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たまには休もう。

「おかしなリヒター。……ふふ、あなたが原因かしら」

 彼らしくないと、カイゼリンはクスクス笑っていた。

「私でしょうか?」

「ええ、貴女。そもそも貴女が委員になれたのも――」

 カイゼリンが言いかけたところで、置かれたのはプレートだ。次々と料理が並べられている。

「お待たせ致しました。本日のカイゼリン様のご意向に沿うメニューにございます」

「まあ、たまらないわね! ええ、あのモルゲン先生のことなど、忘れましょう」

「それがご賢明かと存じます」

 ご馳走を堪能するカイゼリンの背後、リヒターはすっと控えた。シャーロットもそれとなく隣に立つ。

「……」

「……」

 カイゼリンは周囲の生徒と歓談している。そして、料理を口に運ぶ。シャーロット達はただ、並んで立っていた。カイゼリンが食べている間も、食べ終えた後もだ。

「……」

 シャーロットのお腹がきゅるきゅる鳴っている。食べるタイミングなど到底なさそうだった。事前に食べておかなかったことを後悔し、これは放課後までは無理だと諦めた。

 予鈴が鳴った。カイゼリンはすっかり機嫌も良くなり、自身の教室へと戻っていく。

「ああ、ジェム様。失念しておりました。私はいつも携帯食を持ち歩いておりますので」

「はい、私も次からそうします」

 今日は仕方ないと諦めをつけていたところだ。シャーロットはそう伝えた。

「携帯食でよろしければ」

 リヒターは上着のポケットから携帯食を取り出した。包みに入ったそれを、彼は剥いていた。中身はクッキーに近い物だった。

「いえ、悪いですし。ひとまず水分さえとれれば」

「――あなたがそう言うのは、想定済みです」

 シャーロット側も、彼がとろうとする行動を想定出来てしまった。かつてのトラウマが残る。――リヒターにスプーンごとハチミツを突っ込まれたことだ。

「いえいえ、本当に悪くて。それならせめて自分で――」

 喋ったと同時に、リヒターに口に入れられた。シャーロットはまた苦しくなるのかと構えていたが、そうではなかった。一口サイズに分けられており、シャーロットはごくんと飲み込んだ。

「まだ一口程度ですから」

「……!」

 シャーロットの唇に触れたクッキーは、またしても口の中に入っていく。

「ああ、噛んでくださいね。――よく噛んで」

「……」

 シャーロットは丸のみして、次は遠慮しようとしていた。そうさせてくれないのは、リヒターだ。

「……出来ないようでしたら、出来るまでですね?」

「!」

 それはもっと困るとシャーロットはよく噛んでから飲み込んだ。

「……ごちそうさまです。リヒターさん、さすがに自分で食べられますから」

「ああ、失礼しました。つい、――小鳥に餌をやっているかのような。そのような感覚でした」

「小鳥って……」

 あの鳥籠を連想するような事を、リヒターは言ってくれる。シャーロットは勘弁してほしかった。

「わかりました。では、残りはあなたに差し上げます」

「……ありがとうございます」

 シャーロットとしても有難かった。素直に受け取ることにした。

「良かった。また、食べさせるところでした」

「はい、もう大丈夫です」

 予鈴を経て、始業のベルが鳴った。

「あ……」

 そうこうしている内に、次の授業の遅刻が決定してしまった。シャーロットは今すぐにでも、そう急ごうとしていたが。

「次の授業は、モルゲン先生ですね」

「モルゲン先生ですか」

 リヒターが次の授業のことを教えてくれた。あの、課題を忘れた生徒を徹底的に責めたモルゲンだ。

「はい。遅刻も欠席扱いにするモルゲン先生です」

「……モルゲン先生」

 なんということか。あのモルゲンは厳しい教師だったようだ。それもかなりである。

「誤解なきよう言っておきますが、普段はそこまで厳しいわけでもありません。ただ、カイゼリン様の忘れ物があまりにも――」

「?」

「……いえ、私が寝坊しなければ良かったのです。私が怠らなければ」

「……」

 シャーロットは彼の目元を見た。うっすらとあるのは目の下の隈だ。繰り返しの日々での印象であるが、リヒターはいかにもきっちりしてそうな男だ。そんな彼が寝坊したのだ。疲れが相当溜まっているのだろう。

「遅刻も欠席、でしたよね」

「ジェム様?」

「……先生には後で一緒に謝りましょう? ――この際、休みませんか」

 シャーロットが悪い提案をしてきた。びくびく怯えながら、顔色を悪くしながらだ。この少女もサボりといったことに縁がなかったかのような生徒だったろうに。

「……そうですね。では、この時間をせめて有意義にしましょう。委員会の資料を持って参りますので」

「リヒターさん」

 シャーロットはもう見ていられなかった。リヒターはよほど頑張っている。それなのにまだ頑張ろうとしているのだ。休める時にも休もうともせずにだ。彼をこうも駆り立てるのが。

――カイゼリンという存在だとしても。

「委員会のお仕事もです。委員、お休みしませんか?」

「……それは、承知しかねますね。『リヒター』の者として、私は励まなければならないのです」

 リヒターは譲る気はなかった。シャーロットもそれは理解していた。これで聞き入れてくれなければ、引き下がるつもりだった。

「はい。あなたが大切にしていらっしゃるのは、承知してます。でも、あなた自身も休んでほしくて」

「私自身など。私はリヒター家の者に過ぎません」

「それもお休みして欲しかったです。リヒター家の方ではなくて、――あなた自身が」

「……」

「……あなた自身というか。その、あなたのお名前がわからなくて。呼べたらよかったのですが」

「……」

 リヒターは言葉に返すこともなく、リヒターは背中を向けた。シャーロットはああ、と思った。この人はあくまで委員として。そして、――リヒター家の者として在ろうとするのだろうと。

「……ふと、外の風に当たりたくなりまして。さて」

 テラスに出たリヒターは、席に座った。そこはカイゼリンが座っていた場所、ソファ席だった。

「我ながら良い席を用意したものです」

 リヒターが用意したものであった。自画自賛もしていた。

「ふふ」

 どこか得意げになっている彼が、なんだか面白くて。シャーロットは笑ってしまった。

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