リヒターの学園案内。
「ああ、失礼致しました。ジェム様、おはようございます」
「はい、おはようございます」
リヒターが深々と挨拶したので、シャーロットも倣った。
「まずはですが、カイゼリン様に話だけでもさせていただきました。――あなたの自治委員会入りのことです」
「え!」
あの中等部からやり直せの件だろうか。シャーロットは言われたらどうしようと困っていた。
「いえ、中等部からやり直す件ではございません」
「はい……」
どうしてこうも考えを読まれてしまうのか。シャーロットはずっと恐怖の連続だった。
「カイゼリン様が、私の補佐にどうか。そう仰せでした」
「リヒターさんの補佐ですか。……となると、補佐の補佐でしょうか」
シャーロットは真面目な顔をして、リヒターに問うた。
「……」
リヒターは表情も変えず、何も言わない。
「リヒターさん?」
「いえ、仰る通りです。私の業務を、しいてはカイゼリン様を。根底から支えていただけるのなら。カイゼリン様の許可は下りました。――『寛容』な方ですから」
「カイゼリン様が……」
モルゲンはいい顔はしないだろう。それでも、シャーロットはこれはチャンスだと思った。それも相手が許容してくれているのだ。
「リヒターさん。話を通してくださって、ありがとうございました」
「――礼ならば、カイゼリン様へ」
「……はい」
そうだった。シャーロットもそれはわかっていた。この男は、自分への賛辞は喜ばないと。あくまで、カイゼリンさえ讃えていればよいと。
「……」
それはそれで悲しいと、シャーロットは思った。歯痒いとさえ、思えていた。
「そして、本日の用向きでございますが。自治委員会の巡回路や業務内容の説明。もちろん、カイゼリン様へのご挨拶。そう考えておりました」
リヒターは私服のシャーロット、そして腕の中の子犬を見た。休日を楽しむといった体だ。
「……」
シャーロットはリッカを見た。リッカの尻尾は下がっていた。彼はシャーロットとの散歩を我慢するようだ。
『シャーリー。――カイジェイン、助けようね』
リッカのこの言葉に偽りはないからだ。自分の散歩どころではないと、リッカは思っていた。
「……ごめんね、リッカ。アルトのところにいっててね。――リヒターさん、すみません。一旦、アルトの元に行ってきてもいいでしょうか?この子を預けにいきたくて」
結局はアルトとの約束を破ることになる。その時に謝ることにした。
「……」
リヒターは今度はリッカを注視した。シャーロットは困っていた。これはさすがに承知してほしかった。
「リヒターさん、あの」
「構いません。――そちらの犬、リッカ様でいらっしゃいますね。連れていってくださっても、差し支えはないかと」
「いいんですか?」
「はい」
リヒターはこう言ってくれた。シャーロットは明るくなり、リッカも尻尾を盛大に振った。
「ありがとうございます! 大人しくさせてますんで。校舎内は抱っこしますし」
散歩ということで、リッカを地面に下ろした。校舎内は抱っこする。シャーロットはそう決めた。
「ええ。何かありましたら、飼い主責任でお願いします」
「わかりました。それにこの子、賢いので大丈夫です」
「飼い主は皆、そうおっしゃいますね」
「……ははは」
シャーロットは痛いところをつかれてしまったが、笑っておいた。リッカはというと、リヒターの足元にやってきた。彼の匂いを嗅いでいるようだ。
「……」
リヒターは棒立ちだ。犬が苦手な人なのかもしれない。
「あ、リッカ!すみません、リヒターさん」
リッカの行為は、習性で確認で、おそらく親愛をも示すものだ。シャーロットとしては止めたくもなかったが、飼い主責任の話が出たばかりだ。止めさせようとした。
「……構いません。どう対応したらいいか、わからないだけです」
「……?」
リヒターの最初の一声が震えた気がした。シャーロットは空耳かと思った。
「なるほど。それなら、すぐ済むと思います。すみません、気が済むまでやらせてあげてください」
「……承知致しました」
棒立ちのリヒターの相手に、リッカは匂いを嗅ぎ続けていた。
「……」
「……」
結構長かった。しつこかった。――リッカはようやく嗅ぎ終えた。満足そうだった。
「……すぐ済む、とは」
「はい、返す言葉もございません……」
飼い主責任を問われることはなかったが、かなりの時間が経過してしまった。
「よいでしょう。リッカ様がご満足いただけたのなら」
リヒターは機嫌を損ねることもなく、リッカに眼差しを向けていた。
「……」
シャーロットは、リヒターのことを考えていた。この男についてだ。
「そういえば、アルトのことは名前呼びなんですね」
「いささか唐突ではありますが。ご本人様が、弟呼ばわりを嫌がられておられるようで。あえてそう呼ぶ必要もないと、考えたまでです」
「……リヒターさんって」
不思議な男だ。シャーロットに対しては、基本失礼だが。それでも随所随所でこの男に助けられている気がしてならなかった。リヒターはさりげなくフォローしてくれていたと。
今回のシャーロットの補佐の補佐の件もそうだ。リヒターが動いてくれたのだろう。
「リヒターさん、いつもありがとうございます」
ほぼ初対面のリヒターに伝えても、彼からしたら何の話かだろう。だとしても、シャーロットはこう伝えたかったのだ。
「いえ、私は何も。お礼はカイゼリン様にお願い致します」
「私はあなたにお礼が言いたいんです。あなたに嫌がられようと。――リヒターさん、あなたにです」
シャーロットは強くそう言うと、笑った。
「……」
リヒターは黙ったままだ。ただ、彼は無意識にだろうか。腕時計を片方の手でさすっていた。
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