17話 羅針盤と神剣
四角い形状の導きの羅針盤は、善なる者が触れると正しき道筋を示す性質があった。
背が低いのでミリンミリンはヒカルが抱え、勇者4人が揃って片手で持つと導きの羅針盤は発光して分解し、浮遊する球形芯に付いた針が回転し、1つの方向を指し示した。
「この角度···地下ではないでしょうか? 最初の2回の探知の1階の推定マップからすると不自然な印象です」
「確認してみよう」
まず地下に降りなくてはならなかった。もう1度、推定で造られたマップと照らし合わせ、魔物達が平時出入りに使ってるらしい地下への大階段と、その他の入り口を数ヶ所をルートの候補に上げた。
「大階段は魔物だらけだ! できれば避けたい。今のところは魔将以外に激しい戦闘はないが、全箇所先々まで確認し難いだろう。入り口らしき所から地下の一層だけでも探知させよう。明らかな外れは避ける」
一番探索慣れしている希望の砦の司令官の案が採用され、ヒカル達は選抜隊員92名は1階の数ヶ所の入り口の確認に向かうことになった。
しかし、行きと違い帰りは猛烈に魔物達の強襲を受けだし、1階に戻ってくるだけで23名が脱落。
2箇所の明らかに外れと思われる入り口の確認を済ますのに9名が脱落した。
「次も外れを引くと少々マズいの···」
「羅針盤は位置のみでルートまでは示さぬ。融通が利かぬものよ」
妖精の将軍とラミアの女王にも焦りが見えた。
果たして、さらに7名脱落者を出しながら行き着いた3箇所目の入り口でそれらしき所を引き当てた。
それは打ち捨てられた玉座の間の倒れた玉座の床下が隠し通路になっていた。
「いっそ完全に塞ぐなりなんなりしちゃえばたどり着けないのにね? どっかの火山に棄てる、とか」
物騒なことを言い出す僧侶モモミチ。
「神剣は勇者が手にする定めにある。ゆえにその可能性を断てば、反動の神罰を隠蔽者が受けることになる。かの剣は、魔を滅せよ、という神の呪いその物であるのだ」
時代によっては先祖を討伐されているラミアの女王。
「前から思ってたけど、ちょいちょい執念深い感じがする神様なんだぞ···」
ミリンミリンも不謹慎なことを言いつつ、ヒカル達と選抜隊員53名は地下へと下り始めた。
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玉座下の構造は非常に奇妙で、延々と踊り場階があり続ける下るばかりの道行きだった。
トラップの類いは階を降りるごとに減っていったかま、代わって明確に階を守護する配置の魔物達は厄介な物となってゆく。
1人、また1人と減ってゆき、ヒカル達も若干の援護に参戦しなくてはならなくなり、そうして、
「退けえぃっ!!」
妖精の将軍は重傷を負いながら多頭竜ヒュドラの胴体にある脳部位を大戦斧で断ち割り仕留めた。
即座に少なくなった他の隊員やモモミチが治療に入る。
「ふぅ···ワシはここまでだ。だが、探知せずともわかる。この階下からわずかに光の気配を感じる。おそらく目的の物があるはず!」
「あとは任せて下さい」
「立派な戦いぶりでしたよ」
妖精の将軍は他の脱落者と共に脱出の鏡で魔王城から離脱していった。
残る隊員は30名。半数はラミア族だった。
ヒカル達は階下に降りた。
「これはっ?!」
その階には無数の白骨化した魔物の死骸があり、その中心に築かれた骨の山の天辺の上位体と思われる魔物の死骸に、一振りの霊剣が突き刺さっていた。
「こりゃまた壮絶だな。もっとひたすら清らかな物かと思ったんだが」
冷や汗が止まらない希望の砦の司令官。
「封じるだけで一苦労って話は本当だったんだ···」
「クワ〜」
部屋には魔の気配はなく、微かに聖なる気配さえ漂っていた。
「神剣リーラシオン、手にできるのは真なる勇者のみ。お前達は勇者の力を4人で分けたと聞く、抜けるのかえ? あの剣を」
ラミアの女王は試すように聞いた。
「羅針盤のように一先ず4人で抜きますか?」
「···いや、俺が行くよ。剣が専門だし、御先祖様からのテストだ」
ヒカルは魔物の屍の中に踏み出した。
「ヒカル! 頑張るんだぞっっ」
「魔の気配はありませんが、神剣の力は不明です。気を付けて」
「ド根性だよっ、ヒカル!」
骨を踏みしだきながら小山を登るヒカル。骨はただ積まれているだけでなく、強い意志で剣を封じる為に留まっていた。
(···去れ!)
(引き返せっ!)
(お前は無力だ!)
骨達の思念が飛び交う。
(全てまやかしだっ)
(砕け散れ!)
(敗れ去れ!!)
(神の木偶人形めっっ)
「好き放題言ってくるな、戦う方が楽だ」
苦笑気味に、ヒカルは骨の小山を登り切り、上位の魔物の骸に刺さった霊剣の柄を握った。
血が逆流するような感覚が走った。
意識は遠く、過去の、遠く、深く、暗い底の世界に飛んだ。
「···っ?!」
それはヒカルの記憶でも勇者の血統の記憶でもなかった。
そのモノは、そのモノ達は、
「ああ、寒い」
悪徳と暴虐が蔓延るその世界、魔界において、そう珍しいことではなく、その魔族の仔は、食糧を盗んだ罪で、街中生えた棘の蔓も持つ吸血樹に吊るされ、緩慢な処刑を受けていた。
盗みは、自分の飢えを凌ぐ為か? 家族の為か? 仲間の為か? ただの気紛れか? 富んだ物への妬みか?
その魔族の仔にとって、それ自体はもはやどうでもよいことで、盗むと決め、実行した事実だけが、その仔の尊厳の全てであった。
(◯◯◯は元気だろうか?)
口が回らなかったので思い浮かべた。
誰のことか? わからない。実在しない、なにかの拍子に見聞きした、創作上の人物や、あるいはその仔の愚かな空想の中の人物のことなのかもしれなかった。
ただそれはとても懐かしい帰るべき横顔の景色であり、どこまでも遠い、届かぬ景色だった。
「さ、む、い···」
現実の身体は魔族の緑の血は吸い付くされ、低温を感じさせ、なにも起こらず、誰にも顧みられず、世界に変化を残さず、その仔はそのまま死に、吸血樹に捨てられた乾いた骸は、より下等な魔界の蟲達によって処理された。
荒廃した魔界においてありふれたその死は、他の無数の虚しい死に紛れ掻き消えていった。
それでも死は積み重なり、積み重なり、積み重なり、やがて幾億もの虚ろな死の塊として魔界の奥底に沈殿していった。
(···滅ぼそうか)
永い年月を経て、寒々しい焼け付く闇の底でそれは目覚めた。悪意は無い。ただ自然な摂理の表明として思考した。
無数の死の中には途方もなく強壮な者や、憎悪や怒りや狂気や嘆きに凝り固まった者達はいくらでもいたが、不思議とその核はあの仔だった。
その仔だけが全ての闇を赦し受容したから。
「滅ぼそう。私が、現れたからには」
闇には闇の救い主が必要であった。
その時代の全ての闇を救済する者。それを魔族はこう呼び頭を垂れる、
魔王と。
「はっ?!」
一瞬のことであった。意識を取り戻したヒカルは、神剣リーラシオンを引き抜いた。
サァアアア···砂が逆巻くようにして、塵と化した全てのこの階層の魔物の骸が集約し、聖なる魔力を湛えてヒカルを浮かせた神剣の鞘と化した。
緩やかに床面に降り立つヒカル。
「「「ヒカル!」」」
仲間達3人が駆け寄り、30名の隊員達も続いた。
「神話の一場面のようだね。夢から醒めたような顔もしている。なにか、見たのかえ?」
「ああ、やはり恐ろしく、慈しみのある神器だ。このリーラシオンを持って、斬り。救うべき者を見せてきた」
ヒカルは骨と蓮の花をモチーフとした装飾の鞘から神剣を抜き放った。
それは熱く、冷え冷えと、何一つ赦さず断ち切り終わらせる。恐るべき神気を宿していた。




