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『今日は手話使ってなかったね』
『当たり前だろ、会話がバレてるんだから』
『いいじゃん、私にしかわかってないんだから』
『それが嫌なんだ』
最初に話した時もそうだったが、なにか違和感を感じる。いや、違和感というより既視感というか。懐かしい気分になる。菊池遥はどこかあの子を彷彿させる部分がある。いや、外見も雰囲気も全く似ても似つかない。名前も違う、だけど自分の中でなにか感じずにはいられない衝動に駆られる。まさか。
『なぁ、菊池はさ姉妹とかっている?』
菊池は眉に皺を寄せ、怪訝そうな顔をしている。
『なに?急に』
『え、あ、いや、なんとなく』
次の自分の反応を用意しておらず、返答に困る。
菊池はまだこちらを得たいの知れないもの見るような目で見ていた。そんな顔しなくても。
『いないけど』
いないのか、健常者でありながら手話を理解することができるのは身内に聴覚障碍者がいるからであり、名字が違うのもなにか訳ありとして人には言いにくいことと辻褄が合うと思ったがどうやら全くの見当違いのようだ。
気のせいか。
『そっか』
『てか、前にも聞いたんだけど、なんで手話が使えるの?』
『教えない』
『えーなんで』
『菊池も教えなかっただろ』
……
今日もまた夢を見た。
『なんで、助けてくれたの?(手話)
『なんかほっとけなかったから』(手話)
『やっぱり優しい』(手話)
『そんなことないよ』(手話)
『気になってるんだけど、なんで手話が使えるの?』(手話)
『笑わない?』(手話)
『うん』(手話)
『学校の授業中に友達と会話がしたくて覚えた』(手話)
彼女は音がない笑顔だった。
やはり懐かしい。よく俺たちは逸れの公園で会っていた。寂れた遊具、ボロボロのベンチ、手入れのされていない花壇。啓以外と手話できることに喜びに浸っていた頃の俺。彼女になぜ手話が使えるかを話したところ、ものすごく笑われたのだ。それから幼い時の俺はその理由がとても滑稽と思えて、それから誰かに手話を使える理由を尋ねられる度、はぐらかした。でも、彼女の見せた屈託のない笑顔を見た瞬間、俺は助けてよかった。俺はこれを見るために手話と出会ったんだなとさえ、思うようになった。
その喜びは束の間で…突然彼女は消えた。