彼に愛される日々。―アルトメリバルート突入中③
やっぱりだった。常連たちによって、看板は裏返しにされていた。客が来ないわけである。
「気遣ってだろうけど……」
シャーロットは営業中に戻そうとした時だった。
「……わふっ」
「あ」
「へっへっへっへっ」
薄汚れた犬が店の前に立っていた。シャーロットは犬に近寄った。犬はちょこんとお座りをしていた。
「君はいつも賢いね。いい子だね」
この犬は、迷い犬だった。エーデル村全体で面倒を見ていた。シャーロットの家の裏に住む老婆の家でお世話になっているという。大人しく賢い犬だった。
犬の名前は知らない。村の誰かが名付けようとしても、犬は首を振って拒絶していた。温厚な大人しい子だが、それは受け付けることはなかった。
「今日もお散歩かな? 待っててね、食べ物とお水もってくるから」
ちょうどお散歩の時間だ。いつものようにシャーロットの家に立ち寄ったのだろう。
「あ、アルト。ボウルと冷蔵庫のあれ、とってもらっていい?」
「ああ、あの犬ね? 待っててねー」
アルトには冷蔵庫で通じる。彼は立ち上がって用意すると、シャーロットに手渡した。
「アルトもおいでよ。なでなでさせてくれるよ」
「……犬、苦手なのわかってるくせに。まあ、たまにはいいか」
腰が引き気味のアルトを連れて、シャーロットは犬の元へ急いだ。
「お待たせ。今日はね、アルトも――」
待っているであろう犬の姿がなかった。跡形もなくだった。ここまで歩いてきた足跡も。雪に残されているはずのそれが無くなっていた。――元々いなかったかのようだ。
「……!?」
シャーロットは慟哭した。自分でもわからない。村全体で飼っているとはいえ、自分とほとんど関わりのない。たまにご飯と水を与えるくらいの関係。それだけのはずなのに。
「……ん? なに、この食べ物。と、ボウル。俺、何持たされてんの? なに、シャーロットの悪戯?」
「え……」
「ほら、シャーロット。看板戻したって、戻してないじゃん。ドジっ子可愛いなぁ」
シャーロットはアルトの様を見て気づく。あの犬の記憶が、いや、あの犬の存在自体がなくなってしまっていることに。
「……」
シャーロットの頬に伝うのは涙だ。この喪失感はなんだろうか。自分はどうして泣いているのか。わからないのに、どうして涙は止まってくれないのか。
「……シャーロット」
突然泣き出したシャーロットは、アルトにとっておかしくもあっただろう。それでも、彼は黙ってシャーロットを抱きしめた。背中を撫でて落ち着かせる。
「いいよ。落ち着くまで、ずっとこうしてよ?」
「うん……」
「心配しないで。俺がずっと、側にいるから。不安になることなんてないよ」
「うん、アルト……」
「愛してるよ、シャーロット」
「私も……」
そう、自分にはアルトがいる。シャーロットは幸福に満たされていた。悲しいと思っていた感情も薄れていき、やがて消えていく。




