君を失わない未来の為に。
ひんやりとした空間だ。寝転んでいたシャーロットは目を覚ます。
「やっぱり、ここに何かが」
まだ、思い出せない。大切な存在が在ったはずなのに。思い出したい。それは自分にとっても大切な記憶だったはずだ。シャーロットは願い続けていた。
「私は、ここであの子に……」
ぼやけた記憶。不鮮明なものだ。感触だって、そうだ。
「確かに触れていたのに……! 思い出したいのに……!」
愛に溺れた自分への罰だろうか。シャーロットは自分を呪った。
何度も『その子』は来てくれていた。何度も何度も。シャーロットが覚えてなかろうと、訪れてくれていた。
「お願い、今度は忘れないから!」
強く願った。そんなシャーロットの前に淡い光が灯った。光はうっすらと映し出す。――薄汚れたモフモフをだ。ちょっと匂う。
そのモフモフは怖がりで。シャーロットに懐くにも容易ではなかった。お利口さんだが、食い意地もはっていて。起こす約束をしておきながら、大爆睡もしていた。ちょこまかと歩いて、元気よく走り回って、時には抱っこもされて。そんなモフモフが――。
「――リッカ」
あの子の名前はリッカだ。シャーロットの中で鮮明に思い出す。笑ったり、悲しそうにするリッカの姿。
「……でも、君はもう」
シャーロットが幸せならと、リッカは姿を消した。リッカのことを忘れた自分が、どの面下げて会えるというのか。
「それでも、会いたい。リッカに会いたい!」
シャーロットは祈った。光はシャーロットの鼻先に触れると、そのまま消える。
「――へっへっへっへっ」
「え……」
光に照らされて、姿を現わしたのは薄汚れたモフモフ。――リッカだった。
「リッカ!」
シャーロットは這うようにして、鳥籠の外側にいく。そこに、そこにリッカいるのだ。気持ちが逸らないわけがなかった。
「ほら、リッカ」
いつものように撫でようとした。シャーロットは柵の合間から手を伸ばす。こうしたら、いつもすり寄ってくれるはずなのに。リッカは一向に近くには寄らない。
「……リッカ?」
距離を置かれたことに、シャーロットは不安に駆られる。姿は見せてくれたものの、愛想を尽かされてしまったのかと。彼女は思っていた。
「シャーリー、あのね。アルトと一緒は、幸せじゃないの?」
「リッカ……」
リッカは問うてきた。シャーロットは考えて答えた。
「アルトと一緒はね、幸せだよ。『あのアルト』もそうだった。しあわせだった。――でも、私は前の生活に戻りたかったんだ」
シャーロットは笑っても、リッカはそのままだ。
「シャーリーどうして? 何回も、何回もこわい思いしたんだよ? 僕、君が幸せなら良かったんだ」
「リッカ……」
「僕のことを忘れても。君が死んじゃうより、その方が絶対いいって。僕、思ってたのに……」
リッカは俯いていた。そう、リッカは何度もシャーロットの死を目にしてきた。それなら、自分とのことを忘れようと、彼女が生きている未来があるのなら。それをリッカも望んでいたのだ。
「うん、私の我儘。――そこには、君がいない」
「僕……?」
「元のところに戻りたい。そこに、リッカがいないと意味はないの」
「僕が……」
リッカは一歩、一歩と近寄ってきた。リッカはシャーロットに近づくと、その指をぺろぺろとなめた。これは、犬の愛情表現だった。
「僕も、さみしかった。これでいいんだって思ってても、さみしかったんだよ……」
「うん、うん……。ごめんね、リッカ」
この子には随分寂しい思いをさせた。今すぐにでも抱きしめたかった。――それは、現実に戻ってからだ。
「戻ろう、リッカ。私、諦めないから」
「うん、シャーリー」
あとは眠くなるのを待つだけだ。シャーロットは横になり、上を仰ぐ。
「……改めて見てみると。言葉が悪いから言わないけど」
自分を覆う鳥籠は気持ち悪くなったなと、シャーロットは思うだけに留めた。まだ毒々しいままだ。あの人の口の形をした錠前も、もう他の鍵を飲み込む寸前だった。
「彼みたい、か」
かつての自分が、この鳥籠や錠前をそう形容していた。それは間違っていない。
「……覚悟、決めないと」
シャーロットの考えている通りならば。もうなりふり構っていられなかった。
お読みくださりありがとうございます。
モフモフ帰還です。良かった、良かった。




