やっと、向き合ってくれたね。やっと。
シャーロットはいつもの朝に戻ってきた。
「生きてる……」
左胸に手をあてると、シャーロットは頷いた。店の準備の前に。朝の支度の前に。シャーロットは思いついたことがあった。彼女は店先に出る。
「――リッカ?出ておいで?」
「シャーリー!」
家の前から木からひょっこりと顔を出した犬。リッカだった。シャーロットは額に手をあてた。もしかしたら、前もこんな早い時間から訪れていたのかと。
「えへへ、シャーリーだ」
しっぽをぶんぶん振ってリッカは喜んでいた。シャーロットもしゃがんで彼の頬を撫でた。ワシャワシャしていた。
「……っと」
いつまでもそうしていたいが、アルトがやってきそうだった。前の時も想定以上に早い時間から来ていたのだ。しかもタイミングが良い。――まるで、見計らっているかのような。
「リッカ。……ちょっとね、今うちにいてもらうわけにはいかなくて。裏のおばあさんが犬好きだったから、そこで待ってもらおうかなって」
「シャーリー? 僕、モルゲンのところにいくよ。おばあさんはまた今度!」
「そっか。うん、そうだね」
モルゲンも事情は知っている。彼も、きっと生きている。リッカを託すことにした。
「その前に、何か食べてく? お水飲む?」
「お水のむ!」
元気よく返事したリッカに、シャーロットはボウルに入れて用意した。彼はお尻を見せながら水を勢いよく飲んでいた。口元がびしょびしょだったので、シャーロットはタオルで拭いた。
「またね、シャーロット。モルゲンにごはんもらってくる!」
「あ……」
ごはんくらい、とシャーロットは言おうとした。食べたあと疾走したとなると、負担にもなると思った。シャーロットは遠ざかるモフモフを見送ることにした。
「……」
シャーロットは一人残される。きっと、彼は今日も来る。
一旦、家に戻ったシャーロットは諸々の準備を終わらせた。もう一度外に出ると、看板を表にした。シャーロットの考えが当たった。
「シャーリー! おはよー!」
人好きのする笑顔で、無邪気にやってくるのはアルトだ。いつものアルトだ。シャーロットがこれまで見てきた彼だった。
「……アルト」
シャーロットは、彼が見せてこなかった顔も知ってしまっている。それを、露わにするのは不自然だった。シャーロットは、極力普段通りにすることにした。
「おはよ、アルト」
シャーロットはうまく笑えたかはわからない。案の定、目の前のアルトがやたらと見てきている。
「なーに? シャーリー、なんか緊張してる?」
「いや、緊張って。なんで」
「やだな、君のことならわかるって。シャーリーは、俺に緊張してる!」
アルトの指摘通りだ。シャーロットはこれまでにない態度と緊張だった。安心できる幼馴染の存在が、いまやシャーロットにとっては危機感をもたらす相手だった。
にしても、アルトはどうしてこうも嬉しそうなのか。
「そんな、ねえ? アルトに安心することはあっても。緊張はないよ?」
「うん。言い方変えるね……俺のこと、意識してるとか」
「!」
アルトは顔を赤くしながら、そう言っていた。
「な、なんてね。俺の願望いっちゃった、いっちゃった! シャーリーの前で、俺ってば!」
アルトはさらに真っ赤になりながら、盛大に照れていた。
「今からでも意識してくれないかな? 俺のこと好きにならないかなあ?」
ちらちらと視線をよこしてくるのはアルトだ。実に楽しそうで、幸せそうだった。シャーロットと目が合うと、嬉しそうに微笑んでもいた。
「……」
シャーロットは脱力しそうだった。あまりにもアルトがアルトだったからだ。
アルトだった。シャーロットは実感してしまった。ただ話しているだけで、彼はこうも幸せそうだったのか。思い込みを外したから今だからこそ、実感してしまうのだ。
こんなにも、シャーロットのことが好きだったのだと。彼の言葉や行動一つ一つが、シャーロットへの想いで溢れていたのだと。
このまま、彼の気持ちを気づかないふりしていたら。このアルトでいてくれるのだろうか。その考えが、シャーロットの頭にもよぎった。
自分達が日々を繰り返していることを、シャーロットは元々告げる気はなかった。金糸雀隊のことを話さなくても、アルトに問い詰められるなり、吐かされるなりしていただろう。前の二の舞だ。そのことは話さない。ならばと。
アルトが抱いている想い、それも素知らぬ振りをすればよいのではないかと。
「……アルト、突然だけどね。私、このままお店のことだけ考えて生きていきたいの。孤児院にも恩返ししたいし。大家さんにも払わないとだし。あと、動物と一緒に暮らしたい。できればワンコ」
シャーロットは出来なかった。正直に自分の気持ちを伝える。
「本当に突然だねぇ。――はいはい! 俺も一緒にやりたい、支えたいです! 犬も、まあ。頑張る。シャーリーがそうしたいなら慣れる」
シャーロットの発言に戸惑いつつも、アルトは立候補した。
「……続きがあってね。恋愛とか考えられないし。一生、独身でもいい。そういう、ドロドロしたのとか遠慮したいなって」
「……え、そうなの」
「うん」
アルトは唖然としていた。いきなり幼馴染からの恋愛興味ない宣言ときた。しかも相手は本気でいっていた。アルトには伝わったようだ。
「そっかー。俺、なんか振られた?」
「……そうだね」
シャーロットはそう返事した。これは遠回りながらも、アルトからの想いを断ることになったと。
「そっかぁ。バレバレだもんね、俺。ずっとつきまとってたし」
「……アルトがじゃないよ。私が望んでってことだから」
落ち込むアルトに、シャーロットの胸は痛んだ。でも、これでいいんだと言い聞かせた。アルトはそんな彼女を見て、笑った。
「……はは、シャーロットは優しいなぁ。もっと、俺を罵るくらいじゃないと」
「!」
アルトは屈んで、シャーロットと目線を合わせた。
「でも、そんなんでもさ。俺は諦めないけどね」
「あれ……?」
『俺のこと振るわけでもないし。気持ち悪いって避けるわけでもない』
アルトを振れば、彼はそれで恋に終止符を打つのだと。シャーロットはそう思っていた。勝手に思っていただけだった。
「落ち込むし、泣くし。数日立ち直れないだろうけど。俺、しつこいし。シャーロットのこと諦めないよ。――ねえ、シャーロット」
「え……」
アルトは蠱惑的な笑みを浮かべ、シャーロットの顎をすくった。彼の指が、彼女の唇に触れる。
「やっとだなって。相手にしてくれてないって思ってきたから。……俺が本気だって、やっとわかってくれたんだ」
『まともに相手にしてないだけだろ……!』
そうだった。アルトが怒っていたのはこのことだった。
「……シャーロットはさ。恋愛が嫌いなの?」
「!」
アルトはその手を、彼女の頬に添えた。
「ううん、違うね。――恋愛が怖い。恋をするの、怖いんだ」
「アルト、それは……」
アルトのその目は何もかも見通すかのようだった。
「君の怖がる心。俺が溶かすから。時間かけて、ゆっくりとね」
――俺の愛を伝えていくから。
その言葉をシャーロットに残した。熱が篭った目で見つめながら。




