18話 虚ろな玉座
神剣リーラシオンを手に入れた一行は、導きの羅針盤でもう一度行先を判定してみることにした。
「クワっ?!」
羅針盤は神剣の広間の一点に閃光を放ち、隠された半球状の闇の魔法陣を打ち壊し、下階への階段を出現させた。
力を使い切った羅針盤は元の形に縮み、錆びたようになり輝きを失った。
「お疲れ、羅針盤」
「念の為だ。先に離脱することになった人に羅針盤は持ち出してもらおう」
羅針盤の力が戻れば、少なくとも魔王はあらゆる重要物や己自身を隠すことは叶わない。
「魔王の元まですんなり直通というワケにもゆかないでしょう。気を引き締めましょうっ」
実際、引き続き延々と踊り場階が続く下階は魔物達が待ち構えていたが神剣リーラシオンの攻撃力は凄まじく、
「せぇあっ!」
一振りで1グループの魔物を一掃してゆく。
それでも魔物の襲撃の頻度と規模は執拗で、選抜隊員達は最初の者は羅針盤と共に次々と離脱してゆき、幾度か行われたフィールによる鑑定で最下層とみられる階まであと一息というところで、
「ぐっっ」
希望の砦の司令官が数度目の深手を負い、これ以上の回復の負担には耐えられないとモモミチに判断された。
「ヒカル、このバスタードソードを使ってくれ。無銘だが業物だ。お前の加速技なら使い所もあるだろう?」
司令官は愛用の細身の大剣をヒカルに託し、脱出の鏡で離脱していった。
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···最下層は各所に陰火の灯る奇妙で広大な廃墟の階層だった。
「城の跡?」
戸惑うヒカル達。
「この紋章や装飾は···先代の魔王の城のようです。こんな地下まで取り込んだのでしょうか??」
「なんにしても、広々しているのはいいねぇ」
女王を含む、残存のラミア族13体は本来の巨体の姿に戻った。
ラミア族以外の隊員はわずか4名。忍者2、僧侶1、魔法使い1であった。
「トラップ対策に忍者は必須だよっ。ミリンミリンだけだと大変だしっ。忍者! 大事っ!」
「いやこれだけ減ると、僧侶と魔法使いも貴重だから···」
一行は貴重になったラミア以外の隊員をなるべく庇って進むことになった。
「神剣が倒すべき相手に呼応してる。こっちだ」
ヒカルが案内する形となった。
「いよいよ近付くと羅針盤いらずなんだぞ」
「神剣は悪を滅するとなったら決して見逃さない物。河童はともかく、いつか人間達にもその切っ先が向けられることがあるかもねぇ」
「「「···」」」
女王の言い様に気不味くなるヒカル達だった。
廃墟のフロアは魔物頻度こそ少なかったが、現れる魔物達は強壮だった。
実体無きシェードナイト。魔法を使う怪鳥マージハゲタカヘビの群れ。呪われた鎧の魔物カースメイル。呪いの兜で正気を奪われた獣人兵マッドポーン達。下位竜ながら巨体のグリードドラゴン。魔族の魔法使いデモンメイジ。輝く怪鳥ティンクルズー。魔族の戦士ヘルグラディエイター。魔王に支配された死神キラーサイズ。呪われた廃墟の石片が集まったデスストーン。等々···
「不思議とまるで気配を感じぬが、ヒカルよ。魔王まであとどれくらいであるかえ?」
ラミア女王は女王と側近の4名だけになっていた。庇われていても、忍者1名と魔法使い1名は脱落。あとはフェザーフット族の忍者とハーフエルフの僧侶のみ。
「もう少しだ、あの祭殿のような所。隊を組んで本格的に囲むでもなし、なんだか試されてる気分だよ」
「···概念的な魔王なら厄介かもしれないねぇ」
ラミアの女王は陰火と暗がりの向こうの祭殿跡を見ながら呟いた。
一行は道なりに警戒しながら進み続け、祭殿前の辺りに強い群体の気配を感じた。
一方でそこまでは少なくとも魔物の気配はなかった。
「立ち止まるのは危ういでござるから歩きながらエリクサー等を飲み、回復するでござる」
最後の忍者が先頭で罠探知しながら呼び掛けてきた。
「わかったでござる!」
極東の兵士階級の独特な言い回しに興奮するモモミチ。
「モモミチ、変わらないんだぞ···」
「確固たるファンですね···」
一行は忍者の提案通り、移動しつつエリクサーを飲んで英気を養った。ラミアは、砂海の壺酒と彼女達の呼ぶ大きな壺入りの薬酒を飲んで回復している。
「ふぅ〜。ヒカル、お前は本当に先代勇者ヨキ様に似ている」
目を細めるラミア女王。
「そうですかね? ···あの、ハーレムの件ですが」
「今はよいよいっ、閨の話をする時ではないわ」
「はぁ···」
また断る機会を逸したヒカルだった。
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あと一歩で祭殿跡という所に植物の特性を持つ樹海竜5体と、闇と病の属性を持つ黒死竜5体が守りを固めていた。
それを物陰で、ヒカル達と窮屈そうに身を屈めたラミア達が伺う。
「ふふ、我らラミアはここまでのようであるわ。勇者でない方の僧侶の娘、後衛で補助と回復を担え」
「は、はいっ」
「忍者はヒカル達を先導しここを抜けよ。あの竜どもはどちらも無駄に再生力の高い種。さっさとゆけ!」
「御意でござるっ」
ラミアの女王を改めてヒカルを見た。
「魔とはいかなる物か、それは己の影を踏むような物。いいかえ?」
「心得ました!」
手筈を確認し合い、ハーフエルフの僧侶がラミア達に補助魔法を掛け、ラミア達が強壮な2種の竜の群れに踊り掛かり、地響きを立てて乱戦になると、隠れ身のマントを利かせたヒカル達は、器用にミスリル粉を混ぜ込んだ爆薬や閃光を放つ玉を投げ付ける忍者の先導でその場を駆け抜けていった。
···ヒカル達が祭殿跡の入り口まで駆け込むと、突然先導していた忍者は吐血して倒れ込んだ。
「忍者ぁーっ?!」
「黒死竜から病の呪いを受けたようでござる···」
見れば脇腹に深手を負っており、そこから感染し呪われていたようであった。
「待ってねっ、クリア! ブレッシング! ヒール!」
忍者の呪いと病を解除し傷を一先ず塞ぐモモミチ。それでも忍者の顔色は戻らなかった。
「か、かたじけない。しかし、拙者はここまでっ。モモミチ殿。勇者の皆様方、世界をっ、お頼み申し上げます···」
最後の忍者は脱出の鏡で離脱していった。
「···ありがとう、忍者···頼まれたでござるっ! さ、行こう皆!! 忍者パワーで魔王ワルーを倒すよ?!」
「友情推しどこ行ったんだぞ?」
「忍者職1人もいませんし」
「取り敢えず、エリクサー飲んでから奥に進もう」
「ニンニンっ!!」
祭殿跡には魔物も、外では見掛けたこの環境に適応した奇妙な小動物植物も、全く存在しておらず、異様なくらいであったがその最奥から、ヒカル達がこれまで感じたことのない圧を確かに感じた。
「···いるな。神剣の反応も激しい」
4人だけになったヒカル達は、損耗の激しい隠れ身のマントはもはや取り、堂々と警戒はしながら通路を歩き始めた。
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最奥の祭壇の間跡は闇のヴェールに包まれていた。
目の前にして初めてわかる圧倒的な負の力が込められている。
この内側だけが世界から切り取られように存在しており、それ故に認識が難しくなっているようだった。
「ライト!」
「プロテクト! レジスト! ストロング!」
「闇耐性の暁の護りは全員装備しよう。俺は攻撃力を高める会心の護りも装備するっ」
「クワッハっ、緊張してきたんだぞ?!」
ヒカル達は最後の準備を済ませ、ノブミの灯した魔力の光と共に闇のヴェールの中へと進入した。
祭壇の間は先代魔王が邪神を喚び出すことに使われたが、祭壇のあった位置に奇怪な玉座が置かれ、1人の黒衣を着た角を持つ美しい青年が座り、ヒカル達を見ていた。
「···来たか。お前達は世界の希望が集まり結実したと思っているのだろうが、今日ここに、それを打ち砕く支度が整った。ということでもある」
「見方によってはそうだろう。魔王ワルー! 俺はヒカルっ。お前を倒し、終わらせに来た。仲間達と共に!!」
「私はモモミチっ。そういうワケだから、もう謝っても許さないよ?」
「ノブミです。正直あなたの主旨がよくわかりませんが、倒させてもらいます」
「ミリンミリンだぁっ! 誤っても許さないけど、手下と一緒に魔界に還るならわざわざ追い掛けないぞ?」
「還る、か···」
玉座から立ち上がる魔王。
「魔界は既に滅ぼしてしまった。やがてゆっくりとこの世の闇を集めて再生するだろうが、それはもう私の世界ではない。だが、それは必要な刷新だ。大きな赦しでもある」
魔王の周囲の闇が逆巻き圧縮し始めた。
「マズいっ、神剣で祓う! 皆、一旦俺の後ろに!!」
隊列を変えるヒカル達。
「私は、この世界も赦そうと思う」
闇が、溢れ出した。
それは全てを呑み込みヒカル達の闇の果てへとを回帰させていった···




