君を解放するね。
床のひんやりとした感触がする。シャーロットは目を覚ました。
ここはいつもの夢の中だ。シャーロットはぼんやりした目を瞬きさせ、上を見た。
鳥籠は赤い血管のようなものではなく、いつものものに戻っていた。シャーロットは中腰で歩いて、柵に触れた。冷たい感触だ。
「でも……」
赤黒い錠前は残ったままだった。サイズは元のサイズになったものの、錠前の鍵穴からは舌をのぞかせていた。相変わらずだった。
シャーロットがどうしてくれようか。そう考えていた時だった。
「シャーロット!?」
騒々しい男がやってきた。この夢で会うのは、おそらく初めてであろう、彼だ。
「え。アルト……?」
シャーロットは目をぱちくりさせた。――アルトが現れたのだ。
「え、なんで!? なんで、閉じ込められてんの? 今、助けるからね!」
アルトは錠前に目星をつけた。大型のが一つ、中型が四つあった。これらをどうにかすれば、彼女を出してあげられると彼は考えた。
「待って、アルト。一旦、私の話を聞いて」
「……うん。君がそういうなら」
アルトは今にも蹴りそうな動きを見せていた。シャーロットは一旦落ち着かせることにした。
「……なんでかは、私にもわからなくて。ここは私が昔から夢に出てくる場所なんだ。生まれた頃から、こうで」
「……危ない目に遭ってるわけじゃないの」
「うん。ただ、閉じ込められてるだけだから」
「いや、閉じ込められてるだけでもさ……」
アルトは観察した。この鳥籠はまるで意思があるかのようだった。それもとても強い意思だ。
「シャーロット、やっぱ危険だって。――君に対する執着、それが半端ない」
「私への……?」
「うん。俺にはわかる気がしてさ……うん、俺にも」
アルトは一点を見つめ続けていた。
「ムカつくけど、他のは手出しできなさそう。でも、これなら――」
「アルト!?」
シャーロットは驚愕する。アルトがその場でジャンプして、――赤黒い錠前に触れたのだ。
「!?」
アルトはそれに触れると、彼に衝撃が走った。着地に失敗し、床に打ちつけられた。
「だ、大丈夫!?」
シャーロットは柵まで駆け寄る。アルトは無事のようだが、頭を抱えながら横になったままだ。
「俺は、大丈夫、大丈夫なんだけど。……俺は、なんだけど」
シャーロットをちらりとだけ見ると、気まずそうに顔をそらした。それから彼は顔を赤くしたまま、ブツブツ言いだした。
「大丈夫じゃないんじゃ。ねえ、アルト……」
本格的に打ちどころが悪かったんじゃないかと、シャーロットは心配した。そうやって、声を掛けると。
「ひゃあっ! だ、だめ。今の俺を見ないで……!」
アルトはここまでかというほど顔が赤くなっていた。恥じらいぶりが乙女のようだった。
「なんだこれなんだこれなんだこれ! なんだ俺! なにしてんだよ俺!」
「え……」
「ど、ど、どんだけチュッチュすれば気が済むんだよ! なにこれ、え、こんなん俺がしてきた妄想じゃん! なんで俺が叶えてんだよ! どんだけいい思いしてんだよ、俺!」
「ま、まさか」
繰り返しの日々の中で、アルトに愛された日々もあった。その記憶は本来、今のアルトには持ちえないものだ。けれども、今のアルトの様子からすると。
アルトは脳裏に映像をたきつけられていた。あの錠前に触れたのがきっかけだった。
「な、なんてこと……」
シャーロットは顔が赤くなったり、青くなったりしていた。どれだけ恥ずかしい思いをさせられるのかと、シャーロットは恨みたくもなった。しかも、これだと自分のあられもない姿までみられているのでは。シャーロットの目の前が真っ暗になっていたが。
「しかも! か、か、肝心の、シャーロットのアレな姿が見えない! なんで、うまい具合に見えなくなってんだよ! 俺だけが美味しい思いしてんじゃん!」
「……肝心のって」
シャーロットは引いた。自分の裸は見られてないものの。
「あ、でも、表情とか、声とかは……うん」
「本当にもうやめて……なんでこんなことに……」
甘えきった姿はみられていたのだ。シャーロットは気まずい。
「……うん。全部、俺なんだよね。俺がしそうなことだし、実際に俺がやってたこと」
顔は赤いままだが、アルトは静かに言った。
「アルト……」
「ねえ、シャーロット。君の幸せって、あそこじゃなかったんだよね」
『私、帰りたい場所があるんだ。覚えてないけど。ここではないの』
この言葉までも。アルトは錠前によって知らされた。思い知らされた。
「シャーロットは、あの未来では幸せじゃなかった」
「――しあわせだったよ」
アルトは今にも泣きそうな顔をしていた。彼を見たシャーロットは心内を打ち明けた。
「君に愛された日々は、しあわせだった。でもね私、欲張りなんだ。……アルトもそう。いろんな人がいて、みんなが笑っていられる未来。私が望んだのが、そうだったの」
「……うん、そうだよね。そっか、そうだった」
アルトはしきりに頷くと、赤黒い錠前を見据えた。
「俺だけがいればいいんじゃなかった。俺、妬きはするけどさ。君がいろんな人と話そうとして頑張ってるの、見てるのも好きだった」
アルトは軽く準備運動をすると、後ろに下がり始めた。
「あー、シャーロット? 離れて、離れて。そうそう、そのくらい」
シャーロットは言われるがままに、後退した。ありがとう、アルトはそう笑った。
「――君を解放するね」
「アルト……?」
シャーロットの目に映ったのは、赤黒い錠前が砕け散る音。破片は砕け散って、床に散らばっていた。バラバラになった中、舌にあたるものがピクピクしている。
「っと」
アルトは華麗に着地した。その顔はスッキリとしていた。
「俺の分はよし、と」
「アルト、君は……」
――君を解放するね。
シャーロットは深くは聞かない。この言葉が全てだと、彼女は思ったからだ。
「――で、シャーロット? 他のって、なんかヒントとかないの? 君自身がピントきたものとかさ」
「うん、そうだね……」
アルトのが無くなっても、まだ錠前は残っている。シャーロットは完全に開放されたわけではない。大型のと中型のが残っている。シャーロット自身も何か思いつかないものかと、頭を巡らせていた。
「ん……?」
シャーロットは瞬きをした。見間違えだと思ったからだ。違った。――錠前の数が変化していたのだ。
「いやいや、そんな……」
大型の数はそのまま。アルトのを破壊後、中型の錠前が。――三個となっていた。シャーロットは見落としていたのだ。いつからかはわからない。
「いや、そんな、ねえ?」
シャーロット自身には本当に心当たりがなかった。それもアルト曰く。
『君に対する執着、それが半端ない』
「……」
それほどの思いを自分に抱く。シャーロットはそこまで人と関わっていたりはしていなかった。となると、元々あった錠前も謎は謎ではあった。
「あれ、心当たりあるかんじ?」
アルトが、じっと見ていた。アルトが、じいっと見てきた。アルトが、じいいっと見たままだ。
「ううん、本当にわからなくて」
シャーロット本人にも見当がつかないものだ。いくらアルトに見られてでもだった。
「ま、いいけど。なんか思い出したらでいいよ」
「うん」
アルトはあっさりと下がった。彼は本当に変わったと、シャーロットは思っていた。
「あ……」
シャーロットは次第に眠くなってきた。
「なんか、眠くなってきた。ここで寝たら、どうなるの?」
アルトも欠伸をしていた。彼も眠そうだ。
「日常に戻れる――」
そこまで言うと、シャーロットは眠りに入った。
「……あらら、寝ちゃった」
アルトは床に胡坐をかいて座った。眠るシャーロットを見つめていた。
「――ま、消えたわけじゃないからね」
アルトの手の中にあるのは、黒い錠前の一部。未だに蠢いている舌だ。
アルトは『ソレ』を、大事そうに懐に仕舞った。




