第二章 土に還らぬ
保持訓練から数日が経った。田に出た三人だがここ数日なんとも言えない重たい空気が張り詰めている。
真紅は黙々と鍬を振るっていた。だが、どこか動きが硬い。
鍬の軌道がほんの僅かに逸れていることに、井関藍羽はすぐに気づいた。久保田柑那も、ちらりと横目で真紅の様子をうかがう。
「……昨日から、ずっとこんな感じだね」
作業の合間、藍羽が小さく呟いた。
「ま、そりゃあんだけの失敗すれば……」
久保田が口を開きかけて、すぐに言葉を飲み込んだ。
「いや、うん……あたしも、もし同じ立場ならきついって思う」
訓練の失敗——。
あの時、真紅の顔から血の気が引いた瞬間を、二人は忘れていなかった。
地力を土に還元できたとはいえ、あの膨大なエネルギーが制御を失えば、どれだけの損失を生んでいたか。
(あの時の恐怖は、私たちも感じた。でも、シンクは……あれ以上の何かを、背負ってる)
藍羽は、真紅の背中を見つめながらそう思った。
再び、田の中央に立った真紅が鍬を構える。いつもの鋭さはなく、どこか逡巡が見える。
その刹那——彼女の手が僅かに滑った。
「っ……!」
地面をえぐるように、鋭い地力の斬撃が斜めに走る。軌道は逸れ、明後日の方向へ。
その先にあったのは、棚のように積まれた苗箱の山だった。
それは、村の一般の人々が丹精込めて育ててきた稲苗。
季節ごとに、祈祷とともに育まれ、地力とともに積み重ねられてきた命の芽。田植えを目前に控えた今、失えば再び育て直す時間などない。
斬撃がそれに届く——その寸前だった。
風が、吹いた。
次の瞬間、金色の髪が視界を裂いた。
空気を震わせるようにして、ひとりの少女が現れる。深緑のスーツが風に翻り、彼女は一瞬のうちに斬撃の前に立ちはだかった。
彼女が軽く手を振ると、まるでその動きに従うように、飛来していた地力の斬撃が弾かれ、宙に散った。
「相変わらずね、シンク」
その声に、真紅の顔が驚愕に染まる。
「……ディアナ?」
苗箱は無傷。
だが、真紅の胸には動揺と、もうひとつ別の感情が芽生え始めていた。