アルトと望む未来。
「……可愛い顔して、やることえっぐいわー」
「……!?」
氷を砕く音がした。――アルトが内側から粉砕していたのだ。人間業じゃなかった。
「すっげ、あいつらカチンコチンだねぇ。これ、シャーロットの仕業でしょ? 今、俺がガーンってやったら、こいつら砕け散る?」
試そうか、とアルトはノリで言っている。
「……アルト」
彼が。よりにもよってアルトが動けてしまっていた。シャーロットはそれでも。
「……アルト。もうやめよう。どんな理由があって、君にはさせたくない。私は、止めるから」
像を庇うように、アルトの前に立ちはだかった。
「シャーロット、へろへろじゃんか。やめなよ、無理するの」
「やめないよ」
「別に君を気絶させるくらい、出来るし。だからどいてよ」
「どかない」
「……シャーロット、勝ち目ないでしょ」
「私に凍らされたのは誰?それに、私だけじゃない。私は一人で戦ったわけじゃない」
シャーロットは譲らなかった。リッカや、モルゲン。自治委員会の協力もあったからだ。
「なにそれ。仲間は強い理論? 君はぼっちだったじゃん。人が怖かったじゃん。俺と出逢うまでさ」
「……はは、うん。そうだね。今でも怖いよ。でも、出逢えたんだ」
「今のは言い過ぎた。ごめん、シャーロット――」
「謝らないで。本当の事だし。あのね、アルト」
アルトに対しては構えたままだ。それでも、もう顔が強張ることもない。彼に伝える。
「このまま、君が女神像を壊されたら困るんだ。未来がなくなっちゃう」
「急に何を言い出して……!?」
『私は、やり直しにきたの。私達が死んだ未来を変える為に』
『うん。女神像が破壊されることになって、私が容疑者なってしまった』
アルトにはないはずの記憶だ。それなのに、どこかで覚えている、アルトはそんな感覚だった。
「シャーロットはずっと。ずっと君は……」
アルトが小さく呟いた。アルト?と聞き返されると、彼は首を振った。
「アルトも、仲間であってほしい。今ならまだ間に合うよ。私達の未来に、君もいてほしいの」
「シャーロット……」
アルトは立ち尽くしていた。女神像を破壊することもなく。
「信じられない話だとは思うけど――」
「信じるよ」
アルトはまっすぐ、シャーロットを見ていた。
「あのさ、シャーロット。俺は心配もするし、しょっちゅう不安にだってなる。これから先もずっとそんなだけど。でも、それは君を信じてないからじゃない。俺が勝手にそうなだけだよ。それにね」
彼は悲しそうに笑って、シャーロットに伝えた。
「……君は強い子だって。俺、ずっと知ってたはずなのに。力ばかりが強くなって、それでやっと君を守れるようになるって浮かれて。俺、驕ってたんだ」
アルトはそう言うと、自分の左胸に手をあてた。
「――こいつ、もういらないや」
「アルト!?」
アルトは突如、自分の胸部をもぎりとっていた。シャーロットは仰天した。が、実際はアルトの心臓や器官ということではなく。赤黒いゼリー状のような物体だった。それをアルトは。――握りつぶして消滅させていた。
「……深夜のクエストだったのだけ、覚えてる。なんか、コイツと出くわしたのかな。それから調子が良かったから。まあいいかなって」
「そこは気にしようよ……」
アルトの暴走もあの物体が原因だったのか。だったらとシャーロットは想像してしまった。――アルトがあの日、深夜クエストにいかなければ。それが正解だったのか。
それは違うと、シャーロットは思うことにした。過ぎた話ではあるし、前のように見過ごしていたら、いずれは自ずから爆発はしていたかもしれない。
「えっと、解決でいいのかな。じゃあ、帰ろうか」
女神像は破壊されなかった。シャーロットは声を掛けるも、アルトは立ち止まったままだ。
「だってさ、結局……俺は大罪人だよ。像を壊そうとした、壊してきたんでしょ?」
諦めのアルトに、シャーロットは違うと反論しようとしたところ。
「――いや?違うぞ、アルト?像は壊されてないよなぁ?」
「モルゲン先生!」
のこのことやってきたのはモルゲンだ。傷も相当負っているだろうに、平気そうにしていた。それでもって、何もしていないわけではない。――彼は、金糸雀隊の一人を拘束していた。
「……前みたいのは、繰り返さないからな」
以前も、一人を見過ごしたからこそ死を迎えたこともあった。モルゲンはその経験を、今回に役立てることが出来た。
「って、ずいぶん大人しいな」
モルゲンは思い返す。氷の力を砕いたのはアルトだけでなく、この者だった。強者だ。それにしてはモルゲンに捕まる時はあっさりとしたものだった。
「……!」
「物分かりいいなら、それに越したことがないな。――なあ、取引しないか?」
「なんだと……」
それはさすがに限度があったのか。金糸雀隊は殺気立てる。モルゲンは気にも留めず、続ける。
「このまま、氷漬けじゃ困るよな? お仲間も、都も、それに女神像もそのままだ。得体の知れない氷だぞ?像に危険が及ばないか? ――案ずるな、俺なら溶かしてやれる」
モルゲンは交渉し、相手の返事を待っていた。
シャーロットは唖然としていた。モルゲンのでっち上げだ。彼女の氷の力は、時間経過ともに自然解凍されるものだ。今回かけた魔力は広範囲な分、溶ける時間も早くなるはずである。
「……!」
モルゲンが自身の唇に人差し指をあてていた。内密にとのことだった。
「……ふざけた取引だ」
金糸雀隊員は拒否しようとするが、モルゲンが下がることはない。
「なあ、像は破壊されなかったぞ?そして、――もう、壊されることもない。な?」
「……」
モルゲンは弟に確認をとった。アルトも目はそらしはしないも、何も言わない。
「女神像が無事だった。これで春も迎えられる。それでいいだろう?お前はただ、リッカの容疑を取り下げること。あと、俺達は見逃してくれればいい」
「要求過多だ」
「お? 女神像が健在だったことに比べれば、ささいなことだろ?な?」
モルゲンは金糸雀隊にすり寄っていた。相手が疎ましがっていてもお咎め無しである。
「兄貴、うっざ。……はあ」
アルトも吐き捨てるかのように言った。突然のディスに、モルゲンも若干落ち込む。
「――もう破壊しない。女神像に誓う」
「アルト……」
アルトの顔つきは変わっていた。戻っていたといっていいかもしれない。
「……男。さっさと、済ませろ。もし女神像を壊したら、八つ裂きにしてくれる」
「じゃあ、やりますか」
金糸雀隊の拘束を解くことになるが、モルゲンは気にしない。彼が手をかざすと、赤い光が集ってくる。やがて炎が生じ、風に乗せて炎を伝わせた。
凍っていた人、物、女神像が溶け出していく。
「すごい……」
シャーロットは感嘆していた。モルゲンは、いとも簡単にこれだけのことをやってのけたのだ。しかも当人は涼しそうな顔をしていた。
彼らが動き出してくるとなると、面倒なことになる。彼らはずらかることにした。
「じゃあ、帰るか」
「はい、帰りましょう」
「わんっ」
モルゲンが言うと、シャーロットとリッカも続いた。
「……」
アルトはその場にいたままだ。
「アルト、帰ろう?」
シャーロットは頑ななアルトに声をかけた。惑っていたアルトに、シャーロットは手を差し出した。
「……そんなん、手つなくじゃん」
彼女の手を、アルトは握った。遠慮がちに、汗ばんだ手でもあった。
「……」
シャーロットは、顔を真っ赤にしているアルトを見る。これが正解だったかはわからない。アルトは裁かれるべきだったのか。だが、彼らが望んだのは。何度も繰り返したのは。
アルトも含めた皆が笑って。そして、生きていられる未来だった。これで良かったのだと、シャーロットは笑った。
自宅に帰る気力がなかったシャーロットとリッカ。二人は女子寮に泊まることにした。就寝準備をして、シャーロットはリッカと共にベッドに寝転んだ。
「シャーリーは学校に行かないの?」
リッカが聞いてきた。シャーロットはそれも考えたことはあった。でも、現状の答えはこうだ。
「うーん。憧れるよ。でも、今はお店のこと考えたい」
「うん、わかった」
「でもって、リッカと暮らしたい!」
「わあっ」
起き上がったシャーロットは、リッカを抱っこした。リッカも嬉しそうだ。
ここ数日は本当に疲れるものだった。ぐっすり眠れるだろうと、シャーロット達は眠りに落ちていく。




