったレイモンドの遺骨を夫を亡くしたロザリーに届けると、大事そうに胸に抱きしめたそうです。
使いに送ったレイモンドの弟子で騎士の末っ子がロザリーの孫の王女に恋して、小国の王になったのは、少しだけ救われた気がしました。
「末っ子が他国の王になるとはなぁ」
フィリップが私の横でいう。
小説の最後に王都で暴れた竜に殺された王太子だったフィリップ。
それで、功績をあげた騎士が王女と結婚し、国を継ぐはずだった。
けれど、フィリップは、今や孫が16人もいる立派な王なんだもの。
何が起きるかわからないわね。
すっかりおじいちゃんになってるのに、フィリップは相変わらず、顔が良い!
別れが近いと思ったから、ずっとあなたを全力で愛し続けた。
同じくらい、愛し返されて。
今でも私ちフィリップは変わらず、ずっと仲良しです。
最後の日まで、ずっと——




