モフモフの恩返しと忍び寄る影。
シャーロットは棚から治療用具を取り出す。犬は椅子の上でお座りをしていた。大人しく治療を受けてくれるようだ。シャーロットは患部に霜焼け用の軟骨を塗り込んで、上から包帯で巻いた。
「これでよし、と。安静ね?」
「……」
犬は黙ったまま、暖炉の前に丸まった。大人しくはしてくれるようだ。
「あ、暖炉……」
家の中は基本的に寒い。寒さに耐性のあるシャーロットもそう思っていた。寒さに強い犬なら平気かと思ったが。
犬は普通にガタガタ震えていた。犬も度が過ぎると寒いものは寒いようだ。
「あわわ……」
シャーロットは家を飛び出した。裏手にある用具入れから、前の住民の薪割り用具を借りる。慣れない手つきで斧を構え、薪を割っていく。歪なそれらが出来上がった。
「……」
出窓から犬が覗いていた。気になったのだろうか。
「大丈夫だよ。安静にしてなさい」
「……」
犬はぴょいっと、出窓から降りていった。暖炉の前に戻ったのだろう。
「……あ」
シャーロットは失念していた。使用してこなかった暖炉は、手入れがされていない。今からとりかからなくてはならない。シャーロットは憂鬱になった。相当手強い汚れだろう。
このままぐだついていては、犬を待たせることにもなってしまう。シャーロットは重い腰を上げた。
「……ん?」
暖炉の中まで手入れがされていた。煤汚れもほとんどなく、いつでも使用可の状態だった。
「おかしくない?」
店の外ならともかく、内部まで手入れが行き届いているのだ。シャーロットが鍵を閉め忘れたのもあるかもしれないが、そもそもが。――誰がここまでするのかと。
「アルトは世話焼きだけど……」
そもそも彼は謹慎処分中だ。それを抜け出してまでやる意味がわからない。
いや、すること自体がシャーロットは不可解だった。まだ、シャーロットの目の前でやるならわかる。なのに正体は不明のままだ。なにも利がない、得もしないだろうと。
「ううん、今は」
ガタガタ震えているモフモフがそこにいる。シャーロットは暖炉に薪をくべ、火をつけた。部屋の中が暖まってくると、犬の震えも治まった。犬は目を細めて暖炉を見ていた。
「それじゃ、次は――」
犬の薄汚れた体もどうにかしたかったが、傷だらけの体に無理はさせたくなかった。
「ちょっと待ってね」
シャーロットは浴室に行って、タオルをお湯に濡らす。ほかほかのタオルを持って、犬を拭こうとしていたが。
犬は後ずさりをした。シャーロットが近づく。犬は離れる。しまいには。
「うぅー、ぐるるる」
唸り出した。相当嫌のようだ。
「そんなに嫌がらなくても。仕方ないか」
シャーロットは諦めることにした。
「ほら、分けておいたごはんだよー」
「!」
犬は右向きに尻尾を振った。現金だった。
その日は結局、客が訪れることはなかった。シャーロットはウダウダを経て、犬と過ごして終わった。立て看板を裏にしようと、外に出る。
「え……」
確かにシャーロットは表にしたはずだ。それが、裏になっていたのだ。これも記憶違いなのだろうか。実際はどうだったのか。
「……もう、なんなの」
考えれば考えるほど、シャーロットの頭は混乱していく。
「くしゅん!」
シャーロットはくしゃみをした。いつまでも外にいるわけにもいかない。家に入っていった。
犬は暖炉の前で寝ていた。丸まったまま、スピーと寝息を立てていた。
「……!?」
まただ。今はモルゲンが近くにいないはずなのに。あの視線が。――射抜くような視線がした。シャーロットは震え上がってしまう。これは悪意なのだろうか。それとも。
「……近くで、寝ていい?」
シャーロットはこの犬を見ていると安心した。ソファの上に偶々かけてあった毛布を犬にかけて、彼女もソファに寝転んだ。
「……」
犬は起きていたのか。シャーロットの近くまで寄ってきた。彼女の足元で再び丸くなった。
「ふふ、ありがと。あと、毛布――」
シャーロットは嬉しかった。犬にかけた毛布はずれてしまった。体を起こして、掛け直した。シャーロットは安心したのか眠くなってきた。そのまま――。
暖炉の火はついたまま。シャーロットは目を覚ました。辺りはまだ暗く、夜のままだ。
「あれ?」
残されたのは毛布だけ。小皿もボウルも空だ。犬はいなくなっていた。
「帰っちゃった……」
シャーロットは店から出て、犬の姿を追う。やはりその姿はない。ふと、足元を見る。そこにあったのは、葉っぱと果実だった。これはきっと。――犬からのお礼の気持ちだろう。
「ふふ」
シャーロットの心は温かくなった。屈んで、それらを拾った。寂しくもあるが、元気になったのならそれで良いと思うことにした。
「また、遊びに来てね?いっそ、うちの子に。……なんてね」
高望みか、とシャーロットは笑った。犬からの贈り物を大事に、家に入っていく――。
「――え」
閉じられていく扉の先には、いるはずのない人物、『彼』がいた。
月明りは照らされど、逆光によって彼の表情がわからない。扉は閉じられていく。
「待って!?」
シャーロットはもう一度扉を開いた。そこにいる彼に声を掛けようとしたが。
彼、――アルトはそこにはもういなかった。
「……どうして?」
何も普通に声を掛ければいい話だ。謹慎処分の身を気にしてたとしても。なら、脱走しなければ良い話だ。シャーロットは理解し難かった。
「幻覚……?」
そう捉えるしかなかった。シャーロットは腑に落ちないまま、家の扉を閉めた。




