女子寮暮らしも始まる。
「あれぇ? おかえり、待機してみるもんだわー」
「わーい、おかえりー!」
「――からの、お手。はい、逆もお手」
「はいっ、はいっ」
アルトとリッカはまだ面談室にいた。ちょうど芸を仕込んでいるところだった。
「おいおい。お前達、どうして残ってるんだ?」
「どっかの教師が施錠していかなかったせいでーす。ま、結果オーライだけどね」
「……あ。ああ、悪かったな」
面談室の鍵を所持していたのは、モルゲンだ。彼のミスだった。
「いいけど。密室二人きりイベント発生阻止っと。危ない危ない」
「今はやめてくれ……散々絞られたんだ」
モルゲンは委員の二人に、教師としての在り方を説かれたばかりだ。勘弁してくれと彼は思っていた。
「ああー。言われるだろうね。自業自得じゃん」
「ぐっ!」
さらりと言ったアルトに対して、モルゲンはかなりのダメージを受けていた。
「……まあいい、本題だ。シャーロット、自治委員会に入るのもそうだが、シェリアにも近づきたいようだな」
「なにそれ、まじ? ……ううん、続けて」
モルゲンは不満そうな顔だった。アルトも気にはなっているようだが、二人の言葉を待つことにした。
「はい」
「……俺は、お勧めしたくないけどな。不用意に近づいて、容疑者候補に挙がるのが目に見えているからな」
モルゲンの発言も当然のものだった。今回は被害者との距離を縮めようというのだ。より疑惑も深まりやすくなるだろう。
「……はい、モルゲン先生のおっしゃる通りだとは思います。ただ、多少無理したからこそ、乗り越えられたこともありました」
モルゲンが心配してくれたとしても、シャーロットは引き下がることはなかった。
「はあ、それなんだよな……」
無茶をしたのはそれこそモルゲンの方だった。
「ただ、委員会入りは難しそうなんですよね。今はそれとなく様子を見るしかないんでしょうか」
「……だな。まあ、おかしな話なんだよな。シェリア嬢にはガチガチの警備がついているだろうになあ」
「ですよね……」
出鼻をくじかれた思いをしたまま、彼らは面談室をあとにした。
シャーロットに会えたということで、リッカは女子寮に連れていくことにした。アルトから簡易トイレの作り方も教わった。売店で売っているもので事足りた。
シャーロットはフロアにいる女子寮の面々にも挨拶をした。これからは正式にお世話になる人達でもあった。
「シャーロット・ジェムと申します。今後もお世話になります。よろしくお願いいたします」
「ああ、君がシャーロット君だね。おお、ワンコ君まで。お、おナデナデしても?」
「いいよね、リッカ?」
この女子寮長がモフモフ好きなのも知っている。今のリッカなら怖がることもないだろう。こくんとも頷いてくれた。
「おお……。モフモフ……」
リッカの胸毛を堪能していた彼女は、誰よりも幸せそうだった。
「――あら、やっぱり。お隣さんだったのね」
「……クラーラさん?」
シャーロットが部屋に至る廊下を歩いている途中、ドアが開いた。中から出てきたのは、テラスで会ったクラーラだった。
「ふふ、あなたの気配がしたから。お声掛けしておきたいなって」
「気配、ですか」
えらいタイミングが良かった。それでなのかとシャーロットは思っていた。
「……ふふ、匂いでわかったといってもいい?」
「それはちょっと……」
「あら、良い匂いなのにね。――ああ、ごめんなさいね?すぐ戻るから」
部屋にいた女生徒に呼ばれていた。それじゃまた、と扉は静かに閉められた。
「に、匂いって……」
シャーロットは何気にずっと気にしていたのだ。モヤモヤした気持ちのまま、リッカを連れて自室に入っていった。
「僕、シャーリーの匂い好き。安心する」
「リッカぁ……」
部屋に入ったら即、リッカがフォローを入れてくれた。この子が良いのなら良い!とシャーロットは彼を撫でくりまわした。
夕飯や風呂も済ませ、あとは寝るのみとなった。シャーロットもリッカも寝転んでいた。
「おトイレ、ちゃんとできたねー」
「えへへ」
賢い子だとシャーロットが得意になり、リッカも笑った。幸せな空間だ。
「ねえ、シャーリー?ガチャガチャしなくなったね」
「……うん、そうだね」
リッカが言っているのは、これまでのループに起こったことだ。この日の夜、シャーロットの部屋を何者かが開けようとしたのだ。唸るリッカとシャーロットが何者かを尋ねて以来、それは発生しなくなっていた。
アルトではないと、シャーロットは信じたかった。彼ならば、自分はやっていたといいそうでもあった。
「……そういえば」
ループをする前の話だ。シャーロットは『この日の夜』、鍵をかけなかったことがあった。その時、もし誰かがが訪れていたとしたら――。
「……」
シャーロットは体を竦ませるも、考える。シャーロットは無事だった。というか、その時は熟睡していた。何事もなかったと結論づけていた。
「じゃ、寝よっか」
「シャーリー。――カイジェイン、助けようね。……あ、カイジェインじゃない。噛んじゃった」
体を起こしたリッカが、シャーロットを見つめていた。シャーロットもベッドから起き上がって、頷く。
「うん、力合わせてね」
「うん!」
言いたい事を言えたリッカは満足そうにしていた。そのまま丸くなる。
「おやすみ、リッカ」
カイゼリンと言えてなかったが、それはいいのだ。シャーロットとしてはいいのだ。このまま眠りに落ちようとしていたが。
「カイジェインカイジェインカイジェインカイジェインカイジェインカイジェイン――」
「……」
リッカとしては練習しているに過ぎないのだろう。シャーロットとしては、これはもう恐怖だった。とはいえ、健気なワンコの努力に水を差したくもなかった。
前にも味わった恐怖に震撼しながらも、シャーロットは眠ろうとしていた。




