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地鎮ノ機巫女 JICHIN NO KIMIKO  作者: 農機具男
第二部 地祈の道
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第八章 器

金属の風が吹き抜ける。


 どこまでも灰色に染まった空の下、硬質な大地が僅かに震えた。


 張り詰めた空気のなか、遠くで銅鑼の音が一度、重たく響く。


 ──田剣ノ儀、開戦。


 その瞬間、ディアナ・グリーンフィールドが一歩、前へと踏み出した。


 その動きに、空気が裂けた。


 まるで時間が削り取られたような感覚。瞬きすら惜しいと思えるほどの刹那に、彼女の姿は消えた──ように見えた。


「ッ……速ッ!」


 久保田柑那が、反射的に後退する。


 直後、**《グラウンドセイバー》**が振り下ろされた。両端にディスクモアを備えた巨大な農神器が、重力すら叩き伏せるかのような一太刀で地を裂く。


 地面がえぐれ、土煙が弾け飛んだ。


 柑那の身体はかろうじてそれを避けたが、着地の反動でバランスを崩し、転がるように地を這う。


「柑那ちゃんっ!」


 真紅が叫び、すかさず《風駆》を握ったまま駆け出す。だがその動きを、今度はディアナの左手──《エッジリング》が迎え撃った。


 軽量な片手剣とは思えない鋭さと速さで、三連撃が襲いかかる。


 斬撃の軌道が読めない。風を裂くような動きに、《風駆》が追いつけない。


 咄嗟に盾役である藍羽が割って入り、《護織》の鋸刃が斜めに回転することで一撃を受け止めた。


「……っ、重いッ!」


 藍羽が押し返すも、手首が痺れる。盾を通じて伝わる一太刀の圧力が、以前の対戦相手とはまるで異質だった。


 力だけじゃない。速さと技術、それらが凶器のように融合している。


 ディアナの動きは淀みない。


 一手一手が無駄なく、戦術と経験に裏打ちされている。


 ──その動きは、まさに“軍”そのものだった。


(これが……ユナイテリアの、トップ……!)


 真紅は息を呑む。


 三人で包囲するように立ち回っても、その一人が三人分を相手にしているかのような感覚に囚われる。


 だが──


「真紅、下がって!」


 柑那が後方から叫び、続けて《纏転》を回転させる。


 高速回転する三叉の槍が、ディアナの視界を攪乱し、半歩退かせた。


 その隙に、藍羽が再度切り込む。今度は横からの牽制斬りだ。


 ディアナは軽く身をひねりながら、《グラウンドセイバー》の柄を軸に体を旋回させる。


 旋回と同時に、広範囲の薙ぎ払い。


 三人は一斉に跳躍し、それぞれのタイミングで着地する。


「連携……悪くないわよ」


 ディアナが初めて、戦闘中に言葉を発した。


 その声に、皮肉や驕りはなかった。むしろ淡々と事実を告げるような響きだった。


 真紅の心に、微かな焦りが宿る。


(違う……アグリガルドのときと違う。ちゃんと、見られてる……!)


 わかっている。三人は、もうあの時とは違う。


 連携も強化した。訓練も積んだ。


 それでも、今目の前にいる“壁”の高さに、膝が震えそうになる。


 次の瞬間、ディアナは片膝を突いた姿勢から、矢のように跳躍した。


 そのまま《エッジリング》を振り抜く。


 標的は──真紅。


 とっさに《風駆》で受け止めた。刃と刃が激しく衝突し、金属音が空に響き渡る。


 しかし──


「ッ……ぁ……!」


 《風駆》が、悲鳴を上げた。


 刃の一部が、軋み、そしてわずかに砕ける音。


 真紅の手が痺れ、足が後退する。


 受け止めきれなかった。


(……このままじゃ、壊れる!)


 矢那真紅の武器、《風駆》が、あと一撃で崩壊する。そう確信できるレベルのダメージだった。


 ──だが。


「真紅、離れて!」


 柑那が横からディアナに回り込み、回転槍を思い切り振り上げた。


「藍羽さん、今っ!」


「行く」


 藍羽もそのタイミングに合わせて、盾の鋸刃を突き出し、斬撃を食い止める。


 ディアナの追撃を、仲間の二人が断ち切った。


 息が荒くなる。


 それでも、真紅ははっきりとわかった。


 ──自分は、一人じゃない。


 かつて、全ての責任を背負い、力を制御できなかった自分。


 その痛みを、恥を、悔しさを、誰にも言えなかった過去。


 だが今は、違う。


 助けてくれる仲間がいる。


 託してもいいと、そう思える絆がある。


 ──それは、敵すら気づくほどの変化だった。


 ディアナの目が、わずかに揺れる。


(そう……もう、シンクは一人じゃないのね)


 その内心の呟きの後、彼女の顔に初めて明確な“表情”が浮かぶ。


 ──静かなる決意。


 ディアナ・グリーンフィールドが、二振りの農神器をゆっくりと構えた。


 《グラウンドセイバー》を水平に、《エッジリング》を逆手に。


 「……最後よ」


 声は低く、しかし確かな“終わり”を告げていた。


 空気が震え地面はうねる。


 風が巻き上がり、ディアナの足元から、鋭く濁った気流が噴き上がった。


 二振りの農神器に地力が宿るのが、目に見えるようだった。


 《グラウンドセイバー》──両端のディスクモアが、重々しく唸りを上げて回転を始める。その回転は空気を切り裂き、地鳴りのような低音を伴って広がっていく。


 《エッジリング》──細身の片手剣が、静かに蒼白く輝いていた。切っ先から、白く細い線のような軌跡が立ち昇る。


「来る……ッ!」


 真紅が《風駆》を構え直す。


 けれど、手が震える。神器がもう限界に近いのだ。次の衝撃を受けたら──。


 わかっていても、逃げるわけにはいかない。


 仲間の盾にならなければ。


 ──だが。


「真紅、私たちを信じて!」


 藍羽の声が、重ねるように響いた。


 「今度は、みんなで守るんだ!」


 柑那が叫びながら、回転する《纏転》を高く掲げた。


 真紅の目に、仲間の姿が映る。


 その瞬間、震えが止まった。


 脚が、地を踏みしめた。


 ──いける。三人でなら。


 ディアナが、一気に飛び込んできた。


 まるで地面そのものを抉るような跳躍。ディスクモアが唸りを上げながら、真紅をめがけて振り下ろされる。


 刹那。


 藍羽の《護織》が割って入った。


 ディアナの一太刀を、盾の鋸刃で巻き取り、逸らす。火花が散る。だが止めきれない。


 次の瞬間、横合いから柑那の《纏転》が回転突進するように切り込む。


「おおおおおおおおおおおっ!!」


 戦慄の叫びと共に、彼女の槍が、ディアナの肩口にぶつかる。


 弾かれる。だが確かに、隙が生まれた。


 ──今だ!


 真紅が叫ぶ。


 「藍羽ちゃん、柑那ちゃん──いっくよっ!」


 三人の気配が、重なった。


 風が鳴る。


 三つの農神器が、一直線に交差する。


 《風駆》が、斬風の軌道を描いてディアナの視界を遮る。


 《纏転》が、その影から迫り、右のディスクモアを押し込む。


 《護織》が、残った左の《エッジリング》を、鋸の回転で包み込むようにして絡めとった。


 そして、三人の声が、同時に響いた。


 「──三彩機奏《合刃・鎮風連槍陣》!!」


 衝撃音が、空を裂いた。


 そして──


 パァンッ!


 金属が砕ける、高い音。


 ディアナの《グラウンドセイバー》の片側──右端のディスクモアが、空中で粉砕された。


 遅れて、《エッジリング》の刀身にも深い亀裂が走り、青白い火花を散らして崩れ落ちる。


 沈黙。


 全てが静止した。


 三人は、荒い息を吐きながら、ディアナを見つめていた。


 彼女は、農神器の柄だけを両手に持ったまま、わずかに微笑んだように見えた。


「──綺麗だったわ、三人とも」


 そう静かに告げると、ディアナはすっと膝をついた。


 司式官が手を挙げた。


 「ディアナ・グリーンフィールド、両神器の破損を確認──」


 声が、広場中に響き渡る。


 「田剣ノ儀、勝者──日輪国代表、三彩機奏!」


 歓声が、どっと広がった。


 広場全体が揺れるかのような喝采。


 しかし──三人の表情は、どこか曇っていた。


 勝利の直後。


 身体の奥底から、何かが“流れ込んでくる”感覚。


「っ……!? な、に……これ……!」


 柑那が膝をついた。背中がびくんと痙攣する。


「……く、るしい……! これ……っ」


 藍羽も歯を食いしばりながら、額から冷や汗を流していた。


 真紅もまた、胸を抑えて、必死に地に爪を立てている。


 ──これは、“地力”。


 田剣ノ儀の勝者に与えられる、豊穣神のギフト。


 膨大すぎる量の地力が、容赦なく彼女たち三人に流れ込んでくる。


 それはまるで、堰を切った水のように。


 ──いや、“暴力”だ。


 そのまま受ければ、内側から破裂してしまう。


 だから制御しなければならない。


 “保持”しなければならない。




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