モフモフを思えば、勇気だって出せる。
またあの夢だ。
シャーロットは巨大な鳥籠に閉じ込められていた。どのような手を使っても、壊れもしない鳥籠だ。
鳥籠にかけられた錠前は、大型が一つ。中型が二つ。変わり映えしないものと思っていたそれらが、変異を示す。中型の一つが、妖しく光っていたのだ。
「これはなに……?」
シャーロットは光るそれに触れようとした。
『うん、そのままそのまま。――おいで、シャーロット』
声がする。いつ聞いても安心する声だと思った。シャーロットは今にも錠前に触れようとしていた――。
「ワンワン!」
「えっ……」
どこからか犬の鳴き声がした。吠える声だ。シャーロットは驚いて手を引っ込めてしまう。
次第に辺りは闇に包まれていく。夢が終わるようだ。
「へっへっへっへっ――」
犬の呼吸する音と共に――。
シャーロットはソファから飛び起きた。冷や汗が止まらない。荒い呼吸を繰り返す。
いつも見る夢に変化があった。錠前の一つが。そして、――犬が登場していたこと。
「はあはあ……」
シャーロットは胸騒ぎがしてならなかった。奇妙な夢もそうだ。昨夜のアルトのこともそうだ。何より、あの夢の声は。シャーロットは間違えない。
――アルトだ。
「幻なんかじゃない」
アルトに何かあったと考えるのが自然だった。
シャーロットは手早く身支度を済ませ、学園へと向かうことにした。何事も無ければ、それでよい。部屋でおとなしくしているのなら、安心だ。シャーロットは家を飛び出していった。
暖炉の火は消えていた。
その日も晴れていた。シャーロットは焦燥していた。こういう時でも徒歩でしか移動手段がない。学園への道のりがさらに遠く感じていた。
やっとの思いで学園に到着する。シャーロットは広場を通り抜けて、男子寮に向かおうとした。
「……?」
広場には人だかりが出来ていた。これではまともに前に進めない。シャーロットは合間を縫って進もうとするも。
「……これ、まじかよ」
「ありえないよ……」
騒然とするのは、集まっている人達だ。彼らは今、信じられない光景を目にしていた。それは、シャーロットも同様だった。
あの美しき女神像が。――粉々に打ち砕かれていたのだ。木っ端微塵だった。
「おいおい、まずいだろ! これ、誰がやったんだ!?」
「罰当たり……」
誰しもが青ざめていた。春の女神信仰のこの国で、女神像の破壊など不敬が過ぎる。
「聞いたか。――都の方も壊されたらしいぜ?」
――学園の像のみならず、都にある像まで破壊されていたようだ。
「なんてことを……」
シャーロットも胸元を手繰り寄せた。こんな、信じられない光景を目にしたとなると。彼女の顔色も悪くなる一方だ。
「キューン、キューン……」
人に混ざって悲痛な鳴き声を上げていた存在。その犬は、女神像を仰ぎながら鳴き声を上げていた。
「……おい、なんだこの犬。きたねぇな」
「ちょっと。なんで野良がいんの。追い出してよ」
生徒達は見下す目で犬を見ていた。怯えた犬は、体を小さくする。それでも壊れた女神像からは離れようとしなかった。
「……なに」
学園の生徒達はどうしてしまったのか。あれだけ優しかったではないか。
「って、女神像に近寄んなよ!つまみ出すぞ!」
汚物を持つような手で、乱暴な男子生徒が犬を掴み上げる。犬は抵抗し暴れた。
「ま……」
シャーロットは声を出そうとする。それに気がついたのは、生徒達だった。一斉に注目を浴びる。それはどれも好意的なものなど決してなく。露悪的なものだった。
「あ……」
――あの子が。
――ほら、あの子。
――片桐先生との。
冬花の時の記憶が蘇る。針のむしろにされ、大勢の前で晒される。
喉が渇く。伝う汗は止まらない。生まれ変わった後でも、トラウムは消えてくれない。
「……だとしても」
シャーロットは手を握った。あの犬がなにをしたというのか。あんな仕打ちを受ける必要があったというのか。今、シャーロットの中にあったのは。――小さな怒りだった。
「わ、私の。うちの子です!」
シャーロットは目を瞑って叫んだ。周りはしんとなった。彼らが呆けているのならば、と目を開けたシャーロットは犬を奪い返した。
「よって、この子に酷い事するなら。う、う、訴えますから!」
弱りきった犬を、シャーロットは抱き留めた。意地でも離さない。
「……」
腕の中の犬は、シャーロットを見上げていた。ただじっと。見つめていた。
「――お見事な啖呵ですこと。大したものね、シャーロットさん?」
悠長に拍手しながらやってきたのは、品のある女子生徒。カイゼリンだった。彼女が引き連れてきたのは、側近であるリヒター及び自治委員会の面々だ。
「きたか、自治委員会……」
「やっぱり、くるよな……」
自治委員会のお出まし。生徒ないシャーロットはそれが何を意味するかわからない。だが、学園で過ごす生徒達は違った。場に緊張が走る。
「リヒター。そちらのワンちゃんをわたくしの元に」
「かしこまりました。カイゼリン様」
命じられたリヒターは、シャーロットとの距離を詰めた。命令のまま、犬を取り上げようとしていた。
「何をするんですか!」
「大人しくされた方がご賢明ですよ」
「誰が……」
誰が信用するかと、シャーロットは犬をさらに強く抱きしめた。
「……」
リヒターはそんな彼女をまじまじと見ていた。――まるで観察するかのように。
「――では、失礼しまして」
「!」
シャーロットは仰天した。恥じらいもなく彼は耳元まで口を寄せてきたのだ。彼の唇がシャーロットの耳に触れる寸前だった。
「――カイゼリン様は信用なさってください。あの方は信用に足る方です」
「え……」
リヒターの声音は真剣そのものあった。聞こえたかどうかはわからないが、犬が腕の中でもそもそと動いた。
「おや、賢いワンちゃんですね。さあ、おいでなさい」
「きゅーん……」
犬はリヒターの手に渡った。悲しそうに鳴いていた。そう、望んだわけでもない。それでも場を治める為にも、犬はそうしたようだった。
「君は……」
――シャーロットに負担がかからないようにと。出逢ったばかりなのに、そこまで考えてくれたのかと。
「おー、よちよち。かわいいでちゅねー。ええ、ワンちゃんのことはご心配なさらず。小動物に罪はありませんもの。……さて」
リヒターは犬を丁重にお連れし、いまやカイゼリンの腕の中だ。デレデレな顔で愛でていた
彼女だったが。――表情は無に近しいものとなった。
「――貴女は大罪を犯しました。よって、連行します。シャーロット・ジェムさん?」




