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地鎮ノ機巫女 JICHIN NO KIMIKO  作者: 農機具男
第一部 地鎮ノ機巫女
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第四章 田剣ノ儀・巨影との初衝突

 第四章

 ―大地に捧ぐ誓い―

 薄明かりに包まれた3月下旬の朝、ドイツの耕された畑には冬の名残りが濃く残っている。気温は肌を刺すように冷たく、空気は凛と澄みわたっている。湿った黒土が盛り上げられた畝の列には霜がうっすら積もり、朝日の光を受けて白く輝いている。冷たい風が時折吹き、土の匂いと微かな埃が空中に舞い上がる。まだ種芋は植えられておらず、始まりを静かに待つ畑だけが広がっている。

 日輪国から選ばれし三人の機巫女——矢那真紅、久保田柑那、井関藍羽は、整列してその霧の向こうを見つめていた。視線の先にあるのは、段差を利用して仮設された簡易舞台。その中心には、榊と注連縄で囲まれた神籬ひもろぎが鎮座している。

 神職たちはすでに舞台に立ち、白装束に身を包み整然と動く。緋袴の巫女たちが、両手に持った鈴を静かに鳴らしながら神前に進むたび、張りつめた空気にわずかな音だけが溶けていった。

「間もなく……か」

 矢那真紅がぽつりと呟いた。どこか遠くを見るような瞳。

「緊張してるの、真紅?」

 久保田柑那が隣で笑みを浮かべながら問う。だがその指先はわずかに震えていた。

「……してるのは、みんな一緒よ」

 井関藍羽はそう言って目を閉じたまま、両の手を静かに胸元に添えていた。呼吸を整えるかのように、深く、ゆっくりと。

 やがて神職が一歩前に出て、張りのある声で祝詞を奏上し始める。

「此処にましますは、地を鎮め、穀を護りたもう、日輪の大地神なり……」

 静謐な言葉が空を伝い、棚田の畦を這うようにして戦場へと流れていく。巫女が神楽舞を始めると、青空が次第に霧を追いやり、山々の稜線が姿を現した。

 三人は順に舞台へ進み、それぞれが玉串を捧げた。祭壇の前で深く頭を垂れた瞬間、真紅の心に微かな緊張が波のように寄せては返した。

 その時、風が変わった。

 谷の向こう、石畳を踏みしめる硬質な音が響く。

「来たわね……」

 藍羽が声を低くした。

 霧の向こうから、アグリガルドの代表機巫女——フリーデ・ヴァイスが姿を現す。深緑と黒を基調としたワークウェア風の服装に、肩掛けのクローク。背筋を真っ直ぐに伸ばし、その歩みは堂々たるものだった。

 後方には、作業機娘であるレムケンブルク・イーデの姿も見える。無言のまま、フリーデの歩調に付き従うように進み出るその姿に、どこか儀式の一部であるかのような静けさが宿っていた。

 彼女たちもまた、石舞台の対面に設けられた小さな祭壇の前で立ち止まり、短く一礼した。

 やがて、両国の代表が揃ったことを確認した斎主が、高らかに宣言する。

「今ここに、日輪国とアグリガルドの地を結び、田剣ノ儀——始まらんとす。大地の神々よ、どうか見守りたまえ……!」

 最後の祝詞が空に放たれ、鈴の音とともに神楽の舞が止む。

 その瞬間、空が晴れ渡り、戦場となる圃場に陽が射し込んだ。

 大地は今、戦いを受け容れるために静かにその胸を開いていた。


 風が静まり、畑に張り詰めた空気が、まるで神の目線のように圧し掛かってくる。

 田剣ノ儀、開戦前——。

 各陣営の後方、整然と並ぶ簡易祭壇から、作業機娘たちが一人ずつ歩み出た。

 まず、やや青みを帯びた深い緑色の装束を身に纏った少女——高北繋葉たかきた・つなはが、矢那真紅のもとへと歩を進める。彼女の手にあるのは、鮮やかな円弧を描く双鎌状の武器。《風駆ふうく》。その刃は風の流れを読んで撹乱するように、しなやかに揺れていた。

「真紅、大丈夫ですよ。」

 繋葉は柔らかく笑い、武器を差し出す。真紅は黙ってうなずき、それを両手で受け取る。

 続いて、姉の繋葉とお揃いの装束の少女が、久保田柑那の前に立った。この独特の色合いはこの家独特のカラーなのだろう。彼女は高北家の次女、名は後述として、手にしていたのは長く直線的な槍状武器。柄には三叉の爪が備えられ、回転機構を備えている。《纏転てんてん》。

「ぐるぐる回して相手を巻き取っちゃえ。——お姉ちゃん、信じてるよ」

「もちろんよ、任せなさいっての」

 柑那は目を細め、照れ隠しのように笑って武器を握る。

 三人目は、落ち着いた雰囲気の少女。高北家三女。彼女が井関藍羽に手渡すのは、左右非対称の盾状武器。片方には鋸刃のような回転盤がつき、相手の攻撃を巻き込みながら押し返す機構を備える。名は**《護織ごしょく》**。

「藍羽さん、受け止めて……そして、押し返して」

「わかった」

 武器を握る藍羽の手に、ほんの一瞬、優しさが宿る。

 最後に、アグリガルド陣営。 作業機娘レムケンブルク・イーデが、フリーデ・ヴァイスの前に進み出る。イーデの手には、青黒く重厚な剣。《グランツフェルト》——古式プラウを模した武器で、鋼鉄を思わせる鋭さと鈍い光沢を放っていた。

 無言のまま、イーデは剣を両手で捧げ持つ。

 フリーデは一礼し、剣を受け取ると同時に目を閉じる。深く、静かに、その身を沈める。

 そして——作業機娘たちは、それぞれ一歩後ずさり、膝をついた。

 目を閉じ、深く呼吸を整える。彼女たちは今より、具現化した武器を維持し続けるために“瞑想”に入る。

 その姿はまるで、戦神の依代に力を与える神子のようだった。


 アグリガルドの神官が、深緑の法衣をはためかせながら高台へと上がる。

「Erdfestfecht――今ここに始まる!」

 その声が響いた瞬間、静寂が裂けるように風が吹いた。戦場を囲む黒土の畝が低く唸るように震え、朝の冷気が一斉に走る。

 誰よりも早く動いたのは、アグリガルド代表の機巫女――フリーデ・ヴァイスだった。

 重厚なグランツフェルトを片手に構えた彼女が、地を蹴った。その脚が踏みしめた土が抉れ、乾いた音とともに塊が舞う。たった一人で、三彩機奏の三人へと突撃を仕掛ける。

「来るわよッ!」

 矢那真紅が咄嗟に叫び、三人は散開した。だがその声が届ききるよりも早く、フリーデの剣が唸る。

 《グランツフェルト》が横一文字に薙がれる。鋼鉄を削るような音と共に、黒土が爆ぜる。久保田柑那が槍《纏転》で受け止めたその瞬間、彼女の全身に衝撃が走った。

「なッ……!」

 刃の重さではない。速度、質量、密度――全てが桁違いだった。槍の柄に亀裂が走る。柑那の手が痺れ、思わず一歩後退した。

「これで……三割」

 フリーデの口元がわずかに笑む。目は笑っていない。ただ静かに、自身の力の“加減”を告げただけ。

 圃場の広さが、逆に重圧となる。日輪国の棚田とは異なり、この芋畑は見渡す限り何も遮るものがない。風が舞い、空が高く、逃げ場がないほどに開けていた。

 井関藍羽の盾《護織》が、フリーデの縦薙ぎを受け止める。が、同時に鋸刃の回転部が軋むような悲鳴をあげる。盾の端に細かいひび割れが広がっていた。

 戦況は明白だった。フリーデ一人に、三人が押されている。

「矢那真紅」

 フリーデの視線が真紅に向く。

「あなた……なかなかいい目をしてる。でも――」

 ふっと笑ったその声音は、静かに熱を孕んでいた。

「本気で来ないなら、つまらないわよ。三人で来なさい。“連携”っての、見せてくれるんでしょう?」

 挑発。それは明らかだった。だが、ただの煽りではない。言葉の奥に、火種のような“期待”が潜んでいる。

「……そういうことか」

 真紅が呟く。その横で柑那が息を整え、藍羽が目を伏せたまま頷いた。

「合わせてくれる?」

「やるしかないでしょ」

「……行こう」

 呼吸が重なる。足音が静かになる。瞬間、空気が変わった。

 最初に動いたのは柑那。《纏転》の三叉が唸りを上げて回転し、低く滑るようにフリーデへと突っ込む。回避ではない。牽制でもない。真正面からの突撃――囮。

 そこに藍羽が横から走り込む。《護織》の回転が逆転し、相手の武器を巻き取るように刃の根元を狙う。タイミングを見計らった真紅が後方から跳躍し、風を切る双鎌《風駆》を振り抜く。

「……いいじゃない、いいじゃない!」

 フリーデの瞳が輝く。その奥にあるのは、戦場の中でのみ見せる、狂気に似た悦び。

「もっとだよ、もっと私を楽しませてッ!」

 受け、流し、反撃しながらも、彼女の口元は笑っていた。剣が一閃するたび、地が割れる。だが三人娘も、一歩も引かない。互いの隙を補い、呼吸を合わせ、ただの個から“機動”へと変わっていた。

 手応えを感じた。

「これなら……!」

 そう思った矢先、フリーデの身体から圧が溢れた。

「見せてあげるわ。500馬力オーバーの、本当の力を!」

 《グランツフェルト》に走る閃光。振り抜かれた剣圧が空を裂き、大地を貫いた。

 衝撃とともに真紅の《風駆》が砕け、破片が宙を舞う。

 神官が高らかに鐘を鳴らした。

 ――田剣ノ儀、終結。挿絵(By みてみん)

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