注文の多いカイゼリン様。
昼休みとなった。シャーロットはお昼をどうしようと考えていた。まずアルトが浮かんだが、彼は彼の交友関係があると思い直す。ここは勇気を出して、クラスメイトを誘ってみることにした。
「あなた、シャーロットさんよね? 私達のこと覚えてる?」
「あ、一昨日テラスでご一緒した……」
シャーロットに声をかけてくれたのは、学園長による校舎案内の時、クラーラと共に過ごしていた少女達だった。クラスメイトだったことに驚く。
「そうそう。本日、クラーラお姉様はいらっしゃらないけど、良かったらご一緒にいかが?」
「いいの?それなら――」
シャーロットはホッとし、承諾しようとした。
「――お話中、失礼させていただきます。ジェム様、昼も活動時間でございます。参りましょう」
やってきたのはリヒターだ。シャーロットも委員としての仕事ならばと納得することにした。
「ごめんなさい。また、ご一緒させてもらえるかな?」
「ええ、もちろん。いってらっしゃいな」
「ありがとう」
彼女達は気を悪くすることもなく、シャーロットを送り出してくれた。
「お待たせしました、リヒターさん。お昼もなんですね。大変ですね」
「ええ、大変です。そして、あなたにもいえることで――」
リヒターが言っていたこと。それをシャーロットは思い知らされることになる。
待ちに待った昼休み、生徒の大半は食堂に集っていた。美味しそうにご飯を頬張り、会話に花を咲かせている。
「ぜえぜえ……」
授業終了のチャイムと共に、早歩きでやってきたのはシャーロット達だ。もっとも息を切らしているのはシャーロットぐらいで、リヒターは涼しい顔をしていた。
「お疲れのところで恐縮ではあります。ですが、時間もありません。こちら、大至急お読みください」
「はい……!?」
リヒターにさっと渡されたメモを見る。びっしりと書かれていた内容を見たシャーロットは、わなわなとした。
「これは……」
カイゼリンの嗜好に関することだった。紅茶に淹れる砂糖ミルクの量や、茶葉の指定。その日の気分や天候によっても変わったりする。食堂で頼むメニューもそうだ。メニューを確認したら、それぞれ好みのカスタマイズがあるという。それを、食堂の従業員に言わなくてはならない。
「本日は私が行います。あなたは側について、見ていてください」
「はい、覚えます……」
「ええ、暗記は大前提です。そこから、カイゼリン様のご様子からも判断していただくことになります」
「はい、空気を読みます……」
シャーロットは気が遠くになりながらも、取り組むことにした。
「あら、ごきげんよう。リヒターにシャーロット」
「ごきげんよう、カイゼリン様。テラス席をご用意しております。本日、一番湖が綺麗に見える席です」
リヒターがいつの間にか席を抑えていたようだ。カイゼリンを案内していた。
「ああ、ご苦労様。わたくし、本日は非常に疲れましたの。たまたま課題を忘れただけですのよ。なのに、モルゲン先生にネチネチと責められましたの。ああ、大人げないわね」
「ええ、誠に遺憾でございますね。――それでは、カイゼリン様。本日のメニューをお持ちします。しばしお待ちくださいませ」
「お願いね」
カイゼリンとやりとりをしたリヒターは、シャーロットの元に戻ってきた。
「……」
シャーロットは置いてきぼりだった。カイゼリンへの挨拶をする間もなく、この二人だけで話が進んでいたのだ。
「……!?」
しかも、あのやりとりで食堂のメニューを確認していたのか。どこにも食べ物の名前が出ていなかったのにだ。
「では、ジェム様。私は食堂のメニューを取りに行って参ります。その間、紅茶の提供をお願いします」
「……すみません。私だと判断できなくて。本日だけでも、カイゼリン様が好まれるものを教えていただけませんか?」
リヒターには容易くとも、シャーロットには困難だった。というより、あれで理解できるのはリヒターくらいだろう。
「……確かに」
リヒターも今になって気づいたようだ。彼としては出来て当たり前のことだったからだ。
「明日からはちゃんとしますから。覚えますし、察するようにもします。私に与えられた役割ですから」
今回のことは、無理を言って通ったようなものだ。シャーロットもちゃんと出来るようになりたかったのだ。
「……必死ですね」
「!」
またしても言われてしまった。結局は煽りだったのか。――それとも別の何かなのか。シャーロットはわからずじまいだが、この際それは良かった。
「はい、必死です」
嘘偽りのない思いで、シャーロットはそう答えた。こうして委員として活動をしているのも、未来を勝ち取ることを信じてこそだ。
「……」
リヒターはじっとシャーロットを見ている。
「……」
リヒターはたまにこういう時がある。別のループの時でもだ。自分の考えや行動に不審な点や不満の点でもあるのだろう。そう考えるシャーロットは、いつも居たたまれなくなっていた。
「――ジェム様、こちらへ」
「……あの、リヒターさん?」
シャーロットに合わせて屈んだのは、リヒターだ。シャーロットの耳にあてられたのは、彼の唇だった。食堂にいる生徒達からも注目を浴びている。シャーロットは悪目立ちしたくないと、距離を置こうとしたが。
「――カイゼリン様の、ここだけの話です」
彼は耳元に囁きかけてきた。腕も掴まれれていることもあり、シャーロットはこの状況を受け入れるしかなかった。
「まずは、茶葉ですが。……この際、何でも良いです」
「え」
「あの方に違いなどわかりませんから。それっぽく出しておけば、特に何も言われはしないでしょう。次に、砂糖とミルクの分量ですが。わりとたっぷりめに入れておけば、文句は言われないでしょう」
「……え」
では、あのびっしりとした分量のメモは何だったのか。シャーロットが疑問を抱いているうちに、リヒターは体を離していた。
「……そこまで、耳や頬を赤くすることがありますか」
「えっ」
シャーロットは自身の頬に手をあてる。確かに熱くなっていた。それもそうだった。自身の耳に触れられたのだ。しかも人の目がある中でだ。彼女が赤くなるのも無理はなかった。
「ジェム様。いかがなさいましたか。語彙力が乏しくなっておられますが」
「……それは」
シャーロットは反応に困る余り、『え』としか返せてなかった。リヒターがすかさずそこに触れてきた。
「……私は大丈夫です。あの、このメモ通りにやらなくていいのでしょうか」
「ああ、そちらですね。まあ、そうですね。失礼しました、あなたにそこまで要求することでもありませんでした。――『リヒター』に求められることでしたね」
「……なるほど。でも、覚えますからね。――必死ですから」
シャーロットはくれたメモをしっかりと持った。
「……はは」
「……?」
リヒターが笑った、気がした。一瞬だった。シャーロットが気のせいかと思うくらいに。
「ティーポットやカップは専用のものがあります。給仕の方に言えば、提供してくださるでしょう」
「わかりました。色々と教えてくださって、ありがとうございます」
シャーロットは近くの給仕に話しかけた。そして、それらを受け取ってカイゼリンのところへ向かう。
「あら、シャーロット。貴女が淹れてくださるの」
「はい。ただ、初めてですのでご期待に添えるかどうか」
「わたくしは気にしないわよ」
「有難いです。……そうそう、カイゼリン様。本日、どれくらい砂糖とミルクをお入れしましょうか?」
茶葉は正直、シャーロット主観で高そうで良さそうなものにした。ただ、砂糖とミルクはカイゼリンの好みに寄せたかった。駄目元で訊いてみたのだ。駄目だったら謝るまでだと。
シャーロットは思っていた。今回のカイゼリンはやたらと高慢である。だが、これまでのカイゼリンはただ偉そうにしているだけではなかったと。話の分かる人物でもある。そして、寛容な人物でもあったと。
「……そうね、ミルクだけ。とことん甘くして頂戴。貴女が入れすぎるようなら、止めるまでですもの」
「はい、かしこまりました」
シャーロットは微笑んだ。やはり、いつものカイゼリンだと。
「――あら、リヒター。まだですの?」
「……失礼致しました。カイゼリン様」
あろうことにも、リヒターがそこに立ったままだった。しかも、シャーロット、そしてカイゼリンを見つめたままだった。彼は踵を返していった。




