モルゲンの手引きによる脱走。
学園の南方に警備の詰め所がある。その近くにあるのは、教職員が暮らす教職員寮。罰を与えるための独房がある建物。地下にある穴倉。そこが、犯罪者を幽閉する為の牢獄だった。久々の使用となった。
牢獄に入れられたシャーロットは、窓際に座っていた。そして、手のひらを見る。
「女神像を壊した……」
本当に見の覚えがないことだった。ただ、もし。
「私は、本当に……?」
おかしな夢をみることもあった。夢うつつのまま、破壊したのではないか。
「大罪っていうけど。どれだけなの……?」
世間に疎かったシャーロットにはわかりかねることだった。像破壊の容疑はかかってはいる。前世の頃の善悪を基準として、もっと重い罪もあるだろうとは考える。
「……死罪、とか」
シャーロットはそう口にしたことで、肌が粟立ってしまう。
また、訪れてしまうのか。突然の死というものが。
「……ううん、やってないものはやってない」
シャーロットは首をかぶり振った。恐怖を打ち消すようにだ。自分は誓って無実の罪だ。自分を信じたい、そう思うことにした。
「死罪とか、そんなことはさすがに――」
「――ないと思ったか?」
「!?」
足音も気配も無かった。牢を隔て、――モルゲンが立っていた。
「モルゲン先生……?」
突然過ぎる教師の登場に、シャーロットは困惑した。監視か何かだろうと考えることにした。
「その前に、尋問だ。拷問ともいえるな。お前に、共犯者の名を吐かせる為にな」
「あの……?」
モルゲンは淡々と告げている。
「たとえ、共犯者を吐こうと、吐くまいと。――シャーロット・ジェム。お前の死罪は確定している」
「……!」
モルゲンの表情は昏い。彼は問う。
「お前は、本当に像を壊したのか?」
「先生、私は……」
様子が違うモルゲンに惑いつつも、シャーロットの答えは決まっていた。
「――私は無実です。モルゲン先生」
シャーロットは相手の目を見つめた。偽りがないという思いを込めて。
「……そうか」
モルゲンは片手で顔を覆う。思案していたのは、少しの間。
「……シャーロット」
柔らかい声で彼女を呼んだ。懐から出したのは鍵だ。
「俺はな?お前がそう言おうが言うまいが。――お前を連れ出す。その為に来たんだ」
「!?」
シャーロットが驚愕している間に、モルゲンはもう解錠していた。牢の扉は開かれ、内側に踏み入れてきたのは、優しく笑っている彼だった。
「……モルゲン先生、あの、私は大丈夫ですから」
シャーロットは逃走するにしても、自分一人でと考えていた。こうして、モルゲンが手伝おうものなら、彼こそ罪に問われるだろうと。それをシャーロットは望みはしない。
「お前が思っている以上に大丈夫じゃないんだよ」
「それはわかってます。でも!」
わかっているからこそ、モルゲンを巻き込みたくはなかった。
「……生徒が無実だってのに。見過ごす教師がどこにいるんだ」
モルゲンは生徒の手を引っ張り上げて起こす。繋がれたのは手だ。
「モルゲン先生、それは……」
どこまでも生徒思いなのかと。素晴らしい教師、人だ。だからこそ湧き上がってくるのが、前世からの思いだ。こんな人を――。
「シャーロット。わかってくれ……お前を死なせたくないんだ」
「先生……」
モルゲンの切実さに、シャーロットは彼から目をそらせなくなった。彼もまた、見つめていた。
「お前はどうなんだ。死にたいのか。死にたくないのか」
「……死にたくはない、です」
「わかった。まあ、さっき同様。どう言おうと、なんだけどな」
ワンパターンとか言うなよ。モルゲンは自虐めいていた。笑える心境でもないシャーロットだったが、心のどこかでは安心していた。
牢獄を出て、地上に戻る。そこで待ち構えていたのは自治委員会と、警備兵たちだった。
中央に出てきたのはカイゼリンだ。リヒターは側にいないようだ。
「カイゼリン様、あの子はどうしたんですか」
「あら、まずワンちゃんの心配ですの?……まあ、逃げられましたの。リヒターに追わせております」
呆れつつも、カイゼリンは答えてくれた。彼女はそれより、と問う。シャーロットというよりは、モルゲンに対してだ。
「アインスト・モルゲン先生? どういったおつもりかしら? そちらの婦人は、容疑者なのよ?そんな彼女を連れ出す貴方はさしずめ。――共犯者、むしろ主犯かしら?」
「おっと。俺のアリバイはあるだろ」
「ええ、抜け目のない貴方ですものの。いくらでも作れますでしょうね」
「……そりゃ、俺も疑われるよな」
モルゲンは手を上げてお手上げのポーズをとった。さすがに降参だろうか。シャーロットはそれでも良かった。まだ、手遅れではないだろうと――。
「なあ、シャーロット。――とっくに引き返せないんだよ」
「先生、でも!」
「ってことで、じゃあな!」
モルゲンはそう告げると、彼は手を振りかざした。その手から生じるのは、炎の魔力だった。火柱となって、障壁と化した。
「モルゲン先生が魔法を!?」
委員の一人が衝撃を受けていた。彼だけではなく、他の人ら。カイゼリンまでも。モルゲンの魔力のことを知らなかったようだ。
「ああ、言ってなかっただけだ。――行くぞ、シャーロット」
「私は……」
「今は逃げるのが先決だ。あの犬やアルト。……助けられるのか。今の俺達で」
「……はい」
今は逃げるしかない。混乱に乗じて、二人は学園の外れへと向かっていく。




