幼馴染好き好き大好き君、登場。
「ねえ、シャーリー。俺、一番乗り?」
シャーロットが店内で作業をしていたところに、客が入店してきた。青年は人好きのする笑顔で、前のめりに入ってくる。とてもご機嫌だった。
青年はこの店の常連でもあった。シャーロットにとっても、大切な存在だ。
彼は生まれつきの茶色の癖毛を短めに良い感じに分けていた。黙っていると美しく整った顔も。
「おはよう、アルト。そうだよ。いらっしゃいませ」
「……今の、もういっかい、お願い!」
「おはよう、アルト?」
挨拶すると、アルトはうんうん頷いている。
「ああ、そっちもいい!かわいい!でも、最後の方!」
「いらっしゃいませ?」
シャーロットはやり直しでも要求されたのかと思った。より笑顔を意識してみた。
「ああ、いい……。アンニュイな笑顔もたまんない……」
青年は破顔した。締まりのない顔になっていた。
幼馴染である彼は、アルト・モルゲン。シャーロットと同じ孤児院出身だが、孤児院での付き合いはそれほど長くはなかった。アルトはすぐにもらわれていったからだ。良家に引き取られたあとも、遊びにきてくれたりと交流は続いていた。
「お薬だったよね? 治療薬?痛み止め?」
アルトは学生である。と同時に、村運営の冒険者ギルドにも所属していた。学校の休日は魔物討伐で腕を上げているとのことだ。
今は私服であるが、学生時は制服。ギルド所属時は軽鎧か、ちょいダサめのエーデルギルドの所属服を着ている。そのダサさも、彼が着ると決まっているのが不思議なものだった。
一見細身に見える体も、実際は引き締まった肉体であることはシャーロットも知っていた。
「……」
アルトの着替えの現場に出くわしてしまったからだ。あれは事故だ。わざとじゃない。シャーロットは涼しい顔の下、内心で必死に言い訳していた。
「シャーリー? 俺に見惚れてた?」
「いいえ?」
これみよがしに見すぎたかもしれない。シャーロットは否定した。
「怪しいなぁ」
「怪しくない」
「やっぱ、怪しい。そうだったらいいのに」
カウンター席に座り込んだアルトは、両手で頬杖をついていた。ニマニマしながら彼女を見ている。
「俺はずっとそうだけどね。そりゃ、好きな子だし」
「はい、ありがとう。それで、結局はどっち?」
昔から言われ続けていることだ。昔はあたふたしていたシャーロットも、今では慣れたものだった。
「えー、本気にしてよー!」
今度はうつぶせになって、顔だけで見上げてきた。上目遣いでアピールもしているようだ。
「……治療薬かな。痛み止めだと、限界知らずで働きそうだから」
話が進まないので、シャーロットは薬品棚から見繕っていく。常連の彼が愛用している調合品だ。
「ううん、痛み止めもちょーだい。あと、滋養薬とか。精力剤でしょ、体力強化剤。それからそれから」
アルトはまだまだ要求してきた。
「あとは、魔力増強剤!」
「あれ? 頼まれたの?」
アルトが魔法を使えると聞いたことがない。頼まれたのかと思ったが。
「ううん。飲んでみたいなって。シャーリーがいつも飲んでるのを、さ?」
「……それ、飲む用じゃないからね。ばらまいて使うやつ」
「えー。飲んでみたかったなぁ。こう一気に色んなのと――」
アルトは言いかけて、あ、と口を手にあてた。かなりわざとらしかった。
「ちょっと、アルト。まさかだけど、まとめて服用はしないよね?」
「ううん、もうしない。痛い目みたから」
アルトは過去の失敗談を思い出し、遠い目をしていた。
「最初からやらないで欲しいな。私、注意していたはずなのに。あと、体力強化剤も服用薬じゃないってば」
それだった。というより、シャーロットは最初期から注意をしていたのにだ。
「あ、ごめん。シャーリーがなんか説明してるなって。必死で可愛いなぁって。そっちに意識いって覚えてないわ」
これだった。それはさておいて、アルトは続ける。
「そりゃさ、頑張りたくて。ほら、学生だけどさ。稼げるだけ稼いで。早く一人前になりたくて」
「うん、わかる。でも、最近オーバーワーク気味じゃない?学校だってあるのに」
アルトが通っているのは、王国認可の名門学校だ。学業をこなすのも大変だろうに、休日までギルド仕事をしているとなると。にこにこしている彼にも相当負担がいっているだろう。
「それなら。実質うちで働いてくれてるものだし。ちょっとだけどお給金とか」
「やだ、絶対にやだやだ。絶対に受け取らない」
アルトは昔からこうだった。心苦しくなったシャーロットがお礼にと手渡そうとも、頑なに受け取らなかった。それはアルトの意地のようだった。
「もう。シャーリーはわかってないなぁ」
「うん、わからない」
「もう!そんなとこ、ほんとシャーリー! まあいいけど。俺さ、本当にお金が必要でさ。たくさん稼いだらさ」
「うん……」
アルトはそこまでして、お金が欲しいのだろうか。やはり給料は受け取ってほしい。シャーロットは彼を心配していたが。
「か、稼いだらさ? シャーロットのことさ、……楽に、させてあげられるじゃん? プロポーズ、自信もてるじゃん? 俺の卒業後、すぐに籍入れられるじゃん? でもさ、シャーリーがさ? 学生結婚でもよければ喜んで!」
アルトは上目遣いはそのまま、頬を紅潮させていた。相手の返答に期待している顔だ。
「アルト……」
シャーロットは困っていた。彼の発言はどこまで本気でとっていいか、今でもわからないからだ。そもそも二人は交際すらしていない。ただの幼馴染同士だ。
昔はいちいち本気にとって赤面していた。息を吐くかのように可愛いだの好きだの言ってくる彼。一時期は本当にそうなのかと、シャーロットは思い始めていたが。
「……」
シャーロットはある場所に意識を向けた。そこは、自分の顔の左にあるこめかみだ。――今でも消えない傷跡があった。
その傷跡をいつまでも気にしているのがアルトだった。彼は、幼少期に自分がつけてしまったと。それで責任を感じているとのことだった。
シャーロットはいうと。いつ傷つけたかも記憶にないものだ。アルトではないと思っているくらいだった。彼が気に病むので都度訂正していても、アルトは自分が原因だと言い続けている。
「……ま、シャーロット次第なんだけどね。俺らまだ付き合ってすらいないし」
そこは彼も認識していたようだった。
「お金稼ぎたいのはわかった。せめて割引くらいしかできないけど」
シャーロットもまた、彼が頑張っている。そして、無理をしているのもわかっていた。こうして身内価格で割り引くくらいしか出来ない。
「応援しているよ。ただし、無理は禁物」
「わーい、応援されちゃった」
「うん。自分の為でも、誰かの為でも。頑張ってるんだから」
「……ふーん」
アルトは口を尖らせた。何か返答を間違えただろうかと、シャーロットは焦る。
「……シャーロットはさ、いっつもそう。他人事なんだから」
へらへら笑っていたアルトの表情が変わる。立ち上がった彼は、無断でカウンター内に入ってきた。冷ややかな彼の顔を見て、シャーロットは後ずさろうとするも、左手を掴まれてしまう。
アルトが視線を注ぐのは、シャーロットの左手薬指だ。
シャーロットに生まれつきあるのは、氷の魔法の力。そして、この薬指にある指輪だった。
「――こんなもん、こうだ!」
「あ!」
アルトは指輪を抜き取ると、直後カウンターを片手でついて飛び越えた。店の扉を開けると、力任せに。――指輪をぶん投げた。
剛腕のアルトによって、指輪は遠く遠くへと飛んでいった。シャーリーが遅れて店を出る頃には、姿を完全に見失ってしまっていた。
「アルトォ……?」
「すんっ」
口で言うことでもないが、アルトはすんっとした態度だった。シャーロットは彼のとんでも行動にわなわな震えていた。
「どうせ、戻ってくるだろ。……ほら」
「あ」
シャーロットが手をかざすと、薬指にすぽっと何かがハマった。それは、ぶん投げられた指輪だった。シャーロットは安心し、胸を撫でおろした。収まるところに収まってくれた感覚だった。
「シャーリーさあ? それ、絶対に呪いのアイテムだって。こわくない? ずっと、ジャストサイズなんだよ? 君が子供のから今までずっと! 何度も何度もぶん投げても、こうやって戻ってきてさ!?」
「何度もぶん投げないの」
「うはっ、シャーリーに怒られた!」
どこか嬉しそうなアルト。理解に苦しみつつもシャーロットは薬指を見る。これもまた生まれた時からあったものだった。
いつの間にあったものなので、シャーロットにとっても謎のアイテムだった。アルトがしきりに処分しなよ、せめて解呪しなよと言ってくるのもわかる。ちなみに解呪は効果がなかった。
「安心するんだよね」
「え、まじで言ってる?」
指輪といえば、あの教師の事を思い出す。ただ、彼絡みならばもっと心がざわつくはずだ。この指輪がもたらしてくれるのは、安らぎだった。
「……面白くないけどね。まあ、シャーロットがいいなら、いいか」
納得のいかなさをアルトは隠しもしないが、笑顔にもなった。
「さて、お店に戻ろっか。お客さんもそろそろ来るだろうし」
「そうだね、アルト」
二人が店内に戻ると、数名客が待っていた。
「すみません!お待たせしました」
気の良い常連客たちは気にせず、笑ってくれた。有難いと思いつつも、シャーリーは急ぎ仕事に戻る。




