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気まずい二人と後方見守り教師。

 もう外は吹雪いていることだろう。学園内においては影響はない。雪は降らないが、曇り空とはなっていた。休日ということもあり、灯りもともされていない影をさす廊下。

「……」

「……」

 そのような薄暗い廊下を、シャーロットはリヒターと並んで歩いていた。階段を下りて、長い廊下を渡る。それまでの間、黙りきったままだ。

「……大丈夫か、あの二人」

 モルゲンは律儀に少し離れた位置を歩いていた。内向的なシャーロットと、無骨なリヒター。この二人だけで盛り上がるのも至難の業そうだ。コンプラをはねのけて、モルゲンはそろそろ助け船を出そうとしていた。

「おーい、シャーロット」

「……先生」

 モルゲンは小声で彼女に話しかけた。そもそもリヒターも同伴しているのだ。二人きりではない。この状況なら問題視もされないと、モルゲンは開き直っていた。

 シャーロットとしても有難い。モルゲンならばこの気まずさも破ってくれるだろうと。

「……」

 それでもと、シャーロットは思った。改めてリヒターを見る。

――被害者にもなったカイゼリン。彼女に近しい存在はリヒターだ。彼とも接触しておいた方がいいだろうと。

 たとえ苦手意識があろうとも、交流はしておいた方が良いと考えていた。

「……あれ」

 シャーロットはリヒターの腕を見た。彼の左腕にあるのは金色の物。――精巧そうな造りこ腕時計だった。美しい装飾に繊細なデザイン。この、実務的な男が持つには意外そのものだった。

 シャーロットは振り返る。今までの彼が、このような腕時計をしていたかと。彼女の記憶にはなかった。これだけの意外性だ、どこかで気づいてはずだった。つまり、今回のループか、それか直前のループかにつけていたことになる。

「ふと目に入ったのですが。素敵な腕時計ですね」

 シャーロットは素直な心で褒めた。手入れも行き届いていて、よほど大切に扱っているのだろう。

「……腕時計?」

 リヒターが聞き返してきた。

「はい、リヒターさんの腕時計です」

「……ああ」

 リヒターは左腕を上げ、自身の腕時計を見た。

「……ありがとうございます」

 リヒターは褒められたのでお礼を返した。それだけだった。

「……はい」

 そこで会話が途切れた。シャーロットはもう白旗を上げたい気分だった。いや、粘っていた。

「休日もお疲れ様です。自治委員会のお仕事、大変そうですよね」

「ええ、大変です」

「そうですよね。いつも生徒のみなさんを思って活動されてるのですね。ご苦労もありますよね」

「はい」

「……はい。……ええと、あとは」

 またしても途切れた。シャーロットは必死に話題を探していた。もうお互い黙ったままの方が為になるのではないか。そう思っていてもだった。

「……」

 リヒターからの視線を感じる。煩かったのかもしれない。シャーロットは次の話題が受けなかったらもう黙ろう。その覚悟の上で話しかけた。

「カイゼリン様も素敵ですよね。美しさももちろんのことですが、誇りも高くて。本当に憧れます」

 リヒターは、カイゼリン第一だと言っていた。なら、彼女の話ならどうかとシャーロットは思ったのだ。これでも駄目ならもう黙るべきとも。

「……」

 リヒターはシャーロットの顔を見ると、また何かを考えていた。それから彼はまっすぐ前を見ていた。何かに思いを馳せるかのような。

「……はい。カイゼリン様は素晴らしい方です。ご本人の素養もさることながら、慈愛に満ちていらっしゃる方です」

「……! そうですよね、本当に素敵な方ですよね」

 ようやくリヒターが食いついてきたかと、シャーロットは顔が明るくなった。カイゼリンの話なら乗ってくれるようだ。訊けるところまで聞いてみることにしたようだ。

「お二人は付き合いが長いのですか」

「はい。幼少の頃からの付き合いです。我がリヒター家は、カイゼリン家に仕えるのが定めでした。私は幼い頃より、カイゼリン様についておりました。出会った当初のことはよく覚えております」

「そうだったんですね」

 リヒターとカイゼリンの関係は、家絡みから始まったようだ。リヒターは懐かしむような表情だった。あの無表情に変化が見られた。シャーロットは内心驚いていた。

「自治委員会をここまで盛り立てたのも、カイゼリン様です。ならば私も付き従うまででした」

「すごいですね。カイゼリン様もすごいですけど、リヒターさんも支えてこられたんですよね。すごいことだと思います」

「……私のことはお構いなく。素晴らしいのはカイゼリン様です」

「すみません。ただ、心から思います。お二人は素敵なご関係だなって」

 ただの従者関係ではない。お互いが信頼をしていて、手を取り合っているのだと。シャーロットも見てて羨ましくなるような関係だ。

「……素敵な関係、ですか」

「……!」

 もともと目つきの鋭い男がさらに鋭くさせていた。シャーロットは突っ込み過ぎたかと、言い直すことにした。あくまでカイゼリンの話をするべきだと。

「その、カイゼリン様が素晴らしさがあってのご関係ですよね……?」

「さようでございます。あの方が寛容だからこそ――」

 リヒターは寛容、と言いかけてやめた。

『寛容、ということでしょうか。はい、懐の深い方ですね』

 記憶にはないはずなのに。誰の発言かも曖昧なのに。なぜか彼自身が知っている言葉。

「リヒターさん?」

「……いえ、失礼致しました」

 リヒターが呆けているのは珍しい。シャーロットは珍しいものを見たと思っていた。

「……ええ、カイゼリン様のお話でしたね。他に話す事も特にありませんし、この機会によろしければ。どうぞお尋ねください」

「……はい」

 話す事がないとはっきりと言われてしまった。シャーロットは微妙な気持ちにもなりつつも、カイゼリンの話を聞くことにした。それこそ良い機会でもあった。

「……俺は何を聞かされているんだ」

 後方にいたモルゲンもずっと、カイゼリントークを耳にすることになった。

「――ええ、自治委員会の仕事は多岐に渡ります。その為、カイゼリン様のご負担も増えまして。それが専らの悩み事でもあります」

「それは、確かに心配事でもありますよね……」

 リヒターはカイゼリンのことだとよく話す。シャーロットはそう思っていた。彼がカイゼリンを案ずる心も本物だろうと。

「私などでは、あの方のご負担を和らげることは出来ませんから」

「……リヒターさん」

 シャーロットは単純に疑問に思っていた。それは、リヒターの日頃の行動によるものだ。彼がいかに、カイゼリンに尽力してきたか。それこそ、彼がそこまでしなくてもいいだろうということまで。それをシャーロットは見てきたのだ。

「……」

 シャーロットはそれを伝えたい。でも、リヒターが彼自身の話を好まないように思っていた。それに、シャーロット達はたった今、出会ったばかりだ。怪しまれるのが落ちだろう。

 リヒターのおかげといっていいだろう。シャーロットはカイゼリンのことを知ることが出来た。そして、自治委員会の現状もだった。

「あの、自治委員会ってすごく大変なんですよね。人手、足りてないんですよね」

「……?」

「もし、何かお手伝いできましたら。お声がけくださいね。雑用でもなんでも」

 リヒターの苦労は何度も見てきた。その事を実際に言うことは出来なくても、力になれたらとシャーロットは思っていた。

 そう、リヒターこそが大変ではないかと。ちょっとしたことでも、カイゼリンに遣わされ。逃げた犬の後も追わされ。深夜の巡回もさせられる。あれ、とシャーロットは気づいた。

「……」

 カイゼリンはリヒターをこき使いすぎではないかと。

「……カイゼリン様は何も間違ってはおられません」

「は、はい!」

 タイムリー過ぎた。シャーロットは自分の考えが読まれたのかとドキドキしていた。

「――して、ジェム様。それは、自治委員会に所属したいとのことでしょうか」

「……所属、できるのですか?」

 シャーロットはてっきり選ばれし者の集まりだと思っていた。自分のような入学したような生徒でも出来るのだろうかと。

「それは、逆質問でしょうか」

「あ、いえ。……そうですね。もし、所属することでお手伝いできるのなら」

 何気に苦労人のリヒターの負担を減らすのも。そしてシャーロットの本命は、カイゼリンに近づくことだった。短期間でも彼女の信頼を得られるのなら、願ってもないことだ。

「さようでございますか」

「……!」

 リヒターが微かに微笑んだ気がした。これは承諾してくれるのだろうか。

「――では、中等部から入り直しでお願い致します」

「え!?」

 シャーロットは仰天した。背後のモルゲンは額に手を当てていた。リヒターの説明は続く。

「当委員会はまず、試験があります。それに突破した後、晴れて準所属となります。主な業務は、雑務。正委員の補助。ジェム様が望まれる業務はこちらになるかと。それから三年間、自治委員たるものを学んでいただきまして、高等部進級と共に正式な委員となります。――その頃には、我々は卒業しているでしょうが」

「は、はい……」

 シャーロットは一気に説明されたので、大体の把握しか出来なかった。まず、中等部に入り直す。試験を突破しても、下積み期間があって。高等部に入って、ようやく正委員となる。――その頃にはカイゼリン達はいない。

「ああ、私も補佐にあたりますが。カイゼリン様の補佐でございますので。委員長に次ぐ重責と心得ております」

「は、はい……」

 シャーロットは気の遠くなるような話をされた。ただ、中等部からの入り直しはさすがに遠慮したかった。カイゼリンに近づく為なのだから。

「……このへんでいいぞー」

 大人しくしていたモルゲンが、二人に呼びかけていた。彼の言う通り、もう玄関口まで来ていたのだ。

「ありがとな、リヒター。随分とおしゃべりだったな」

「おしゃべり、とは。あくまでカイゼリン様の事をお伝えしたに過ぎませんが」

 揶揄うような口調の教師に、リヒターは真顔で返した。

「では、私はこれにて失礼させて頂きます」

「はい、色々とありがとうございました」

 頭を下げたリヒターは、姿勢を正して颯爽と去っていた。どこも隙のない男だ。シャーロットは彼の後ろ姿を見ていた。

「――それで、だ。シャーロット。面談室な」

「はい、モルゲン先生……?」

 モルゲンまでもが真顔だった。これは良くない話だと、シャーロットは予想がついた。

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