第三章 再会の食卓
夕餉の香りが囲炉裏から立ち上る。湯気の中、真紅の実家の食卓に、久々の顔ぶれが揃っていた。
矢那真紅、井関藍羽、久保田柑那の三人に加え、そこにいたのはユナイテリアから来たトラクター娘、ディアナ・グリーンフィールド。
「……この味噌汁、変わってない」
湯呑を手にしたディアナが、ふっと微笑む。口元には湯気とともに懐かしさがにじんでいた。
ディアナの姿は、囲炉裏の炎に照らされてどこか異国めいていた。
艶のあるダークブロンドの長髪はきっちりと三つ編みにまとめられて右肩に垂れ、淡い琥珀色の瞳は穏やかで、しかしその奥に秘めた聡明さがちらりと覗いた。
身にまとったのは、深緑とブラウンを基調としたミリタリーテイストの作業服。胸元にあしらわれたブランドロゴは、ユナイテリアの名門「ジョンディア家」の証でもある。キャップのひさしには金糸の鹿の刺繍が光り、彼女の気高さと誇りをそっと物語っていた。
——この座敷に溶け込んでいるようで、どこか浮いている。
真紅が「でしょ?」と味噌汁の味に胸を張った瞬間、ディアナは柔らかく微笑んだ。
「うちの味噌、母さんがずっと継いでるんだ。昔から“矢那家の味噌汁は一級品”って評判だったんだから」
「確かに、昔泊まりに来てた時も、これが楽しみだったわね……。変わらないって、いいものね」
ディアナはそっと箸を置き、囲炉裏に並ぶおかずを見渡す。焼き魚、菜っ葉のおひたし、芋の煮転がし、そして刺身が小皿に盛られていた。
「刺身まで出てくるとは。……水車式の冷蔵庫、健在ってわけね」
「うん。少し前に近くの用水路に新しい水車設置してね。前のは冬場に凍っちゃって、電力安定しなかったから」
「いいなあ。うちの方はまだ電気の巡り悪くってさ……冷蔵庫あるのに“氷室”みたいな使い方してるもん」
久保田がぼやくと、藍羽はもぐもぐと芋を頬張りながら「冷えてればいい」とつぶやいた。
「三彩機奏、にぎやかでいいわね」
「まだまだ連携技は発展途上ですけどね」
久保田が笑いながら返す。
「……そういえば、苗箱、守ってくれてありがとうございました」
井関が少し遅れて頭を下げた。
「本当に、あれがなかったら大変なことになってました」
「気にしないで。それより……鍬の軌道が少し甘かったわよ、シンク」
「うっ……やっぱ見てたんだ……」
真紅が頭をかきながら苦笑する。
「ええ、しっかりと。昔からそういうとこ、変わらないのね」
「昔って……ちょっと、やめてよディアナ。恥ずかしいことまで思い出さないで」
「……ふたりって、いつからの知り合いなんですか?」
「昔、うちにホームステイしてたんだよ。ディアナがまだ——何歳だったっけ?」
「九歳の頃だったかしら。父の農業交流計画で、日輪国に一年ほど滞在してたの。その間、何度もヤナんちにお世話になって。まるで妹ができたみたいだったわ」
ディアナが懐かしげに笑う。真紅は照れくさそうに鼻をこする。
「それで一緒に田に入ったり、農具いじったり……思い出がいっぱいあるのよ」
「そうだったんですか……どうりで、さっきの“昔から変わらない”って台詞が自然だったわけだ」
藍羽が感心したように言い、囲炉裏の湯気の中に温かな空気が流れた。
「思い出したわ、初めて田に入ったとき、足が抜けなくなって泣いてたシンク」
「うわぁ、それまだ言う!? もう何年も前の話じゃん!」
囲炉裏の上で湯気がゆらぎ、柔らかい笑い声が弾ける。井関と久保田は顔を見合わせ、ほほえましそうに箸を動かした。
「……ディアナさんって、ユナイテリアの代表なんですよね?」
久保田が思い出したように問いかける。
「そうよ。“ジョンディア家の看板娘”ってところかしら」
「ジョンディアって……あの?」
「世界有数の農機家系よ。北大陸じゃ“緑の血統”って呼ばれてる」
「へぇ~……なんか、すごい人がさらっと混ざってるんですけど……」
「それを言うなら真紅もでしょうが」
藍羽がぽつりと挟む。
「ヤナ家の跡取り。地祈の道を継ぐ者」
「うぐっ、それ言うとプレッシャー増すんだよなあ……」
真紅が湯呑を持ち上げて、深く一口。
ふと、ディアナが目を細めて彼女を見つめた。
「シンク、今日は……なんだか無理してるように見える」
「……っ、そ、そんなことないってば」
「無理に笑うと、眉の端がきゅって上がる癖。昔から、変わらない」
真紅は言葉を詰まらせたまま、湯呑の中の味噌汁を見つめる。
囲炉裏の火が、ぱちぱちと静かに弾けていた。