女神像を守る戦い。
息を切らしながら、シャーロットとリッカは広場に到達した。遠目で見た女神像は健在だった。そこは安心するも、シャーロットは驚きの光景を目にした。
いつもは見事な景観なそこは荒れていた。対抗するのは、金糸雀隊。像を壊そうとしているのが。
――アルトだった。シャーロット達より早く辿り着いていたのだ。
「……人間じゃない力」
アルトの元々の強さに加えて、なにか人外の力が働いているかのようだ。
「……あ、シャーロットだぁ! どこ行ってたの!? 寂しかったんだけど!?」
アルトは襲いかかっていた金糸雀隊を一蹴すると、シャーロットに手を振った。こんな時でも彼はいつも通りであろうとした。
シャーロットがアルトによって注目された。その隣にいるのは、容疑者である犬だ。狙いが一気に定められる。
「……リッカ」
「うん」
シャーロットの一声を合図に、リッカは走っていく。見事な跳躍力で屋根に飛び乗り、屋根上を駆け回っていく。
「あの女も共犯だ。――始末せよ」
「はっ」
この少女は犬の飼い主で、犬に逃げろと声を掛けたのだろう。そう、シャーロットも狙われるようになった。金糸雀隊達が一斉に襲いかかった。
「……逃げ切ろうね、リッカ」
シャーロットは短く詠唱をすると、特定の範囲内に薄い氷の膜を張らせた。彼女は足首をひねると、滑り出した。薄くてもシャーロットには十分だった。
それはスケートそのものであり、金糸雀隊の間もすり抜けていく。隊が滑って転んでくれることを、シャーロットは期待していたが。それはかなわなかった。彼らは今もシャーロットやリッカを捕えようとする。
「何、狙ってんだよ!」
アルトが隊員を殴り飛ばした。シャーロットを守ってくれるかと思われたが。
「……いけね。像、壊さないといけないんだった。ごめん、シャーロット。すぐ終わらせるからね。……ね?」
「!?」
一瞬ではあった。――アルトの目が赤くなっていたのだ。すぐに元の色には戻ってはいた。
アルトはまた左胸に手をあてていた。服の外からも、そこが肥大化しているかのように見えた。アルトはまた、像の破壊に戻る。
「ああ、シャーロットの犬だっけ? つか、涎? すごっ」
アルトはこの激戦の中で一人余裕だった。片手間で金糸雀隊の相手をしていた。やはり、アルトは。いまや尋常ではない存在になっているようだ。
リッカは屋根の上を逃げ回っていた。アルトの言う通り、彼の口元は白く光っていて、何かを吐き出しているかのようだった。涎といわれれば、口を緩めきって走っているといわれれば、納得のいくものだった。
屋根上に登ってきた隊員から、リッカは逃げ続けていた。敵は屋根上だけではない。地上にいる隊員も魔力を発動させ、リッカを狙っていた。
「!?」
驚いたリッカは転んでしまう。足腰に限界が来ているのもあった。
「リッカ!」
シャーロットは氷の弾を飛ばして、相殺させた。大丈夫、とシャーロットは頷いた。
「わふっ」
リッカも立ち上がり、また走っていった。隊員に追われながらも、ぐるぐる外周を描くように走り続けていた。
「――余所見か」
「!」
金糸雀隊の一人が、シャーロットに瞬時に近寄ってきた。その者は彼女の喉元を狙い定めていた。この声は、シャーロットならわかる。――何度も自分達を殺してきた者だ。
「何度もやられないっと!」
シャーロットはスライディングして避けた。ただ、一度交わしても、その者はシャーロットを執拗に狙い続けていた。容疑者でも、像を壊そうとしている者でもないに関わらず。
「……あなた。ううん、あなた達に言いたいことがずっとあって」
シャーロットは滑りながら、攻撃をかわす。それは、彼女がずっと思っていたことだった。
「――女神像、ちゃんと守ってほしい。本当に守るべきも、優先するものなんじゃないの?」
何度も人を殺しにかかるより。これも言ってやりたかったが、そこまで言っている間に追撃されかねなかったからだ。
「……」
目の前の隊員の動きが止まった。シャーロットはチャンスと思って、その者から逃れることができた。
「……また、シャーロットはさぁ。他の奴に可愛くしちゃってさぁ」
アルトもまた、手を止めていた。彼はシャーロットの言動に怒っていた。といっても、襲ってくる相手に対しては反撃はしている。
「可愛くって」
シャーロットにとってそういう感覚はない。自分を殺しにくる相手だ。それどころではなかった。
「……はあ。先にこいつら全員殺るか。は? 壊せ? シャーロット優先に決まってんだろ。今から邪魔者排除しなきゃなんないの。却下」
「アルト……?」
また、左胸と話していた。シャーロットからの視線に気がつくと、アルトはへらりと笑った。
「……!」
屋根上のリッカがへたり込んでいた。これはリッカがバテたこともあるが、――合図でもあった。
「リッカ、おいで!」
「シャーリィ……」
くたくたなリッカは力を振り絞って、屋根から着地した。小走りでシャーロットをめがける。飛び込んだのは彼女の棟の中だ。
「なに、その犬。ちょっと、そこの占拠犬? 俺のシャーロットに、良い気になりすぎじゃない?」
「アルト……うん、アルトにもだね」
アルトは余裕で反撃をしながら。シャーロットは疲弊した犬を抱えながら、必死にかわしていた。
「私は、君の物じゃない」
「え……?」
「君が私を守ってくれてた。だから、私も頼りきっていて。歪んでたのは、あの時だけじゃなくて」
「……シャーロット?」
アルトの手に白いものが着く。それらは、はらはらと宙を舞っていた。粉状のものだったが、やがて粒となっていく。――雪のようだった。広場に、彼らに降り積もっていく。
「アルト。私は強くなるから。君が心配しなくて済むように。余計な不安に駆られないように。―君が信じてくれる私になりたい」
シャーロットは微笑むと、リッカを片手で抱える。そして、屈んで地面に片手を着いた。
「――伝え、私の魔力よ。全てを凍てつかせて」
シャーロットの静かな語り口と共に、地に氷の力が張り巡らせていく。白い粉と呼応して。
――広場一帯を凍りつかせた。アルトも。金糸雀隊も。そして、美しき女神像も。
「ふう……」
もう魔力を使い果たしてしまった。シャーロットは息を吐いた。リッカも一度地面に下ろした。リッカはへなへなとなって、地面に伏せた。
「えへへ、シャーリィ……」
「お疲れ、リッカ。頑張ったね……」
今回はリッカの協力あってでもあった。リッカが走り回っていたのは、逃げる目的。そして、口にくわえていた魔力増強剤をまき散らすことだった。ぐるぐる回っていたのだ。
じきに一日の終わりを告げる、鐘の音が鳴る。その時までに、女神像を守り抜けばいい。彼らは凍ったままだ。もう、手出しは出来ないはず。




