繰り返される日々の始まり。
シャーロット・ジェムは横たわっていた。暗く静かな場所だ。ここが生を終えた場所なのか。彼女はゆっくりと目を開けた。
「……え」
シャーロットの第一声がそれだった。その風景はあまりにも。――見覚えがあり過ぎた。
よく見る夢と同じような、鳥籠の中。大中合わせて錠前三つだ。
「どういうこと……?」
シャーロットはゆっくりと立ち上がった。ここは死後の世界か。それとも夢の中なのか。どちらかはわからないにせよ、彼女には感覚があった。このひんやりした空間も。そして、自分の鼓動の音も聞こえていた。
「私、死んだんじゃなかったの? もう終わったって」
シャーロットはよろめきながらも、扉まで歩いていく。
「――まだ、終わってないよ」
高めの少年の声がした。拙い喋り方でもあった。誰か、いるようだ。シャーロットは声の主を探す。
「!?」
暗闇に光るのは二つの目。シャーロットは驚きのあまり、腰を抜かしそうになった。しかも。
「へっへっへっへっ」
柵を越えた先にいたのは、――あの犬だった。おなじみの呼吸音も添えて。
「君、どこから来たの?」
「?」
犬は首を傾げた。
「わからない?」
「わん」
この犬は知らずに迷い込んできたのだろうか。いや、とシャーロットは気がつく。
「待って、君、喋った?私の言ってることもわかってる?」
「……わふっ。わんわんわん」
犬は素知らぬ顔で犬語を話した。
「いやいや、喋ってたよね?」
「……うん」
シャーロットは聞き逃してはいない。犬も観念したのか認めた。
「僕、ニンゲンの言葉うまくないんだ」
「そう?十分上手いと思うよ」
「そうかなぁ……」
犬は舌を出しながら、口元を緩めた。満更でもないようだ。
「君は何か知ってるんだね。ねえ!」
シャーロットは柵を掴みながら、犬に尋ねた。一刻も知りたいのだ。
「君と私は無事だったんだよね?」
「うん、無事」
「そっか」
犬は尻尾を振りながら断言した。
「……それと」
シャーロットは次の質問を切り出せなかった。犬は尻尾を振りながら待っている。口に出しづらい。言葉にもしたくない。それでも。避けられないものだ。
「……アルトや、モルゲン先生。わかるかな、助けにきてくれた二人。あの人達は。――どうなったの」
あの後、自分達のように助かったのかもしれない。シャーロットは僅かな希望を抱こうとする。
「あの二人はね……」
犬の尻尾がみるみる下がっていった。
「……うん、わかったよ。ごめんね」
「ううん」
この犬に言わせることでもなかった。謝るシャーロットに、犬は何てことないと返した。
「あのね、アインシュト・モリュゲン。アリュト・モリュゲン。あの二人は、生を終えた。――あの時は」
「あの時?」
ちょいちょい上手く言えてないところもあるが、犬はいたって真剣だった。シャーロットもそれどころではない。あの時とは、一体どういうことなのかと。彼女は食いついていた。
「あのね、本当はね。君も『あの時』、……一緒だったんだ。でも、生きてるよね?」
「うん」
「あの二人もそうなんだ。生きてるんだ。――時間が戻るから」
「時間が、戻る」
「うん。僕にもどうしてかわからない。でも、そうだって。『知ってる』んだ」
ということは。シャーロットは考えた。時間が戻るというなら。――やり直せるということか。
「えっと、説明合ってるのかな」
「うん、大丈夫だよ。わかりやすかった」
「えへへ……」
犬はニコニコしていた。
「でも、確認させて。どうして?どうして、やり直せるの?……代償とかあったりしないの?」
「だいしょう。えっと、何かとひきかえに、ってこと?」
「そう」
「……えっと」
犬は答えに困っていた。その場をぐるぐる回っていた。が、ピタっと止まる。
「そこまで聞いてないや。でもね、ニンゲンを『助けたい』って。……あれ、『叶えたい』だっけ?僕のご主人様がそう言ってた。あのね、――僕のご主人様は『春の女神様』なんだ」
「!」
「……僕もそうしたかった。でも、僕にはできなかった」
この犬は大真面目だ。そして、しょげた。
「ごめんね、シャーリョット。僕に勇気があったら……」
「ううん、いいんだよ」
腕はぎりぎり間に通した。シャーロットは犬の胸元を撫でた。
「君のご主人様……どうしたの?」
一人にして、と。
「……僕にもわからない。気づいたら見失っていたの」
「はぐれたの……?」
子犬は項垂れていた。一匹彷徨っていたのだと。
「あ、でもね!」
犬は顔を上げてきた、瞳を輝かせながら。
「――春になったら、姿を現わしてくれるの。きっと、そうなんだ!」
「そっか、そうだね……」
名の通り、春をもたらす女神様だから。子犬はそう信じているようだった。
「そっか……」
犬は神様の眷属……本来はこうして相まみえることもないような存在。それなのに。
なのに、シャーロットは。
「……春が来るまで」
――うちで暮らさないかって。シャーロットは声を出してしまっていた。
「……」
「……」
犬はつぶらな眼でシャーロットを見てきていた。無言のまま……。
シャーロットは考える……ならせめて、保護、しかるべき機関でと。
「……うん」
一緒にいたいと個人的に願っていても。
「……いいの?」
「いいに決まってるよ!」
子犬の自信なさそうな様子、シャーロットは声を大にして言っていた。
「あ……」
犬は彼女の指をぺろぺろと舐めていた。そして――ありがとう、と。
「……えへへ。ずっと言いたかったんだ。ありがとう、シャーリョット」
くすぐったそうにしながら、犬は気持ちを伝えた。シャーロットも微笑んだ。
「……僕、ニンゲンきらいじゃない。でも、こわい」
「うん……」
それは傷だらけの体をみたら、そう思えて当然だろう。心無い人間によって、恐怖心を植えつけられたのだろう。
「いっぱい、頑張ったね」
そんな怖がりな彼が、勇気を出して動き回っていた。犬は頷いた。
「――僕、シャーリョットはね、こわくないんだ。あのね、シャーリョットの力になりたい」
「……いいの?」
「うん。僕は君の味方だっ!」
「うん、うん……」
もしこの柵さえなければ。閉じ込められてさえなければ。シャーロットは今すぐにでも彼を抱きしめたかった。
「……私だって、このままにしたくない。代償とか、気にしてられない」
やり直せるのなら。シャーロットだって逃げ出したくはなかった。
「あ」
犬は何かを思い出したようだ。尻尾を大きく振った。
「ご主人様。こういってた!――諦めないで。強い意志を持って。乗り越えてって」
「女神様が……」
それは犬に向けてだろうが、シャーロットは自分の言葉としても受け止めることにした。
「それじゃ、シャーリョ……。噛んじゃう」
「ふふ。シャーリーはどうかな?」
どこかの幼馴染がつけてくれたが、この可愛いモフモフが言うくらいなら、怒りはしないだろう。シャーロットはそう信じていた。
「シャーリー!」
犬も大はしゃぎだった。
「それで、君のお名前は? 聞いてもいい?」
「うん!とてもいい名前なんだっ!――リッカ!」
「リッカ」
六花。シャーロットはそう連想した。彼女もいい名前だと思った。
「また、会えるよね。リッカ……」
「うん、シャーリー……」
眠気がやってきた。シャーロットは横になって、眠った。リッカも丸くなる。
どこまでさかのぼることになるのか。どういった因果かもわからない。それでも道を開けると信じて。シャーロットは日常に戻っていく。
この時のシャーロットは知る由もなかった。ただ希望を抱いていた彼女には、想像も出来なかった事。
ループを繰り返すことで、わかってしまうこと。知りたくもなかったこと。望んでもいなかった結末も迎えるということ。
それでももう後戻りはできない。引き返すこともできないのだと。
お読みくださいまして、ありがとうございました。
モフモフが仲間に加わりました。
次も投稿予定あります。
よろしくお願い致します。




