彼が壊したかったモノ。―死をもって迎えた終わり。
――迎えるは、あの日。女神像の破壊がされ、シャーロットが犯人にされた日だ。この日がまた、やっていたのだ。
「!?」
シャーロットはベッドから飛び起きた。まだ夜明け直後だ。胸騒ぎが止まらない。
「……リッカ?」
リッカはすでに起きており、扉を連打していた。まるで、早く開けてほしいかのように。
「女神像!」
駆られるように、シャーロットはカーテンを開けた。
大丈夫だったはずだ。モルゲンも、学園の警備兵も。あの金糸雀隊もいて。女神像が壊されるはずがないと。
シャーロットの期待は打ち砕かれた。黎明の空の下、あるはずのものが無かった。
「ああ……」
――女神像は、破壊されていた。
「……?」
空に舞っているのはビラ紙だ。そこに写っているのは自分の顔写真だろうと。シャーロットはそう思いながらも、目をそらさず見た。
「……!?」
シャーロットはは言葉を失った。
自分の顔写真ではない。『彼』の顔写真だった。
「リッカ、お留守番していて!」
「!」
シャーロットは衝動的に走りだす。部屋にリッカを置いていくことにした。反応が遅れたリッカもついていこうにも、扉は閉められてしまった。
寮を出て、シャーロットは路をつっきる。目指すは、学園の広場だ。
シャーロットの耳に届いたのは拡声器による声だ。
『春の女神像破壊事件、現行犯逮捕。犯人の名は、アルト・モルゲン。アルト・モルゲン――』
シャーロットは息を切らしながら、広場を訪れた。そこには静けさがあった。
「……?」
前のように、見物客が押し寄せているわけでもない。生徒達の姿はない。あるのは。
「どういうこと……?」
横たわった警備兵、そして金糸雀隊達だった。彼らは地面に伏せている。気絶でもしているのだろうか。
「あ、シャーロットだぁ。見てみてー」
「アルト!?」
シャーロットは声がした方を見る。アルトがそこにいた。彼は。
――壊れた女神像の上に腰かけて。興奮で目を血走らせ、舌なめずりをしていた。彼の衣服についているのは、血だ。
「な、何をしたの!?」
先ほどの欲望めいたやりとりも、目の前の惨状の衝撃の方が、シャーロットの中で上回っていた。あの、アルトがと。シャーロットは聞かずいられなかった。
「え? 女神像のこと? 勝手に壊れただけだけど」
「勝手に……?勝手に壊れるなんて」
「うーん? 気づいたら、かな? こいつらシメてたら、巻き添え的に?」
「アルト……そうだとしても、君になってるんだよ」
アルトはえー?と笑う。大方、兵相手にアルトが大立ち回りしたのだろう。その時に女神像は巻き添えで壊れてしまった。
アルトは少なくとも、女神像を壊す気はなかったようだ。ただ、彼が壊した犯人とされているのは事実だ。
「つうかさ、シャーロット。こいつらのせいで、なんでしょ?」
「それは……」
横たわっていたのは、金糸雀隊。彼らは確かに、命を奪いはした。
「……私の話を聞いて? 私が、話したから?」
シャーロットは両手で顔を覆った。その話をアルトに話したのは、このシャーロットだ。
「……いますぐ、にげろ」
「先生!?」
木にもたれかかって座っていたのはモルゲンだった。かなりの痛手を負っていた。
「……悪い。あいつを、止められなかった」
「……!?」
暴れるアルトを、金糸雀隊に襲いかかる弟を。モルゲンは止めようとしたのか。
「兄貴がさ、無抵抗だからさ? 半殺し程度にしといてあげた」
「む、無抵抗、どうこうじゃない。アルトのお兄さんじゃない!」
「えー。そんなこというの? ……じゃあ、殺しときゃよかった」
今からでもそうするか、と。アルトは像から下りた。つかつかと兄の元へと歩いていく。
「だめだよ、アルト!」
「えー? じゃあ、シャーロット。……さっきの続き、する? 俺、君最優先だからさ。それでもいいよ?」
「!?」
アルトはシャーロットの腰を抱き寄せた。彼はシャーロットに触れる。――血に塗れた手で。
「……やめろ、アルト」
モルゲンは立ち上がろうとするも、脱力してしまい倒れてしまう。その様をアルトは見下ろす。
「恵まれたオニイチャンは、お優しいなぁ。弟相手だから手加減してくれて。本気で止めてれば良かったのにね」
「……ああ、俺が甘かったな。こんな事になってしまった。でも、避けたいことだってあるんだよ。本気でやり合って、――お前を殺したくない」
「……ほんと、ムカつくんだよ!」
アルトはモルゲンの近くにある木を蹴った。木が激しく揺れる。
「ああ、俺が悪かった。だから、逃げろ……」
「ははっ、女生徒の心配とか。モルゲン先生はお優しいねー。……逢ったばかりで、もうお気に入りかよ」
「……お前もだ、アルト。すぐにでも遠くに。……シャーロットを連れてでもだ」
「は?」
モルゲンは苦しそうに話す。彼は今すぐには動けない状態だった。
「悪いな、シャーロット……。弟を頼む。こいつを、どうにか……」
「先生……」
そうだ、とシャーロットも気がつく。ここにいる兵達をどうにかしたとしても、第二、第三の追手がやってくる。――アルト・モルゲンは国中から追われることになってしまった。
「……」
モルゲンは致命傷とまではいかない。保護をされるだろうし、彼にリッカのことを頼むしかない。今一番まずいのはアルトだ。狙われているのはアルトである。
「アルトを……」
愛しているという理由で、あれだけ欲望をぶつけてきた男だ。相手は女神像を壊しても何とも思ってない、そんな男を。
「……」
シャーロットは俯く。
「……?」
互いに意識がいっている兄弟は気がついてないだろう。シャーロットは違った。彼女は、――殺気を察知したのだ。
「……危ない!」
「え――」
アルトに狙いを定めて短剣が飛んでくる。シャーロットは氷の刃で弾き飛ばした。彼女は飛ばしてきた方向を見た。そこには。
――息が絶え絶えながらも、立ち上がった金糸雀隊がいた。その者は。
「……大罪人め。死をもって償え」
二本目の刃をも投げ飛ばした。咄嗟の事だった。シャーロットは、氷の力では間に合わないと判断し。――アルトを突き飛ばした。
「シャーロット……?」
よろめくアルトの目に写ったのは。――左胸を貫かれ、崩れ落ちていくシャーロットの姿だった。
「……逃げ、て」
シャーロットは絶命した。アルトにも、自分にも絶望しながら。シャーロットは呆れていた。アルトにどのようにされようと。
『ちゃんと店のこと大事にしてんだからさ。俺、そこはわかってるから』
『俺は大丈夫だよ。ねえ、シャーロット。何かあったら、言ってね。話しづらいことだったら、待つから』
優しかったアルトが消えてはくれなかった。
「シャーロット。……シャーロット! くそっ!!」
アルトが叫んでいる。シャーロットの亡骸を離さない彼は、残った金糸雀隊からの報復を受け、八つ裂きにされていた。アルトは守るように、そのままシャーロットを離すことはなかった。
「……」
モルゲンは虚ろな瞳で見ていた。彼の心は喪失していた。
「やだよ、こんなのいやだよぉ……」
抜け出してきたリッカが、静かに鳴いていた。
日付が変わるまでもなく、結末を迎えた。
ゴーンゴーン。鐘の音が国中に響き渡った。顛末を告げる音だ。。
――女神像破壊の犯人。アルト・モルゲンは処されたと。




