君の死だって、乗り越えてみせる。
シャーロットの自宅に戻ると、アルトは後ろ手で鍵を閉めた。窓のカーテンも開けられてはおらず、部屋の中は薄暗かった。
「……」
シャーロットは一瞬どきりとはするが、大丈夫だとはすぐに思った。今のアルトなら、もう大丈夫だと。
「……夢でも見てんのかな、俺」
今のアルトは。巡回兵に見せた作り笑いでもなく。シャーロットに見せた泣き顔でもなく。ただ、深刻そうな顔であった。
「夢じゃないよ。私は本当に生きているよ」
「うん。そうだね……あっちが悪夢で。今が現実だ」
「うん、そうだよ」
「そっか……」
アルトはシャーロットの肩から手を離すと、カウンター席まで招いた。シャーロットも続く。お互い同時に座った。隣り合わせとなった。
「……夢、だったんならいいんだ。あんな夢。そうだよ、夢に決まってるんだ」
あー!と声に出したアルトは、髪をぐしゃぐしゃにした。
「あ、花束回収しとかなくちゃ。あれはね、シャーロットにあげられない。絶対にあげない。俺が責任もって持って帰るからね。もう、処分しかないし。花には悪いけど」
「……うん」
「つか、びっくりしちゃったでしょ。もう、なんだったんだよ、あの夢は!」
アルトは首を傾けながら、シャーロットに笑ってみせた。そう、彼に笑顔は戻った。それでも、まだ彼の瞳は不安に揺れていた。
「……そうだよ。あんなに生々しくても、夢は夢だ……あんなことには」
「アルト……」
アルトの今の恰好。彼がこうも嘆いていたこと。今日会った時からの態度からそうだった。
シャーロットは思い至る。一つの結論にだった。ただ、知りたいことがあった。それは、アルトが辛かろうと、知っておきたかったことだった。
「アルト。話せたらでいいんだ。どんな夢だったの」
「……それは」
アルトは口にはしたくないようだ。下手に口にして、実際そうなったらって思いもあるのだろう。
「……話せなかったらそれで。これ、信じるか信じないかだけど。悪い夢って、人に話した方が現実にならないんだって」
「えー……急にスピリチュアル的な」
「うん、そうだね。スピってたね」
「ジンクス信じてるの、かわえぇ……」
アルトは小さく笑った。少し調子が戻ってきたようだ。
アルトは語り始める。それは彼は夢の話と思っていても。シャーロットにとっては、違う話。――あのあと、殺された後。その後の話になる。
「……まあ、大晦日の朝方くらいかな。シャーロットが、その、ああなってしまって」
「うん、わかるから」
「……うん。急に放送が聞こえてきて。俺、飛び起きてさ。速攻で寮出て、そしたら、君のビラが舞ってて、村に着いた時にはもう――」
「うん」
「――『金糸雀隊』だっけ。そいつらが集団でいて」
「……うん」
金糸雀隊。シャーロットにとっての『死神』だ。その存在によって彼女の生を終わらせられるのが、ほとんどだった。手段をも選ばない。狂信者ともいえた。
「君が、そいつらによって。そうだって、すぐにわかったよ」
「……」
シャーロットは言葉にならなかった。
「……殺してやりたかったよ。でも」
アルトは、顔をそらした。暗い表情で俯いている。今でも耐えているかのような、静かな怒りだった。
「……それは、しちゃいけなかった。君も悲しむだろうし、俺も、よくわからないけど。それは違うって」
「アルト……」
これまでのアルトだったら、返り討ちにしていただろう。彼のそうした思い、シャーロットは責める気持ちはなかった。大切な人を失った時、恨まないでいられるかというと。それはないからだ。
「みんな、おかしいんだ。シャーロットがあんなことになったのに。みんな、君を大罪人だって。そこから、あんま覚えてなくて、記憶になくて……」
アルトの手は震えていた。また、涙まで溢れてきていた。
「でも今朝になって、寮のベッドで目が覚めて。夢みたいなことが、現実に思えてきてさ。あ、俺が弔ってあげなくちゃって。……俺だけでも、送り出してあげなくちゃって。そこから、お墓たてて、花束も供えようって思って」
アルトから溢れる涙は止まらない。彼は涙を流しながらも、話を続けていた。
「でもさ、おかしいわけ。あの巡回の人もそう。裏のおばあちゃんもそう。今朝になって、――君が生きているとか。昨日から店が営業しているとかさ」
「……」
そうだろう、とシャーロットは静かに聞いていた。確かに彼女は『昨日』も店を開けていた。普通に店に立っていたのだ。
「あれは夢だったんだ、現実なわけない……!」
「アルト」
シャーロットは彼の震える手に手を重ねた。彼はゆっくりとシャーロットを見た。
「私の死は耐えられない?」
「それはそうだよ。どうして平気だと思うの……?」
「そうだよね。私だって、そうだから……」
シャーロットだってそうだ。死に慣れることはなく、怯えるばかりだ。それでも、未来を迎える為にと強がっているに過ぎない。アルトならば尚更だと。人や犬には興味がないとのたまいながら、情に厚かったりもするアルトなら。尚更だろうと。
「アルトは……」
このアルトはおそらく、――ループの記憶を保持している。だからこそ、今日が続きだと思っていたのだろう。
アルトはきっと、シャーロットの繰り返される死には耐えられない。その記憶を抱えたまま、アルトの精神は保てるのだろうかと。
それは、彼が彼女のことを痛いほど想っているから。自惚れでは決してない。シャーロットはそのことを痛感していたのだ。
「……」
シャーロットは胸が痛くなった。前回の時に、アルトは知ってしまっているのだ。シャーロットが繰り返しの日々を送っていること。アルトもまた、記憶を引き継いでいるのだ。
そんなアルトが望むこと。それは――。
「……シャーロット、あのさ」
涙で目を腫らしたアルトが、まっすぐに見てきた。
「俺のこと、仲間って言ってくれたでしょ」
「……うん」
「――俺も一緒に乗り越えたい。一緒に未来をみよう、シャーロット」
これしかない、とアルトは力強く伝えてきた。
「知ったからにはもう、なかったことになんてしたくない。……君の死だって、乗り越えてみせるから」
あれだけ言葉にするのを避けていたアルトが、そう断言していた。彼なりの覚悟だった。
「アルト……」
前にも『アルト』に打ち明けたことがあった。その時は大変な事態を招いてしまったが、そう今、シャーロットの隣りにいるのは。――このアルトだ。
「ありがとう、アルト。決して、無茶はしないでね」
シャーロットはアルトの覚悟ごと、彼を受け入れた。アルトも頷いた。
「つってもね、君の為ならね?いくらでも無茶しそうだけどね、俺!」
「無茶はしないでね」
アルトがにかっと良い笑顔をしていたので、シャーロットは再度は釘をさした。
「わあ、大事な事を二回言われた」
アルトに明るさが戻った。シャーロットも笑顔になる。




