20話 この道、我らが旅
バスタードソードはミスリル鋼を含む業物とはいえ、水晶の剣未満の武器。
いかにヒカルが勇者の光の力を込めようとも、魔王との激しい斬り合いで刃は零れ、刀身も痛み始めていた。
ヒカルはただ1人で前衛で戦っている。だが不思議と不安は感じなかった。
(この一手一手が、一繋がりになっている)
結果的であり、例えばピザタンクを旅の仲間にしていてもあるいは違う未来があり得たかもしれないが、これまでの旅の道行が1つでも欠けていれば少なくともこの状況にはたどり着かず、その事実が、ヒカルに勇気を与えた。
勇気の意味は勇者によって変わる。
この時代の彼らはこの力を光とみなした。
「せぁっっ!!!」
逆手に持った渾身の一撃は、高まる光に応じ、神剣に匹敵する攻撃力を発揮した。
バスタードソードは砕けながら、魔王ワルーの骨の尾と両鉤爪を打ち砕き、その胴体を深々と斬り裂き、膝をつかせた。
吐いた黒い血の中で哀れな何百もの魔界の亡者達が呻き、消滅してゆく。
ドッ!!
闇の渦の一角で、ワルーの弱体化に伴い骨の球の封印を自力で解いた神剣リーラシオンが飛び出し、猛烈な勢いで、鎧が全て砕け翼が骨と変わって散りだすワルー目掛けて加速した。
神剣は決して魔を見逃さない。
「待て」
ヒカルはそれを右手で掴み取り、出血しながら止めた。
「もう終わってる。それに、魂ごと完全に消すつもりだろ? まぁ、待ってくれよ」
ワルーは全身が骨と化し、そこから塵と消えつつあった。
「···無駄な哀れみだ。私は個ですらない。敗残の痛みが集まっただけの、この世で最も下等な魔だ。勇者よ、お前が善であるならば、これは消していい」
「また赦しか? 冗談だろ」
ヒカルは抵抗するリーラシオンを血塗れの手で強引に背の鞘に納め、鎮めた。
「ワルー。お前のほんの一部でも次があるのなら、いつか俺達の所に来い。これは罰だ。俺達と、旅をしろ」
魔王ワルーの全身は完全に骨と化した。
(···馬鹿馬鹿しい、こと······)
魔王は嗤って、塵と消えていった。
「はぁ〜、しんどっっ」
ヒカルは今にも闇の中に崩れそうな瓦礫の足場に座り込み、近くでミリンミリンとノブミを抱えて入る機会を探っていたモモミチに応急手当てを受け、全てが闇に沈む最下層から脱出の鏡で離脱していった。
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無事脱出後、既に残存魔王軍の大半は魔界へと敗走していた。
戦火の被害は甚大であったが、世界は一先ずの平和を取り戻した。
一行は反魔王軍の生存者達と共に海路でメジハに戻ることになった。
「友情は育まれた! 1人はみんなの為にっ、皆は1人の為にっっ。友情! おおっ、友情を高めよ!! 友情友情っ、Yo Yo セイ、ホーっ!」
報告に城に向かうとそのまま宴会となり、メジハ王は楽団の演奏付きで大興奮であった。
「あの件、聖都の御神託だったみたい···」
「説明不足過ぎる···」
「まぁいきなり詳しく言われていたら身構えていたかもしれませんし」
「飯美味ぁーっ!! 皿の調子がまだ悪いからどんどん食べるんだぞっ?! クワクワクワーっっ」
ミリンミリンは補修したトリトンマフラーの代わりに派手なリボンをしているだけだったが、他の3人は正装し、やはり補修した収納鞄を忍ばせている格好だった。
無事だった希望の砦の司令官、妖精の軍勢の将軍、最後まで残った忍者や僧侶等もそれなりの格好で参加していた。
「オーイっ、勇者達! このピザタンクがっ、圧倒的なチャリン支援と商人ギルドへよ根回しをしたお陰で後半の物量戦を乗り切れたことを忘れてないだろうなぁ〜?! 勇者に便乗したグッズの独占販売権をよこせぇーーーっっ?!! まずは『伝説のお玉』の量産化ぁっ!!」
「うわっ、ヤバっっ」
「アイツ、ほんと1回締めようと思うんだけどっ?!」
人混みに紛れ、ピザタンクから離れるヒカル達。しかし、
「ノブミぃっ! ちょっと魔王を倒したからってあたくしを差し置いて当主の座をっっ、あとソーンワンド壊したわね?!」
待ち構えていたド派手なドレスのアズミ・キャンデに絡まれるノブミ。
「いやいやいやっ、当主なんてごめんですしっ、ワンドは不可抗力ですっ!」
「アイツも1回相撲で倒した方がいいんだぞ?」
アズミからも逃げるヒカル達。
「取り敢えず、バルコニーに避難するか?」
一行はバルコニーに向かったが、
「ばぁっ!!」
隠れ身のマントで柱の陰等に隠れていた人に化けたラミアの女王達が突然出現して、油断していたヒカルを捕獲した。
「だぁーっ??!!!」
「はいっ、婿ゲットーっ! 砂漠に連れ帰るよぉっ?! ホッホッホッ!!」
「モモミチ! ノブミ! ミリンミリン! た、助けてくれぇ〜っ!!!」
「「「···」」」
勇者ヒカルの悲鳴がメジハ城の大広間に響くのであった。
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天の宮にて、わたしはずっと紡いでいた運命の糸から手を離した。
定め間を後にして、部屋を守っていた天使長の会釈に軽く応え、無邪気な小天使達が遊ぶ中庭に出る。
輝く植物の茂る庭の、小さな光の池の側の霊木のベンチに座った。
「ふぅ〜、さすがに疲れましたね···ヨキ。長くあの子達を見守ってくれてありがとう」
虚空に呼び掛けると、
(これで私の務めは終わりました)
「ふふ、次はどんな英雄に生まれ変わりますか?」
(いえ、願わくば凡庸に、平穏に···)
勇者の気配は去っていった。
「そうですね···」
勇者が現れる必要がなければ、それがなにより。
天の宮の池のほとりで、わたしは少しうたた寝をすることにした。
それでも夢の間に間に、もう少しだけあの子達の様子を見てみよう。
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夜通しの宴会の続くメジハ城の裏手の3階のとある窓から、
「よっと」
ロープを使って、ヒカルが裏庭に降りてきた。
隠れ身のマントに、壊れたアダマンタイトの鎧の素材に妖精の鍛冶に即席で造ってもらった軽量鎧と額当てに、市販の長剣と盾、収納鞄。といった旅装であった。
「たくっ、危ない危ないっ。城の王族の閨を強奪して連れ込もうとするなんて! 将来どんな伝承を残されるやらっっ」
「そりゃ、『昨夜はお楽しみでしたね』とか書かれるんだぞ?」
「?!」
裏庭の茂みから同じく隠れ身のマントを着たミリンミリンと、モモミチとノブミが姿を現した。
ミリンミリンは補修の結果短くなったトリトンマフラーと細くなったオリハルコンの腕輪、短槍になったダゴン殺しを装備。
モモミチとノブミは残った伝説の装備はそれぞれ聖教会と魔法学院に寄贈し、市販の旅装となっていた。
「ヒカル、どっか行くんなら付き合うわ。私、残ってると聖都で聖女にされそうなんだよっ」
「わたくしも、これ以上悪目立ちするとアズミ姉さんに絡まれ続けるので···」
「オイラは特にないけど来たぞ?」
「···」
ヒカルは酸っぱい物を食べたような顔をした後、
「よしっ、行こう! 実はさ」
収納鞄から鞘に納め清潔に手入れされた神剣リーラシオンを取り出すヒカル。
「神剣は聖都じゃなくて天界に還そうと思ってさ。バレると騒ぎになりそうだし、まずは大精霊神殿に行ってみようと思うんだ」
「泥棒じゃん」
「違うって〜」
神剣を収納鞄にしまい直し、ヒカル達は歩き出した。
程なく、4人に沿うように一陣の夜風が吹き込んできた。
風は世界を巡ってくる物で、それは冷たく、哀しみを、怒りを、執着を、虚しさを、戸惑いを、その身に宿していた。
(···来たな。いいぞ、何度でも、俺達は旅立とう)
勇者は心の内でそう呟き、わたしはわたしの眼差しをここで離し、この光の仔らの旅は、この仔らだけの物となった。




