アルトの愛。
「……兄貴は知っていたの。兄貴には、先に話していたの」
「!」
目の光が無くなったアルトは、シャーロットを引き寄せた。彼女を抱きしめたまま、耳元にささやきかけた。
「シャーロットはさ、兄貴に一目ぼれでもしたの?会って間もないでしょ」
「そうじゃない、そうじゃないよ」
モルゲンは。モルゲンがただ覚えていただけ。流れでそうなっただけ。シャーロットとして、それで先に話す流れになっただけだ。そして、一目惚れなどでは――。
「……なんで、兄貴なんだよ。あいつは何でももってるだろ。シャーロットまで奪う気かよ」
「アルト、そんなんじゃなくてね。本当に」
「シャーロットもシャーロットだ。……君は、俺のことどうでもいいの?」
アルトがぽつりともらした言葉。それはシャーロットには聞き捨てならなかった。
「どうしてそういうこというの。私、アルトが大事だよ。大切だって」
シャーロットにとって、本当にアルトはそうした存在だった。それを否定はされたくなかった。
「じゃあなんで。俺の話す事、ちゃんと聞いてくれないの?」
「アルト。君の言葉を、ちゃんと聞かないなんて――」
「俺、シャーロットのこと。何回も好きだ、結婚してって。ずっと伝え続けてきたよね」
「それは……」
「俺のこと振るわけでもないし。気持ち悪いって避けるわけでもない。まともに相手にしてないだけだろ……!」
シャーロットはいつもそうだ、とアルトは零した。
「アルト……」
アルトのことをどうでもいいと思ったことはない。それでも、こうもアルトを傷つけていたのは。なあなあにしていたシャーロット自身のこと。彼女の過去に受けた傷からでもあった。
潮時だと思った。
「……私の態度で、傷ついてきたよね。ごめんなさい」
「謝ってほしいわけじゃない」
「うん。……アルトだけに話すね。これは、私の心の問題でもあって」
今になってになったが、シャーロットは心の傷を打ち明けることにした。これは、アルトにしか伝えられないこと。片桐を思い出してしまうモルゲンには言えないことだ。
「……『私』はね。昔、好きな人がいたの。一度だけど、好きっていってくれた」
アルトに抱きしめられたまま、シャーロットは話す。これは、冬花の頃の話だ。
「……何それ。俺、知らない。昔とか、シャーロットが俺以外と逢ってたとか」
アルトの体が震える。それでも彼は話はしない。
「うん。前世だからね。アルトも知らないよ」
「前世って……」
「前世だからね。割り切れてもいるんだ。――でも、その人の好きは本当じゃなかった」
シャーロットにとっては、言った回数が全てというわけではない。片桐のように、たった一度でも。アルトのように何度でも。そこに本当の気持ちが込められてないのなら。信じた末で裏切られたというのなら。
「好きって言葉を真に受けて、裏切られたら怖い。私が怖がっているだけだよ。私自身の気持ちの問題」
「……シャーロット」
アルトはより強く、シャーロットを抱きしめた。彼女を安心させたかったからだ。
「そんな奴と一緒にしないで。俺は違う。俺は本当に君が好きなんだよ」
「……アルト、いったん離してもらっていい?」
「やだ」
「アルト」
「……いったんね」
嫌々ながらもアルトは体を離した。シャーロットは彼を見上げた。
「これ、アルトに見て欲しかったの」
カナリア色の髪をかき上げて、シャーロットが見せてきたもの。――こめかみにある傷跡だった。
「……ああ、今でも痛そうだよね。俺が、君を守れなかったから」
アルトは痛ましそうにその傷跡を見ていた。シャーロットは続ける。
「これ、アルトが負わせたかどうかわからないんだよ。生まれつきだったかもしれないし。私がそう何度も言っても。それでも、君は。――責任を取るって、言い続けていた」
「シャーロット」
「アルトは、そうしてずっと負い目を感じてて。私はわかっていても、アルトと一緒にいたかったから。あのね、アルト。これからは、何度でも言うから」
シャーロットはこめかみの傷跡をさらに、見せつけてきた。
「アルトが責任を感じなくていい。もう、気にしなくていいんだよって。……それで、アルトが離れてくれたっていい。私は、アルトにひどいことしてきたから」
アルトが責任を感じることがなくなったら。
好きという言葉をまともに取り合わない、可愛くもない自分を。可愛いと言ってくれる資格なんてなかった自分と関わらなくて済むのなら。シャーロットはそれで良かった。
――アルトも死から逃れられるのだと。自分と関わらないのなら。
おかしな話でもあった。協力を願い出たはずが、彼に決別されるようなことを話してしまったと。シャーロットは首を振った。
「シャーロット」
「アルトじゃない。アルトが思い詰めることじゃないから」
「シャーロット」
「アルト……?」
さっきからそうだ。アルトは彼女の名前ばかり呼んでいた。
「――責任とらなくていい、かぁ」
「うん――」
アルトの言葉に応えようとしたシャーロットは。
アルトにキスされていた。左のこめかみにある、傷跡にだ。触れた唇がそっと離れた。
「アルト、今の」
「ちゅーしちゃった。シャーロットが可愛くて。――思い違いしているから」
アルトは悪戯っぽく笑ったあと、指でそこに触れていた。愛しげにみている。
「俺さ、本当に責任とるつもりだった。だって、好きな子に傷残したわけだし。君じゃなきゃ、悪いけどここまで思い詰めないから」
「待って、アルト……」
まだ頑なに好きだどうだこうだ言うのか。シャーロットは追いついていけない。
「待たない。そんなに言うならわかったよ。君が言うには、俺じゃないんでしょ?俺以外につけられたってのも、なんかアレだけど。ムカつくけど」
「……」
「俺がつけた傷でも、違っていても。――その傷ごと、シャーロットを愛しているから」
「アルト――」
傷跡に触れていた指、手は彼女の後頭部へ。彼に引き寄せられたシャーロットは。
「んん!?」
アルトにキスされていた。
シャーロットの目は大きく開く。アルトの瞳は閉じられたままだ。最初は軽く触れるだけだったのが、激しさを増していく。シャーロットは呼吸の仕方も忘れてしまうほどだった。
「……ごめん、苦しかったよね」
ごめんと言いつつも、アルトは目を細めて妖しく笑っていた。シャーロットは酸欠で頭がぼうっとしていた。アルトの顔もぼやけて見えた。
「はあ……。唇やわらか……。もっと早くにやっておくんだったぁ……」
「……」
「ねえ、シャーロット? 君さ、よく無防備に寝たりするでしょ? ……俺、ずっと我慢してたんだよ?ああ、チューしたいなって。したいなぁって。それでも、君を大事にしたかったからさ?」
「……?」
「ずっと我慢してたんだ。……もっと、早くに手を出してれば良かった」
「……アルト」
シャーロットはようやく呼吸が整っていた。頭もすっきりしてきた。
アルトは本気だった。彼の言葉も、愛情表現も。全てが本物だった。
ならば、シャーロットは。
「アルト……。本気だったの、わかったから。でも、私には――」
アルトが大切だとしても、その愛は受け止められない。気持ち悪いと思うことはないが、彼を振る形にはなる。それが、シャーロットなりの誠意だった。今度こそはっきりと伝えようとした。
「うん? シャーロットはわかってないでしょ? ――俺の愛、伝え足りてないから。だからシャーロットはわかってなかったんだ」
「ううん、十分にわかったから」
「わかってない。だから、何度でも伝えるね? ずっとだよ。――俺の気持ちが伝わるまでね」
「!」
シャーロットの唇を指でなぞる。アルトは立ち上がった。解放してくれるかと思ったら。
「シャーロット、喉渇いたでしょ。俺は潤ってるけどね」
シャーロットは落ち着きはしたものの、苦しさは残っていた。アルトは水を注いできてくれるようだ。
「水、口移しで飲ませてあげる」
「アルト、いいから、もう……」
アルトからの視線が、シャーロットにとっては重苦しいものになっていた。全身も嘗め回されているかのようだ。
「いいから、遠慮しないでって。……あー、でもまた俺、止まらなくなるなぁ。ね、シャーロット?今度はゆっくりするからね?」
「本当にもういいから……」
その愛は重すぎた。シャーロットには――。
「だって、時間はたっぷりあるからさ?一晩かけて伝えるから――」




