朗らか女帝と堅物側近の登場。
モルゲンの語り口は見事だった。シャーロットも興味津々になって、あれこれ尋ねてみる。嬉しそうに回答するのが、モルゲンだった。
見た目は妖しい魅力が漂う彼だが、実に生徒思いのようだった。仕事熱心だな、とシャーロットは思っていた。
最上階に着くと、シャーロットの目についたのは学園長室だった。
「今回の推薦の件もそうです。お忙しいとは思いますが、ご挨拶したいです」
シャーロットは挨拶にあがりたいと提案してみるも。
「ああ、まあな……。ただな、学園長はお忙しくて、だな」
モルゲンに不在と返されてしまった。挨拶自体も厳しそうだったが、いずれ機会を設けるとモルゲンが約束してくれた。
「――さて。あいつら活動しているかな」
最奥にある部屋が、最終目的地か。扉のプレートにはこう書かれている。――学園自治委員会と。
「シェリア、いるか?」
女生徒の名だろうか。モルゲンは扉を叩いた。
「はい。モルゲン先生ですわね。――今、向かわせますわ」
品の良さそうな女子生徒だった。モルゲンの目当ての女子生徒が在室のようだった。
「ごきげんよう、モルゲン先生。――そちらのご婦人は、編入生の方でしょうか」
女子生徒の指示により、出迎えてくれたのは理知的な男子生徒だった。若干短めの前髪を斜めに流した、切れ長な目が印象的な涼しげな青年。
この青年もそうだが、奥に座っている女生徒もそうだ。厚手素材の詰襟の制服を着ていた。
「自治委員会の制服はな、特別なんだ」
モルゲンがこっそり教えてくれた。元々の制服はシャーロットにはわからなかった。アルトも私服やギルド服等ばかり訪れるのもあった。はい、とだけ。シャーロットは返事した。
「……ああ、元の制服知らないか。まあいい。業務中悪いな。紹介したい子がいてだな」
「ええ、存じてます。初めまして、選ばれし方?わたくしは、シェリア・カイゼリンよ」
内側に巻かれた髪に華やかな顔立ちの少女。彼女は玉座そのものの椅子で優雅に構えていた。
柔らかな物腰なれど、瞳からは強い意志を感じる。シャーロットは圧倒されていた。
「初めまして。私は、シャーロット・ジェムです。シェリアさん、よろしくお願いします」
シャーロットが挨拶をすると、女生徒は笑んだ。とても良い人そうだと、シャーロットが思っていた矢先。
「――カイゼリン様でございます」
「……?」
いつの間に真横に立っていたのは、迎えてくれた青年だった。
「カイゼリン様でございます」
「失礼しました。カイゼリン様」
執拗に言ってきた。シャーロットは大人しく従う。戸惑いつつもだった。
「……気にしなくてよいのに。貴女の好きなようにお呼びなさいな」
「いえ、カイゼリン様と呼ばせてください」
真横の男からの圧がすごい。シャーロットは屈した。教師はともかくとして、自分は一生徒に過ぎないと。いや、生徒ではないが。
「彼はリヒター。わたくしの補佐を務めてくれてるの。他の皆も紹介したいところですけれど、休日は基本休ませているのよ」
シャーロットは感動した。理想のトップの姿がそこにあった。
「リヒター様ですね」
カイゼリンから紹介してくれた青年。彼ははリヒターというようだ。それが名前か苗字かはわからない。あとでモルゲンに聞いてみようと、シャーロットはそうすることにした。
「私はリヒターと申しますが、様づけは結構です。ジェム様、よろしくお願い申し上げます」
「はい、こちらこそ。リヒターさん、よろしくお願い致します」
リヒターは直角にお辞儀した。こうも綺麗でサマになるのは、そうそう見ない。シャーロットも、カイゼリンとリヒターにお辞儀をした。
「相変わらず、かたっ苦しいな。リヒターは」
「誉め言葉でございます。ありがとうございます」
呆れながらもモルゲンが口にした。リヒターは堪えてなかった。
「なるほど」
リヒターは名前の方なのかと、シャーロットはそう推理した。モルゲンがそう呼んでいるからだ。
「ああ、シャーロット。リヒターは苗字だ。教師相手だろうと、そう呼ぶように。だそうだ」
「……なるほど」
そう関わることもなさそうな人物だ。なにかしらの事情があるだろうが、追求することでもない。シャーロットはそれでよしとした。なるほどで済ませた。
「――貴女、美味しそうね」
「へ」
間抜けな声が再発した。シャーロットは確認する。発言主はカイゼリンだ。
「だって、『シャーベット・ジャム』でしょ? 美味しそうで可愛らしいお名前なこと」
カイゼリンはクスクス笑った。
「……」
シャーロットは困っていた。この手の言い間違いはありそうでいて、意外となかった。いじってきそうなアルトもそう呼んだことはない。
にしても。この女帝さながらの女生徒の発言はそれにしても。悪意があるのか。試しでもしているのか。まさか、天然か。
「今すぐにでも、シャーベット・ジェムと改名なさってください」
「困ります!」
しれっと言ってきたのは真横の男だ。さすがにそれは致しかねた。
「……もう、リヒター。冗談よ、冗談。シャーロットさん、でしょう?」
天然でもなく、冗談のようだった。存外、気さくのようだ。
「ははははははははははは。さすがは、カイゼリン様。ユーモアにも長けてらっしゃいますね」
こんなにも感情の無い笑いは聞いたことがなかった。シャーロットはもう深くは考えはしまい。この真横の男のことは。
「……美味しそう、か」
教師は教師で何か呟いている。
「……淫行教師でお間違いありませんか?」
「あらやだ、モルゲン先生。――審問にかけなくては」
すかさず自治員会の監視の目が入った。
「……名前がだ、名前が! ほら、リヒター。笑えって」
「ははっ」
焦るモルゲンに、リヒターは必要最小限の笑いで返した。
「――まったく。このへんでいいな。じゃあ、邪魔したな」
「ごきげんよう、お二人方。リヒター、送って差し上げて」
「いやいい。遠慮しておく。行こう、シャーロット」
モルゲンに促されたシャーロットは会釈後、退室していった。




