図書室で見た夢。
学園の正門までやってきたはいいが、閉門していた。モルゲンはおかしいと言う。
「この時間帯ならな、普通に開いているんだ。すみません――」
モルゲンは門番兵に尋ねていた。回答をもらったようで、戻ってきた。
「……あのな。今日も猛吹雪ということで、外出禁止令が出ているとのことだった」
ここだと実感わかないけどな、とモルゲンは教えてくれた。
「そうですか……」
としか言えなかった。シャーロットは店も気になるが、駄々をこねるわけにもいかない。あの問題児のように、裏口を使うという強行までは及ばない。
「もう一周するか?」
「いえいえ! もうさすがに悪いです。先生もお休みの日は休んでいただいた方が」
「まあ、そうなんだよな。となると、寝だめするくらいなんだよ」
「寝だめ、でしょうか」
シャーロットにとって教師とは。休日でも忙しいというイメージがあった。
「ああ、違うんだ。俺は休日前に徹夜してでも業務を終わらせるタチでな。昨日の時点で寝だめは済んでいるぞ」
「はい……」
あまり偉くも褒めても良い内容とも思えなかった。
「……あれだな。猛吹雪の件で生徒への注意喚起もしないとか。他にも連絡事項とか、だな」
休日とはいえ、本職の仕事をする気になったようだ。
「はい、お疲れ様です」
シャーロットは彼を送り出すことにした。
「どうもな。シャーロットはどうするんだ? 女子寮の子らと遊ぶか? ああ、男子寮はおススメしないぞ。アルトみたいのが大量にいるからな」
「アルトみたいなら平気ですけど……」
せいぜい騒がしいくらいかとシャーロットは思っていた。これはモルゲンの例えも良くなかった。
「図書館、解放されてましたので。本を読んで過ごしたいです」
「……そうか。あの連中のところに行かないのなら」
「先生。私には男の子のとこに遊びにいく度胸ありませんよ。話してくれるのは同世代だとアルトくらいですし」
シャーロットは自分で言っていて悲しくなっていた。自虐にまで走ったのに、モルゲンはまだ疑っていた。
モルゲンとならスラスラ話せるのは、あえて言わなかった。シャーロットは言うことでもないと思ったのだ。それと、同世代じゃないからかといった突っ込みも怖れていた。
「まあ、そういうことにしとくか。じゃあ、顔出しくらいはするからな」
「気が向いた時にでもお願いしますね」
シャーロットは社交辞令で返した。モルゲンは微妙な顔をした。
「絶対に顔出してやるからな。よし、さっさと切り上げてやる」
むっとしたモルゲンはスタスタと歩いて去っていった。シャーロットは声をかけようもなく。
モルゲンと別れた後、シャーロットは捜し歩いていた。あのモフモフのことが気になったからだ。よく野良が紛れ込むとはいったが、あの犬以外を目にすることはなかった。
「いないね……」
ひたすら歩くも、やはりその姿は無かった。この猛吹雪の中出て行ったことはないと信じたい。この学園に留まっていた方があの犬も安全のはずだ。
シャーロットは本校舎の図書室へ向かうことにした。
図書室は解放されていたものの、誰もいなかった。司書も不在で、貸出自体が行われていないようだ。
学園の蔵書の数は誇るべきものだった。シャーロットは目を輝かせながら、本の王国へと入り込んでいった。梯子も使って本を手にとっていく。あれもこれも、前から読みたかった本だ。
「……懐かしいな」
いくつか本をとったあと、手にしたのは絵本だ。孤児院でも読んだもの。春の女神の絵本だった。色褪せないものがそこにあった。
シャーロットは席に着くと、絵本から読み始めた。
春の女神は、いつもみまもっています。
いきとしいけるもの、すべてがだいすきです。
あいをこめて、春の女神は、いきをふきます。
はながさき、きはみのり。いきものたちはおおよろこびです。
「春の女神は、見守っておられる。生きとし生けるものが大好き。春の女神の息吹が、草花を芽吹かせる……」
あるひ、おとこのひとがひとりでないていました。
だいせつなひとにあえない。かなしそうです。
かわいそう。やさしい春の女神は思いました。春の女神は――。
「確か、強い思いがあればって。再び巡り合えるからって。それで、春の女神は。――魔法をかけたんだ」
人と人は分かたれようとも。強い思いによって、やがては再び巡り合うと。
人の意思の強さを信じた春の女神は、魔法をかけたという。この伝承をもとに、この世界の人達は生まれ変わりを信じるようになった。
「強い思い。ふふ……」
逢わないようにと。逆なことを願ったシャーロットは笑ってしまった。
「続きは……」
シャーロットは結末を思い出す。この男の人は生まれ変わって、愛しい人と巡り合えた。――ハッピーエンドだ。
それからまた別の話となる。シャーロットは懐かしさに浸りながら、うとうとし始めた。
「眠い……」
シャーロットは眠くなってきた。瞼ももう重い。彼女は自分が思った以上に疲れていたのだろうか。ここは眠気に抗うことはせず、絵本を横によけた。座ったまま眠り落ちていく――。
ここは図書室か。シャーロットは本を閉じたまま。彼女はまだ微睡みの中だった。
目を閉じながらも感じるのは、夕日の光だ。そして、――目の前に立っている人。
その人が絵本をめくる音がした。パラパラとめくると、絵本を閉じたようだ。
その人は、シャーロットの隣りの椅子に座った。シャーロットの椅子に手が置かれ。
シャーロットの頬にもう片方の手が添えられる。
「……シャーロット」
名を呼ぶ。甘く熱情を孕んだ声で。
「……」
それから重なったのは。――互いの唇だった。一度ではなく、何度もそれは繰り返される。
シャーロット、冬花にとっても初めてのはずだ。なのに、それがとても自然なことのように思えていた。胸の鼓動は速まれど、どこか安心でもあった。
いつまでも続きそうだったが、その人がようやく唇を離した。
その人が去っていき、扉が静かに閉まった。
シャーロットは満たされていて、余韻に浸っていた――。
「はっ!?」
シャーロットは勢いよく立ち上がった。衝撃的な内容なあまり、だった。椅子が倒れてしまったので、起こし直した。
日はすっかり暮れていた。明かりがついてない図書室は真っ暗だった。曇り空なので、月も見えない。
「本、戻さなくちゃ」
シャーロットは手探りで照明の装置を探すも見つからなかった。暗闇の中、シャーロットの目は慣れてきた。絵本しか読んでなかったが、そこはちゃんとすることにした。
「うう……」
ある程度は把握出来るし、大体の位置は覚えている。空いたスペースに戻していった。にしても、暗闇の中の梯子は怖い。シャーロットは実に怖かった。
「……」
戻し終えた後に、シャーロットは立ち止まる。触れるのは自分の唇だ。
「……!?」
シャーロットの顔が一気に赤に染まった。あの感覚を思い出してしまったのだ。
「いやいや」
あれは夢のはずだ。やけに感触が生々しいが、それでも夢だ。それにしてはリアルだった。いや、でも夢だろう。シャーロットは一人葛藤していた。
「……夢でしょ」
相手もわからない、そんな夢だと。自分とそういうことをする相手。それは想像もつかないとシャーロットが考えていたところで。
「――まだ、残っていたのか。もう夜だぞ」
「!?」
シャーロットの心臓が飛び跳ねた。やってきたのはモルゲンだ。部屋が暗いのが幸いだった。真っ赤になった自分の顔を見られなくて済むと、シャーロットはホッとしていた。
「せ、先生、あの……」
あれは夢のなのだ。ましてや相手はモルゲンのはずがないと。なのに、シャーロットは彼と目を合わせられることは出来なかった。
「ん?ああ、遅くなったな」
遅くなった。モルゲンはそう言う。
「……」
これは、あれだろうか。シャーロットは冷静になって考えた。――来るのが遅くなった、か。つまり、モルゲンは今来たばかりだと。夕方に来たはずもないと。
「どうした」
「いいえ」
「そうか?――ともかく時間だ。今日も女子寮に泊まっていきなさい」
「はい、モルゲン先生」
シャーロットは目を泳がせながらも、笑った。顔が赤いままなのは、仕方ない。あれは単なる夢だと言い聞かせながら、寮に戻ることになった。




