自治委員会との接触開始。
いつもありがとうございます。
すみません、今回区切るところの見極めが難しかったため、長めです。
「失礼する。モルゲンだ。入ってもいいか?」
部屋の前で、モルゲンがノックをした。在室なのは二人はわかっていた。
「あら、モルゲン先生? ――ひとまず、向かわせますわ」
そう、わかっていた。この声は、お目当ての令嬢によるものであり。そして、扉を開けさせたのは、――彼女の側近である人物なのだと。
「ごきげんよう、モルゲン先生。――そちらのご婦人は、編入生の方でしょうか」
女子生徒の指示により、出迎えてくれたのは理知的な男子生徒だった。若干短めの前髪を斜めに流したこげ茶の髪に、切れ長な目が印象的だ。端正ながらも感情が読み取れない無表情な彼は、無機質な印象を人に与えていた。
迎え入れたこの生徒も、奥にいるであろう委員の長も。委員会特有の制服を纏っていた。詰襟タイプで厚手素材のものだった。ズボンとスカートとで下半分のデザインは分かれていた。
「業務中に悪いな。お前に紹介したい子がいてな。明後日から、うちに通うことになった編入生だ」
「ええ、存じてます。初めまして、選ばれし方? わたくしは、シェリア・カイゼリンよ」
内向きに巻かれた髪は肩くらいの長さだ。華やかな顔立ちに強い眼差しの女生徒。彼女は玉座そのものの椅子で優雅に構えていた。女王たる態度だ。
「……」
ただ、それだけではないことをシャーロットは知っていた。朗らかで、表情豊かで、犬にメロメロなことも知っている。彼女は、汚れきっていたリッカをも躊躇なく抱きしめてもいた。
シャーロットのこともそうだ。自分の荒唐無稽な提案も、生徒の為なら。また、女神の信仰の為ならばと。力になってくれた寛容な面も知っている。
シャーロットはとても思えなかった。このような人が。――殺されることになるとは。
「シャーロット」
「……すみません」
ぼうっと見ていたことを、モルゲンにこっそり指摘された。態度があからさまだったかもしれない。
「……」
「……」
シャーロット達の傍らにいる、側近・補佐でもあるこの男。妙に鋭い男だ。今もこうしてシャーロットを見ていた。長身であるアルトよりも、若干高い彼はシャーロットを完全に見下ろす形となっていた。
「……」
「……」
男子生徒はまだ見ていた。シャーロットは落ち着かない気持ちのまま、自己紹介をすることにした。
「初めまして。私はシャーロット・ジェムと申します。よろしくお願いいたします。――カイゼリン様」
シャーロットは深々とお辞儀をした。と、同時にこれでよしと満足そうだった。
側近の男に強要されたのだ。『カイゼリン様』と呼ぶようにとだった。シャーロットとしても、同じ注意はされたくはなかった。これなら前のように、執拗に言われることもないと。そう考えていた。
「――シェリアさん、でよろしいかと」
「え……?」
「親しみを込めた方が喜ばれます。……私は、敬意を込めてカイゼリン様と呼ばせていただいておりますが」
シャーロットが顔を上げた矢先、彼はそう口にした。シャーロットもそうだが、モルゲンも口をあんぐりとさせていた。言っていることが、前と違うからだ。
「わたくしはどちらでも構わなくてよ? 彼の言うことはお気になさらないで?」
「かしこまりました。……では、カイゼリン様と」
シャーロットの返しはこうだった。
「……」
口出ししてきた男からの視線が痛い。シャーロットはその圧に屈しそうになるも、引き下がることはなかった。彼女は自分でもわからなかった。この男の言う通りにするのも、なんだか癪でもあったのだ。
この男は、自分のことを良く思ってないだろう。シャーロットはそう思えてならなかった。繰り返しの日々の中で、シャーロットのことをいつも鋭い目つきで見ていた。シャーロットのとる行動にも納得がいってないかのような、そんな感じだった。
「おいおい……」
モルゲンもモルゲンで見ていて心配だった。彼女らしからぬ振る舞いだったのだ。
「リヒター? 貴方、彼女とお知り合いなの?」
カイゼリンが訝しげに男に尋ねていた。彼女もらしくないと思っていたようだ。
「……いえ、初めてお見かけしましたが。カイゼリン様、どのような意図でしょうか」
「意図もなにも。いえ。そのような気がしただけよ。わたくしの気のせいですわね」
「ええ、そのようですね」
男は一定の調子で答えた。普段通りね、とカイゼリンは質問を無かったことにした。
「失礼、彼はリヒター。わたくしの補佐を務めてくれているの。本日は休日ですから、わたくしとリヒターのみよ」
「そうなのですね。本当にお疲れ様です」
シャーロットは素直に尊敬した。トップは休日返上なのに、部下たちは休める時は休ませているのだ。労いたい気持ちだった。
「ええ、ありがとう」
カイゼリンも微笑んだ。
「――で、リヒターは苗字な。俺もこいつに限っては苗字で呼んでいる」
モルゲンは何を思ってなのか。リヒター本人が説明するはずのものを、モルゲンが先にそうしていた。
「承知しました。リヒターさんもよろしくお願いしますね」
「……」
「……リヒターさん?」
リヒターは思案しているようだったが。
「はい、リヒターは苗字です。そちらでしたら、お好きにお呼びください。呼び捨てていただいても構いません」
「……はい、その、慣れましたらで」
シャーロットは思った。カイゼリンの呼び方の件も、今となってはそこまで反発する内容でもなかった。これ以上、彼に反発することもないだろうと。ここは、大人しく従うことにした。慣れたら、ではある。。
「何故ですか」
「……え」
何が何故なのか。聞きたいのはシャーロットだった。
「慣れるとは、どういったことでしょうか。ただ、呼び捨てればよいだけの話ではありませんか。何を慣れる必要があるというのでしょうか」
「そ、それは……」
リヒターが矢継ぎ早に訊いてくる。シャーロットはたじたじだ。
「何故でしょうか」
まだ訊いてくる。シャーロットは観念して答えることにした。しどろもどろになりながら。
「……人様を呼び捨てにするのは、ハードルが高いから、です。男の人なら、もっとです」
恥ずかしさと緊張で上手く答えられたのか。シャーロットは自信がない。あの幼馴染でやっとなくらいだった。ほぼ面識のない、苦手意識のあるこの男ならハードルはかなり跳ね上がる。
「……」
「……」
リヒターは何も言わない。シャーロットはもう、心の中でギブアップしていた。自分のようなコミュ障が相手できる存在ではないと。
「リヒター? 強要するものではなくてよ。好きに呼ばせてあげなさいな」
「大変失礼致しました、カイゼリン様」
リヒターは恭しくカイゼリンに頭を下げた。
「……おいおい、リヒター。謝る相手、他にもいるだろ。散々絡んでおいて」
モルゲンが怒り気味に言っていた。
「あの、モルゲン先生。大丈夫ですから」
「だけどなぁ?」
「平気です」
その気持ちは有難かったが、シャーロットは平気と答えておいた。
「そうですね。私が重く考え過ぎていたんです。軽い気持ちで呼べばいいんですよね。ですよね、リヒター?」
これで解決だと、シャーロットは無理をしてみた。
「リヒターさんで結構です。無理が見え見えで痛ましいものですから」
「……はい、リヒターさん?」
シャーロットとしては相当頑張った方だった。結果がこれだった。彼女は青筋を浮かべながらも、元の呼び方に戻した。
「ここらで失礼するか。じゃあ、邪魔したな」
「あら、お帰りになりますのね。ごきげんよう。――リヒター、送って差し上げて?」
カイゼリンがリヒターを遣わそうとしていた。
「いや、いいよ。遠慮しておく」
モルゲンのいつもの断り文句だ。これで、二人で退室。これがいつもの流れだった。
「いえ、お送りします……カイゼリン様の命ですから」
「ええ、そうよ。ほほほほほほほほほほほ」
殊勝なリヒターに気を良くしたカイゼリンは、高らかに笑っていた。実に気分が良さそうだった。そんなカイゼリンに、リヒターは仕える者としての姿勢を見せていた。
「まあ、送ってくれるってなんならな。じゃあ、リヒターも来いよ」
それでいいかと、モルゲンも言う。リヒターも連れ立って帰ろうとしたが。
「――失礼ながら、モルゲン先生。近頃、あなたの態度が問題視されております」
そのリヒターからの指摘だ。カイゼリンも同意している。
「え」
「え」
モルゲンもそうだが、シャーロットも反応してしまった。
「女生徒、特に初等部の生徒相手に親密な態度をとられていると。気軽に接触しておられるとか」
「いや、特にってなんだ。スキンシップをしているのは、さすがに初等部までだ。それも、男女分け隔てなくだ!」
モルゲンは誤解されている部分をきっちり修正していた。
「これは失礼致しました。ただ、お忘れなく。スキンシップ、とやらでしょうか。していようがいまいが、なのです」
「ええ、わたくしたちも存じてはおります。先生が生徒を想ってのことではあると。それもあって、幼い生徒達の心の支えにもなってはいると。ですが――」
「何事にも限度がございます。現に、初等部でも争いが勃発しております。――モルゲン先生、争奪戦でございます」
リヒターとカイゼリンの息はぴったりだった。生徒である彼らが、教師であるモルゲンをじわじわと追いつめていく。正当性は自治委員会にあった。
「生徒のトップたる者として、見てはいられませんもの。今後、気安い接触はお控えいただけるかしら――シャーロットさんに対してもですわよ?」
「ぐっ」
トドメはカイゼリンによるものだった。
「な、なんてご時世なんだ……。現実は辛いな……」
「先生……」
シャーロットはモルゲンを見た。こうやって、数多の生徒を誤解させてきたのかとも思いもした。
「……まあ、いい。俺は、ただ帰り道を帰るだけだからな。方向も同じなだけだ。なあ、シャーロット」
「……ええ、そうですよね。同じ方向ですし」
この時点で流れは変わっていた。いつものカイゼリンジョークもなく、リヒターに送られることになった。




