処刑された武人皇帝、辺境の村で恋愛の神になる(ただし本人は童貞)
「ジュリアス・フラヴィウス・クラウディヌス、お前を国家反逆罪により処刑する!」
冷たい声が告げる。
「数多の戦いで多くの国民を危険にさらし! 屍の上に成り立つ権力に胡坐をかいた!」
「その罪を償うは死を以てほかならぬ!」
私の目の前には、革命派の男たちが並び立っている。
この国の皇帝たるジュリアス・フラヴィウス・クラウディヌスこと私は膝をつかされ、手足を縄で縛られたまま、処刑台の上に転がされていた。
かつて私は「武人皇帝」と呼ばれた人間だった。
日夜戦争に明け暮れ、武によって国を統治した。
しかし
突如起こったクーデター。
当初私は抵抗したが、結局は側近に裏切られ、あれよあれよという間に処刑が決まったというわけだ。
ちらりと横を見る。
そこに立つのはかつて私の右腕だった男。
彼はよく研がれた大ぶりの剣を持っている。
(ああ、私は友に殺されることになるのだな)
首筋に感じるのはじっとりとした冷気。鋭利な刃が死の予感を突き付けてくる。
――――私は、ここで終わるのか。
笑いが込み上げた。
なるほど、革命軍は私を「暴君」と呼び、打ち倒したわけだ。
しかし、そんなことは私もわかっていた。
私は戦争で帝国を築き、戦争で帝国を維持し、そして戦争の果てに殺される運命だったのだ。
「帝国の黄金時代は、すべて貴様の血塗られた剣の上に築かれていたのだ!」
(……ああ、その通りだ)
「断頭台へ送られることこそ、帝国の正義なり!」
革命派たちが次々と叫ぶ。
――――くだらんな、と思った。
私は確かに戦争に行き、力で国を支配した。反抗する貴族を粛正し、敵国を蹂躙し、最強の武人皇帝として君臨した。
だが、すべては帝国のためだったのだ。
私の戦によって国は繁栄した。私の剣によって、敵国はひれ伏し、帝国の版図は広がった。
だが、その結果として誰もが戦に依存し、剣を持たぬ者までもが剣の力を求めるようになった。
そう、私は戦争の英雄でもあり、同時に戦争が生んだ怪物だった。
「フ、よいだろう」
このような状態なのに、つい笑みがこぼれる。
どうせ長々と生きるつもりもなかった。
最強の皇帝などと謳われながら、私は何も持たなかった。
心からの友も、温かい家族も、そして――愛するべき妻も子も。
私はただ戦場に生き、戦場に死ぬだけの存在だったのだから。
ふと隣を見、処刑人に笑いながら声をかける。
「仕損なうでないぞ。貴様は剣の筋が悪いからな」
「……っ! 黙れ、大罪人が……っ!」
処刑人の剣が振り下ろされる瞬間、私は天を仰いだ。
最期に見た空は、やけに晴れ渡っていた。
***
「――――ん?」
違和感とともに、意識が浮上する。
死んだはずの私が、なぜか意識を取り戻している。
ゆっくりと目を開けると、私は見知らぬ祭壇のようなところに立っていた。
周囲は石造りの古びた空間で、壁には燭台がいくつも灯されている。
何かの儀式の最中だったのか、微かな香の匂いが鼻をくすぐる。
「……私は、処刑されたはず、だが?」
首を傾げる。
私は確かに死んだはずだ。
首が落とされ、意識が途絶え――
それなのに、私は今、こうして立っている。
「お、おおお、おおおおおお!!」
「!? な、なんだ!?」
この部屋に続く廊下の奥から少女の叫び声が聞こえる。
それは足音とともに近づいてきて、とうとう部屋に入ってきた。
伝統的な神官の装束を着た少女だ。
年齢は17,8歳ほどだろうか。
太陽の光を思わせる金色の髪はゆるい三つ編みでまとめられ、銀の月桂冠が耳の上あたりを飾る。
「ついに! ついにご降臨なされたのですね! ジュリアス様!」
「……誰だ?」
「私はティトゥリと申します! ミルヴィ村の神官見習いでございます!」
「ミルヴィ村?」
聞いたことのない地名だ。
「ここは……私の治めた帝国ではないのか?」
「あの……ジュリアス様?」
ティトゥリは不思議そうに俺を見つめる。
しかしすぐに驚いたように手を合わせた。
「なるほど! ジュリアス様の魂は300年間、静かにお眠りになられていたのですね!」
「……300年?」
「はい! 偉大なる皇帝にして神、ジュリアス・フラヴィウス・クラウディヌス様が処刑されてから、もう300年の月日が経っております!」
私は目を見開いた。
「300年……」
そんな馬鹿な。私が死んで、たった一瞬のつもりが、300年も過ぎたというのか?
「あの帝国は……?」
「滅びました!」
即答。
まあ、そうなるか。私がいなくなれば、遅かれ早かれ帝国は瓦解する運命だった。
「ええと、ジュリアス様が眠られている間に、帝国は分裂し、現在は小国が乱立する時代になっております」
「うむ、それは容易に想像つく」
「そして、ここミルヴィ村では、長らくジュリアス様を恋愛と結婚の神として崇めていたのです!」
「…………待て」
私は思わず手を挙げて制した。
「私は戦場の英雄、『武人皇帝』と呼ばれ、剣で帝国を治めた男だ。それがなぜ恋愛の神などと?」
「ジュリアス様は誰より強く、誇り高く生きた伝説の皇帝です! その逸話の一つとして、多くの戦いで敵国の王妃や王女、敵対する貴族の娘などを人質に取りながら、その誰も手籠めにすることなく、当時としては異例なほど人道的な扱いをなさっていたとか……」
ティトゥリは夢見る乙女のようなポーズをとりながら続ける。
「それが次第に、『真実の愛を求め、偽りの愛の契りを決して誰とも結ばれなかった、まことの愛の庇護者、恋愛の神』として伝わるようになり……」
彼女は私に向けてびしっと決めポーズをとるように指を突き付ける。
「そして、村の恋愛成就の儀式や結婚式では、ジュリアス様への祈りが欠かせなくなったのですっ!」
「…………は?」
私は茫然とした。
いや、待て。それは違う。断じて違う。
確かに私は敵地から運ばれてきた女たちに手を付けることはしなかった。
しかしそれはあえてそうしなかったというわけではない。
戦の途中で女にかまける暇がなかったり、戦後の処理に忙殺されていたり、あとは「こんなケダモノに手籠めにされるくらいなら舌を噛み切って死にます!」などと言われて全力で拒否されたからでしかない!
ていうかそもそもそれ抜きにして、私は……
女というものに
まったく縁がない人生だった!!!!
「……私は」
「はい?」
「私は、恋愛の神なんかじゃない」
「えっ?」
「生涯、恋愛などしたことがない」
「……えっ?」
「……………………私、童貞なんだが?」
「…………………………」
ティトゥリは沈黙し、顔が青くなったり赤くなったりしている。
「……そんなこと、どこにも記されてなかったのですけれど……」
いや、そりゃそうだろう。
***
かくして、私の「恋愛神(童貞)」としての生活が始まってしまったのであった。
まず早々に、私は神としてはかなり力のある部類であることが判明した。
神として――ただし恋愛を司る者としての権能がかなり強力なのだ。
例えば――――
「……最近、かなりハエが多いな」
神殿内をブンブンいって飛ぶハエ。
そのうち二匹に向け、適当に念を込める。
すると
「――まぁジュリアス様、貴方様の彫刻の上でハエが交尾していますね!」
「よりにもよってそこかぁ」
神殿の最奥に安置されている私の(かなり美化された)彫刻。そのてっぺんでハエが重なっている。
「ていうかこいつら、ちゃんと雌雄一対になっておるのか?」
「さぁ? まあいいじゃないですか。最近は恋愛に性別など関係ありませんし」
「……ハエだぞ?」
「カブトムシだって同性愛行為をするとは有名ではありませんか♡」
そんなことを言っているうちに来客の呼び鈴が鳴る。
ティトゥリが出迎えに行くと、すぐに大量の女性たちが押し掛けてきた。
「ジュリアス様!」
「ジュリアス様! 本日もよろしくお願いいたします!」
「おうおう、わかったわかった。加護であろう? そこに一列に並べ」
毎日午前10時と午後8時、それが私の「仕事」の時間となっていた。
現世によみがえった私はすんなりと純朴な村人に迎え入れられ、以前より相変わらず(?)恋愛神としてたたえられていた。
人々は私に貢物をささげ、その見返りとして私は人々に加護を授ける。
家内安全、恋愛成就、夫婦円満、子宝祈願……効能については私自身もあまり把握していないが、今のところその評判はよいらしい。
しかし問題なのが
「ジュリアス様、遠距離恋愛をしている漁師の彼の手紙が最近そっけなくて……!」
「旦那ともっと夜を盛り上げるためには!?」
「片思いをしている子がいまして。いえ男性ではなくっ、実は……ああっ私は罪深い女でしょうか!?」
「知るかーーーーーッッ!!! 私は!!! 童貞なのだ!!!!」
恋愛相談など持ち掛けられたところで、私は答えることなどできないということだ!
「畜生、なぜ私は恋愛神などになってしまったのだッ!!!」
童貞神の苦難は続く……