協力者、モルゲン先生。
到着したのが、モルゲン達職員が暮らしている寮だ。木造の歴史ある建物だった。老朽化が進んでいるともいう。隣にある住み込み従業員用の寮の方が、大型でしっかりした造りだった。
「まあ、寮暮らしの教師がそんないなくてな。こんなに近いのにな」
「はい……」
他の寮、ましてや迎賓館を見てきたシャーロットからしてみれば。格差というものを体感していた。自分の家もそうではあった。でも素晴らしい我が家と一人で誇っていた。
「ここらでいいか。――おいで」
モルゲンは優しい声で茂みの方に呼びかけた。ひょこっと姿を現わしたのはモフモフ。
「あっ!」
リッカだった。大人しく隠れていたようだ。シャーロットは駆け寄った。リッカもちょこまかと走ってきた。シャーロットは彼を受け止めた。
「お前の飼い犬か? 懐いてるな。俺とは大違いだ」
リッカはシャーロットの腕の中で震えていた。彼が怖がるのはモルゲン相手でもだった。手当をしてくれているモルゲンでもあった。
「……いえ、飼い犬ではないです。野良を保護しただけ、です」
「まあ、そう言うだろうな」
「……先生」
話が進む。それもスムーズだ。シャーロットの中で、確信に近づいていた。
「その犬、連れてきてもいいぞ。名前とかあるのか?まあ、保護しただけじゃな」
「……あの、私が。私が勝手につけた名前ですが。リッカです」
本当は違うが、リッカとのあのやりとりは、夢の中でのことだ。
「リッカ。そうか、良い名前だな」
モルゲンは綺麗な発音で犬を呼んだ。モルゲンが接する態度は優しく穏やかなものだ。それでもリッカは怖がったままだった。
「……リッカ。ぎゅっとしてるねー」
シャーロットは努めて明るく言った。リッカも彼女の腕をぎゅっとした。
「じゃあ、行くか」
教職員寮内部に入るも、静まっていた。本当に暮らしている人が少ないようだ。モルゲンに通されたのは面談室だ。モルゲンが扉を開け、失礼しますとシャーロット達も入室した。
扉は閉じられた。ここはもう防音の密室だ。だからこそ、シャーロットは伝える。
「覚えてますか」
「……」
突然の問いだ。モルゲンはただ、シャーロットを見た。
シャーロットはこうも順調であったこと。モルゲンがまるでこちらの事情を汲んでいてくれように思えたこと。それらがあって、尋ねてみたのだ。
『何がだ』と返されることも覚悟していた。モルゲンは――何も覚えていない。その可能性も十分にある。
「――それは、出逢った時のことか」
「出逢った時……」
唐突な質問であっただろう。それでもモルゲンは答えてくれた。かといって。
「出逢った、時」
シャーロットは繰り返す。回答時間を稼いでるかのようだ。冬花のことでもあるまい、とシャーロットは考える。考えた末、『本当に初対面だった時のこと』を話すことにした。
「アルトが、門限を破って。あなたが待ち構えてました」
「――それが、俺達の初対面か。シャーロット」
「はい、モルゲン先生」
教師からの名前呼びに驚くこともない。それも、前のやりとりがあったからだ。
「記憶が、あるんだな。はあ……」
モルゲンは長い溜息をつくと、沈痛な表情を浮かべた。
「……怖かっただろ。あんな目に遭って」
「先生。先生も……」
シャーロットもそうだが、モルゲンとて死を迎えたはずだ。きっと、互いに失うのが怖ろしくて、それが今も記憶に残っている。
「……モリュゲン、覚えてるの?」
リッカが首をかしげていた。しかも話している。驚くシャーロットを見て、リッカはハッとした。うっかり声に出してしまったようだ。
「犬が喋った……?」
呆然としていたモルゲンもさぞかし驚いたと思いきや。
「いや、この世界じゃ普通だな。ああ、普通だ。そうか、賢い子だな」
モルゲンが撫でようとすると、リッカは避けた。シャーロットから机の上に飛び立ち、彼は構えていた。唸ってもいる。
「気、悪くさせたな。悪かった。――そうだな、覚えているよ。で、理解もした。俺達は、あの日より過去に戻っていると。記憶もある」
「モルゲン先生も、なんですね」
モルゲンははっきりと伝えた。
「そうだ。お前も、リッカもだろ。ただな、どうしてかまではわからない。記憶があるだけだ」
「はい……」
モルゲンが覚えている。そのことに安心していいかわからない。
「シャーロット」
「……!」
彼が名を呼び、カナリア色の頭を撫でてきた。彼の手はシャーロットの頭に置かれたまま、目を合わせてきた。
「ああ、不安だよな。俺はな。チャンスだと思っている。わかっているからこそ、対策も練られるしな。――お前はどうだ?」
「チャンス。……私も、私だってそう思ってます」
シャーロットだって、あの結末を変えたかった。モルゲンも同じ思いだ。
「なら、協力しよう。あんな未来は御免だ」
「協力、でしょうか……」
「そうだ。共に乗り越えよう」
モルゲンはシャーロットを強く見つめた。
「モルゲン先生……」
シャーロットは不思議な感覚だった。こう、強い思いが沸き上がってくるようだった。
「……はい!」
シャーロットは力強く頷いた。モルゲンも微笑むと、彼女の頭から手を離した。彼は顎に手をあてて思案する。
「そうだな。女神像の方は、警護を強化してもらうしかない。まあ、一教師の意見だとしてもな。そこは、どうにか通すよ。俺の方でも見回りをしておく」
「はい、お願いします。私も、見回りたいです……」
「シャーロット」
モルゲンは彼女を呼んだ。それは咎めるようでもあった。
「……まあ、そこそこでいいからな。お前はむしろ近寄らない方がいいんじゃないか」
「あ……。また、私がってことですね」
「ああ。納得がいかないが、またお前が疑われる可能性がある」
まともに近づかなかったのに、前回はシャーロットは容疑者にされてしまった。
「それと、ずっと寮にいさせてください。前は家に帰ったから――」
村の人達とは不自然なほど会うことはなかった。学園にいた方が、むしろ寮にいたままの方が、シャーロットのアリバイ証明となるだろう。
「わかった。そうしてくれ」
「はい。……ところで、モルゲン先生」
それに、とシャーロットは思っていた。
「私達以外にも、いるのでしょうか」
「さあな。迂闊に聞き回れはしないだろ。頭がいかれたと思われるだろうな」
「そうですね、でも――」
アルトは記憶があるようには思えない。それでも、アルトなら信じてくれるのではないかと。
「そうです、アルトなら信じてくれるんじゃないかって」
「アルト、か」
信じて疑わないシャーロットに対して、モルゲンは難色を示していた。
「……まあ、お前がそこまで信じるなら。だけどな、弟の様子も気がかりでな」
「それは……」
シャーロットもそうは思いした。それでもアルトを信じたい気持ちの方が強かった。
「まあ、いい。そんなとこだ。明日はアルトに案内してもらえよ。……ああ、知らない振り中々だったぞ。その調子で頼むな」
「……ふふ」
おどけた調子のモルゲンに、シャーロットの緊張が少しほぐれた。
「うん、いいな。ずっと張り詰めっぱなしってのもよくないからな」
「はい」
話は終わったようだ。シャーロット帰ろうと、リッカを抱っこしようとする。
「……モリュゲン。ありがと」
リッカは舌ったらずにお礼を言った。彼の尻尾は左向きにぶんぶん振れていた。
「お前こそな。こいつの傍についてくれるか」
「うん」
モルゲンはリッカの胸元を撫でた。手が黒ずんでいくが、モルゲンは嫌な顔を一つしない。むしろ、モフモフを堪能していたようだ。
「じゃ、女子寮まで送っていく。リッカのことも説明しとかないとな」
「お願いします。リッカは大人しくしてられるよね?」
リッカはわふっと返事した。いい子とシャーロットは首のあたりを撫でた。リッカは気持ち良さそうにしていた。




