愛された日々にさようなら。
明日はいよいよ、シャーロットの誕生日。そして、二人が結ばれる日だ。幸せの絶頂だ。そのはずなのに。
「――アルトごめん。今日は別々に寝ていいかな。アルトの部屋だってあるんだし、そっちで」
シャーロットはカウンター席に座っていた。ソファに座る、つまりアルトの隣に行く気分ではなかったのだ。
「……なんで。つか、こっちおいでって」
断られたアルトは不満だった。自分の髪をタオルでガシガシ乱暴に拭いていた。
「大事な日の前だから。一人で考えることがあって」
「悩み事? それなら俺に言ってよ。ほらほら」
「……一人で考えたいの。アルト、お願い」
「なあにぃ? シャーロットはツン期再発かなぁ? それはそれで可愛いけどさ」
シャーロットは頼むも、アルトはまともに取り合ってくれない。どうやってなだめようかとしか、彼は考えていない。
「ツンとか、軽口とかじゃない。お願い、茶化さないで。まともに取り合って」
「……それ、シャーロットが言うの?」
「え……?」
アルトは何を言い出すのか。シャーロットは彼を見た。アルト自身もそうだ。自分何を言っているのか、彼自身にも理解し得なかった。
「……なんだ、今の。ま、いいか。――ねえ、シャーロット? 俺に言えないこと? 一人でって」
アルトはソファから立ち上がった。カウンターにいるシャーロットに近づいてきた。
「――他の男のこと? 俺がわからないとでも思った?」
「それは……」
シャーロットも無意識に席を立った。彼と距離をとろうとしていた。
「シャーロットの浮気者。俺、理解のある彼クン?演じてるだけだからね。本当は苛ついてさ。君に近づく野郎どもの、多いこと多いこと」
アルトはじわりじわりと距離を詰めてきた。
「君も君だよ。俺以外に目を向けてさ。俺はこんなにも一途なのに。――こんなにも君を愛しているのに」
「うん。アルトが私を愛してくれるのはわかってる。もう十分に伝わってるよ」
「なら、そのまま黙って愛されてろよ!」
「……!」
シャーロットに衝撃が走った。彼女は気づいた。ようやく気づいたのだ。そこにあったのは、アルトからの一方的な愛だった。
「……違う。今のは違うんだ。シャーロット、聞いて」
アルトが慌てて訂正してきた。シャーロットにはわかる。アルトが苛立ちのあまり、そう口にしてしまったのっだと。それでも、彼女は構わず告げる。
「……アルトは、ただ愛されている私が良かったの? あなたに甘やかされて、されるがままで。――お人形さんみたいな、私が」
「それは違う!」
「アルト、君は――」
どのアルトもそうだったのだろうか。どのアルトもってなんだ。シャーロットは自分にも笑ってしまった。
「私は不思議なんだ。色んなアルトを見てきた気がするんだ」
いつも木の下にいた愛しい存在も。優しそうな男性も。その人達だけじゃない。
「私が一緒にいたアルトは。思い通りにならない私でも。怒ったり拗ねたりはしても。それでも受け入れてくれた。いつだって、私とちゃんと向き合ってくれてたよ」
まともに向き合わなかったシャーロットとは違う。アルトはいつだって誠実だった。
「シャーロット!」
「私も、君も。歪んでたんだ」
「違うんだ、シャーロット!」
肩を掴もうとするアルトから体を避けさせ、シャーロットは薬品棚の前に立った。
「私達は歪みきってた。ここはきっと、私も。――君だって幸せにはなれない未来なんだよ」
シャーロットの目に映ったのは、自身のすべすべの手だった。棚の窓に映るのも、美しくなった自分の姿。こうも変わるのかと、自分でも驚いていた。
「……俺が悪かった。一人で寝たっていいから! 君の話や望みも聞くから! ……明日を一緒に迎えよう?やっと、やっと、君と結ばれるんだ……やっとなんだよ」
アルトはシャーロットの足に縋りついた。懇願し続けていた。このシャーロットが。自分が愛してやまない彼女が。――目の前から消えてしまうと。アルトはそう思えてならなかった。
「それは、きけない。私、帰りたい場所があるんだ。覚えてないけどね。ここではないの」
「……ここじゃない?」
「そうだよ。――さようなら」
このアルトに別れを告げる。まだ縋りつくアルトを置いて、シャーロットは睡眠薬を飲み込んだ。――記憶にはない。ただ、自分の心が知っていた。『そこ』に何かあると。
「!?」
「シャーロット!?」
必死に縋りついていたアルトは、立ち上がった。彼女が何かに服用していたことに、今となって気がついた。ただ、気がついた時には。――シャーロットは絶命してた。
シャーロットにもわからなかった。適量を飲んだはずなのに。
「なんで、なんでだよ! シャーロット……!」
アルトは嗚咽をもらす。愛する少女が、息絶えていた。これではまるで――。
「『俺』が、そんなに嫌だったの……?」
アルトはそういうと、自分の左胸に触れた。鼓動が高鳴っていた。
「はは、はははははははははは!」
アルトは笑っていた。その様は狂人そのものだった。
「……俺。そんな物分かり、良くないからね」




