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私は昔から心臓が悪かった。とても悪いという事でもないが、激しい運動やスポーツは親が心配したためにやらせてもらうことができなかった。
私は大丈夫だろうと鷹を括っていたが、運命はいつだって最悪な方に傾く。それが私の人生。
案の定、小学生低学年の時にどんどん悪くなっていた。学校にもいけずこの頃の私は病院での生活がほとんどだった。いつしか病院での生活が当たり前になっていた。小さいながらに私は一生このままでそのまま死んでいくのかななんて考えながら生きていた。
とても退屈だった。生きているという実感が持ってなかった。
そんなある日のことだった。病院で耳の聞こえない女の子に出会った。私のいた総合病院は県内でもとても大きく、彼女は検査やらなんやらでよく隣の県からきているらしい。隣の県は私が昔住んでいたところだ。私も入院でこっちに来たのだ。
そこからどうやって仲良くなったのかはよく覚えてない。昔の記憶だ、そんなものだろう。彼女の名前は香織ちゃん、耳が聞こえないので手話を使っていた。最初の頃は私たちはペンと紙でよくお互いの意思を伝え合っていた。
けど、これは味気ないと子供ながらに思った。こんなもの会話ではないと。時間はたんまりあった。その時間で私は香織ちゃんと会話するために手話を覚えた。手話を覚えた私を見て、香織ちゃんはとても喜んでいた。手話を覚えたことでさらに距離が縮まった感覚があった。友達がいなかった私にとって、これはとても新鮮なものだった。
心が躍った。こんな心臓だけど、心が脈打つのがわかった。
そんなに会う頻度は多いわけではなかったが、香織ちゃんが病院に来ると毎回会った。
香織ちゃんは小学校の出来事を教えてくれた。国語、算数、理科等、先生の話、友達の話。楽しそうに話す香織ちゃんの話を聞きながら、私も心臓が悪くなければ同じ事をしていた。そう思うと、とても悲しくなった。どんなことをしたのか聞きたい私とそれを聞く事によって現実が辛くなる私が交差する。
それでもやっぱり私は聞きたかった。もし、もしもこの心臓が良くなったら、私も香織ちゃんのように学校に行って、授業を受けて、遊んでその楽しさを香織ちゃんと共有、共感し合えるそう思ったからだ。
この頃にはもう私の中で香織ちゃんは大きな存在となっていた。香織ちゃんに出会う前の私は、別にこのままでもいいと思った。このまま病院で暮らして、なにもなさず終わる、きっとそれが私の人生、そう思っていた。けど、香織ちゃんに出会ってから『生きたい』そう思うようになった。
これから楽しいこと、嬉しいこと死んでしまったら全部無駄になるかもしれない。でもその恐怖と戦いながらも前に進むことの方が正しいのだと。
ある時、香織ちゃんは手話を使うことのできる男の子の話をしてくれた。耳が聞こえないことを理由にからかわれていたところをその子が助けてくれたのだと言う。
同じ耳が聞こえない子なのかと思ったが、彼は違ったらしい。
その子のことを話す香織ちゃんはとても楽しそうだった。香織ちゃんはよくからかわれるそうだ、だから学校に行くことが嫌いになり始めたところをその子に助けられ、今ではまだマシになったと笑顔で言っていた。
私が同じ学校であったなら、私の身体が弱くなかったら守ってあげられたのに。また、こんな私が不甲斐なく思える。
その子には感謝しかない。
その会話を最後に香織ちゃんと会うことはなくなった。