生きている日々。村での日常。
シャーロットは目を覚ます。体を起こして、カーテンを開く。朝日が差し込んだ。いつもの朝だ。
「……生きてる」
シャーロットはようやく実感できた。日付はカレンダーで確認した。
――この日の夜。初めて学園を訪れた。思ったより直近だった。
「!」
ならば、彼らも生きているはずだ。
シャーロットは焦る気持ちのまま、着の身着のままで、部屋を飛び出していった。
晴天の空の下、シャーロットは店の前に立っていた。そこで彼女が目にしたのは―。
「へっへっへっへっ」
「ああ……!」
シャーロットは感極まった。木の下でお座りをしながら待っている犬。リッカだ。
リッカが、体を震わせながら、体に雪をくっつけながら。健気に待っていた。涙が溢れそうになったが。
「――って、待って。いつからいたの?」
その涙は引っ込んだ。シャーロットはリッカに触れる。これはかなりの時間、外にいたのではないか。
「ねえ、リッカ……?」
「わふっ」
リッカは犬語で返した。確か人間の言葉を話せたはずだが。
「あっ」
リッカは急に走りだしてしまった。シャーロットは戸惑うも、その理由はすぐにわかることになった。
「シャーリー! おはよー!」
「……!」
いつものアルトがやってきた。人懐っこい笑顔だ。いつもの彼なのだ。
『……僕、ニンゲンきらいじゃない。こわい』
リッカがそう言っていたことだ。それはアルト相手でもそのようだ。
「……あれ? シャーリーいつもより早くない?」
「……アルト」
シャーロットは今にも泣きそうな顔をしていた。目の前にアルトがいて、彼は生きていた。それがとても嬉しくてたまらなかったのだ。
「……シャーロット?何があったの……さっきの犬が関係してる?」
「……!」
アルトが近寄ってきた。心配というよりは、暗い顔つきだった。
シャーロットの泣きそうな顔も、恰好だってそうだ。起きたばかりの姿は、彼女らしからぬものだった。人前なら身なりをきちんとする彼女がである。
アルトが彼女の身に何かあったと考えるのも、必然といえた。
「つか、あの犬はなに」
「……野良犬。前に保護しただけだよ」
「名前までつけて?」
「まあ、うちの子になってくれたらなって……うん」
シャーロットは逃走したリッカが気がかりだった。といって。
「そんなに気になるんだ。ふーん」
「……気にはなるけど」
「ふーん」
「……何でもない」
アルトはあからさまだった。彼は犬に対して煙たそうな目を向けていた。シャーロットは、あまり引き合わせたくなく思っていた。リッカは話があるようだった。あと、落ち合えそうな場所は学園くらいだ。そこで待っていてくれているだろうと、彼女は予測をつけていた。
「……」
アルトにはどこまで話していいのか。考えあぐねいたシャーロットは、話せるところまでにしておいた。嘘でもないので、鋭い彼でも見抜いてくることはないとも思ったようだ。
「……本当に何でもないから。さっきの子も何も悪くないよ」
「犬の件はもういいけどさ。何かはあったんじゃない」
アルトは引き下がらない。彼の目を見たら、シャーロットは取り繕うことは出来なかった。
「……何かあったとかじゃ、本当になくて。アルトに会えてよかった。いつものアルトだなって、安心したから」
シャーロットは素直な気持ちを打ち明けた。理由になってないと、納得してくれないかもしれない。
「……そっか。俺もそうだよ」
「アルト……?」
いつもなら。『シャーリーがデレた!』とか。『ご褒美かな、ねえ、ご褒美?』など。アルトが騒ぎ立てるところだった。アルトはそうはせず。――シャーロットを抱きしめていた。
「シャーロット。本当に問題ない?」
「うん。問題ないよ。ないんだけど……」
シャーロットの両手は彷徨っていた。後ろに回すわけにもいかず、かといって突き放すわけにもいかない。アルトが悪ふざけでしていることではないと、わかっていたからだ。
「ないんだけど、なに?」
「その、問題はないんだけどね?……アルトこそ大丈夫かなって」
抱きしめられていることもあって、シャーロットからは彼の表情が見えない。どういう顔してるのかわからない。
「俺?……俺は大丈夫だよ。ねえ、シャーロット。何かあったら、言ってね。話しづらいことだったら、待つから」
「……アルト。うん、ありがとね。私も大丈夫」
「……」
「……アルト?」
「……」
話は終わったはずだ。アルトはまだシャーロットを抱きしめたままだ。まだだった。
「アルト?そろそろいい?」
「……やだ」
「やだ、じゃなくて」
「やだやだ! 俺、今シャーリーをぎゅっとしてる! こんなチャンスめったにないし!」
「やだやだ、でもなくて」
「ああー、もっとシャーリーを堪能してぇ……」
シャーロットは怖くなってきた。彼女から手をついて離れてみると、思いの外、アルトはすんなりと離してくれた。
「ん、本気でそう思ってはいるけどね。シャーリー、お店開けないと」
「うん」
そのことに感謝しつつも、シャーロットは店の準備にとりかかった。手始めに、店の看板を表にしようとしたが。
「あらあら、シャーリー? そのカッコで接客するの? ああ、寝起きシャーリーだぁ……。いつまでも見ててぇ……」
ハルトはあらまのポーズをしながら、恍惚していた。シャーロットはハッとする。
「そ、そ、そうだね。私、着替えなくちゃ。いや、アルトにも処方しないと」
アルトは開店前から来てくれていた。いつもより早い時間にである。
「……?」
前の時は、アルトは開店からちょっと後でやってきていた。今回はいつもより早い時間だ。彼は待っていてくれたのだろうか。
「いいって。俺のことは後回しでもいいからさ。先に自分のことやっちゃいなよ。それとも、寝起きシャーリー、ずっと見ててもいいの?」
「そこは我慢する。アルトはお客さんでもあるから」
「我慢かーい。まあ、本人からオッケーでたということで。見ます!」
シャーロットは彼をお客様として迎え入れた。アルトはカウンター席に案内されると、『シャーリーガン見スポット』に陣取った。この席は、一番シャーロットの動きが見えやすいと、彼の中で定評があった。
アルトは両手で頬杖を見ている。実に至福そうだ。シャーロットは落ち着かない中、仕事にとりかかった。
「……さて。アルトが欲しいのは」
『痛み止めもちょーだい。あと、滋養薬とか。精力剤でしょ、体力強化剤。それから――』
前はそう言っていた。それをまとめては提供できないと、治療薬だけ処方したのが前回の自分だ。
「……」
シャーロットは一旦、立ち止まった。どこまで変えていいのか。そして、どこまで前回の情報を変えていいのか。アルトは実は鋭いことも、彼女は存じている。どこまでがそのラインか。
「それでも、私は――」
頭に残り続けているのは、金糸雀隊によって死を迎えた時のことだ。
狂ったまま死んでいったアルト。放心しながらもシャーロットに触れようとして、絶命したモルゲン。吠え続けたまま声も聞こえなくなってしまったリッカ。
変えなくては。もうあのような結末は迎えたくない。シャーロットは決意し、選択した。
――変えられるものは、変える。せっかく得た知識も利用してみせる。
もちろん、怪しまれないこと前提だ。考えこむシャーロットを、すでにアルトが疑いの目で見ていた。
「……なんかさ。今日のシャーロット、おかしくない?」
アルトは頬杖からうつ伏せへと体勢を変えた。その上目遣いには疑いが込められていた。
「そんなことはないけど」
「……聞き出そうかな。無理にでも」
ぼそりと呟いたのはアルトだ。冗談めかしているわけでもない。彼は本気だ。
「……おかしいのは、アルトだよ」
「俺?」
「うん。徹夜でハイになっているんじゃない?」
「……なんで、徹夜したって知ってるの」
そこは突っ込まれると、シャーロットは思っていた。彼女はにこりと笑う。
「だって、アルト目の隈すごいし。眠そうだし。というか、テンションもおかしいよ?」
「えっ!?俺の顔ひどい!?」
「酷くはない。でも疲れてるだろうなって。――ねえ、アルト? 二階のソファなら提供できるから。そこで休んだら?」
どうせやり直すなら。シャーロットは自分の願望も織り込んでみた。彼が深夜のクエストでさぞお疲れだろうと。今回こそしっかり休んでほしかったのだ。
「……それはいいんだけどぉ。シャーリーの御着替え、どうすんのかなぁって」
「……着替えだけ取りにいったら、洗面所で着替えるから。アルト、色々心配してくれるのは有難いよ。でも、そういう心配されるのも」
「え、きもい?ひいた?」
「きもいとかじゃないけど」
シャーロットは目をそらしながら言う。アルトは口でガーンっと言っていた。
「うう、シャーリーに引かれた……」
話をしながらも、シャーロットは処方を終えたいた。アルトもお金を払う。料金ちょうど、いや上乗せしていた。シャーロットは笑顔で上乗せ分を返した。その上で割引をし、おつりとして返していた。
「うう、貢ぎたい……」
まだうじうじしていると思われたが。
「私がこうしたいの。特別価格ということで」
「……ひゃっほい! 俺はシャーリーの特別だぁ!」
拳に天を突きあげてアルトは喜んだ。上機嫌になった彼は、階段を上っていく。
「ああ、シャーリーのお部屋だぁ。ああ、満喫するんだぁ……」
不穏な気配を残して。
「だ、大丈夫だよね……?というか、寝てよ?」
不安は残るも、幼馴染の良識を信じることにした。




