ここは名門、ブルーメ学園。
ご覧いただきまして、ありがとうございます。
少しだけですが、やっと、やっと、やっとモフモフが再登場します。
お付き合いいただけましたら、有難いです。
まずは近場にある寮についてだった。女子寮と男子寮のことはわかった。その中央奥にある、より立派な建物も気になっていたのだ。
「ああ、あそこは迎賓館みたいなもんだ。学園のお偉いさんか使ったり、ゲストを招いたり。一部の寮生も住んでいる。教師の俺が言うのもなんだが、特別扱いでもあるな」
「へえ、そうなんですね……」
造りが立派過ぎることもあり、シャーロットは見惚れてしまっていた。
「寮の説明はこのへんでいいか。しっかり者の寮長が説明してくれただろうしな。シャーロット、次行こうか」
モルゲンに呼ばれた。ぼうっとしていたシャーロットは急ぐ。と同時に、足を滑らせてしまった。
「ひゃっ」
「おっと。気をつけろよ」
転倒しかけたシャーロットを、モルゲンは軽々と右腕で抱えた。ひょういと彼女を起こす。
「すみませんでした――」
シャーロットはモルゲンを見ようとした、その時だった。
「!?」
シャーロットは後ろを振り返った。――刺すような視線がしたのだ。
「あ……」
周囲にも目撃者はいるが、モルゲンの人助け程度の認識だ。教師が生徒を助けた。その程度だ。シャーロットが思わずにはいられないのは。――やっかみの感情か。
モルゲンに思いを寄せている生徒が、自分を敵視しているのだろう。シャーロットはそう思っていた。彼女はただそう思い込んでいた。
「……はい、気をつけます」
モルゲンに返事をしつつも、ちらりと後ろを振り返る。その視線はもうなかった。
この中央広場は昨日も訪れたものだ。女神像は今日も美しい。シャーロットは神聖さに手を合わせた。シャーロットとしては、昨日もそうしたかった。状況がそうさせてくれなかった。
この国において、春の女神信仰は根付いている。冬に覆われたこの国も、春の女神の御力によって。――春がもたらされるという。
「――へっへっへっ」
「……ん?」
足元で声がする。何かの呼吸の音だ。ちょっと荒めだ。シャーロットは薄目で下を見る。
「……ワンコ?」
前世の世界で例えるなら、ポメラニアンかチワワか。いや、若干異なる出で立ちだ。三角耳はピンと立っており、体中が被毛で覆われていた。いうならば、――モフモフしていた。
「この子……」
愛らしい姿だが、薄汚れていた。黒ずんでいて、元々の色がわからなくらいだ。いくつか包帯が巻かれているようだ。傷を負うだけの仕打ちも受けているということか。
「ねえ、君――」
「!」
シャーロットの隣りに立っていた存在が、体をびくっと震わせた。シャーロットが二の句を告げる前に、足を揃えて走り去っていった。さすがの早足だ。姿はもう見えなかった。
「――ああ、そいつな。最近見るようになった野良犬だ」
「犬なんですね。保護されるといいな……」
犬という認識で合っていたようだ。人にも慣れてないようだ。シャーロットは心配せずにはいられなかった。
「……だな。こっちも色々手を尽くしてるんだけどな」
「それって」
もしかしたらと、シャーロットは考えた。あの手当もこのモルゲンによるものではないかと。彼からは決して自分がやったとは言わない。それも想像できた。
「アルトがどこまで説明したかはわからないけどな。この春の女神像は本物だ。対にもなっているんだ。とても重要なものだ」
「はい」
「ああ、そうだ。我が国が春を迎えるにあたって、必要不可欠だ。この二体があってこそ、成立するんだ」
「……はい」
シャーロットにとっては初耳だった。返事だけはしておく。気になるところはあれど、時間をとらせるのも気がひけたのだ。
「お前、本当にいいのか?質問、受け付けるぞ?」
「それは……」
モルゲンは察してくれたのだろう。それでも、遠慮の気持ちが勝ったシャーロットは質問することはなかった。モルゲンも今はそれで良しとして、次の場所に案内することにしたようだ。
「よーし、よし。今は、な?今日はまだ案内したいところあるしな?今度時間がある時にでも、じっくり聞かせてやろうじゃないか」
話したい欲が治まったわけではなかった。モルゲンはとことん語りたいようだった。
「モルゲン先生って、もしかして」
「ん? なんの教科だと思うか?」
「歴史、ですか?」
「ご名答だ。伝承大好き人間だ」
シャーロットの頭をぽんぽんとすると、今度こそ次の場所。運動場へと足を向けた。
「……」
シャーロットの頭に感触が残り、消えてくれない。どこまでも子供扱いだとシャーロットは複雑だった。初等部限定のそれを、やってくれるなど。
「……私、初等部じゃないけどな」
「ああ、わかってるよ」
「先生!?」
うっかりと呟いてしまった言葉は、しっかりと拾われてしまっていた。心臓に悪かった。
運動場に案内されると、部活動が行われていた。乗馬部が手招きしてきたので、シャーロットは近づいていく。
「はい、部員ゲット!」
「わっ」
女生徒がシャーロットに抱き着いてきた。モルゲンは軽くたしなめる。
「こらこら。強制勧誘はやめなさい」
「はーい。あなたもごめんね?でさ、馬乗ったことある? なくてもいいよ? 楽しいよ? 楽しいよ!?」
女生徒はシャーロットに迫ってきた。シャーロットはたじろぎながらも答える。
「馬は好きです。たまに、乗ったりもします」
シャーロットが馬が好きなのは本当だ。それに、仕入れなどで遠出する際、馬を借りたりもする。例の幼馴染と相乗りをしたりもする。シャーロットは自然と笑いがこぼれた。
「……あらぁ、可愛いこと。じゃあさ、一緒に乗ろ?うちの馬にも乗ってみてよ!」
「え、あ、そうですね。それではお願いします」
女子生徒はぐいぐいと迫った。シャーロットはその勢いに飲まれつつも、断ることもなく。乗らせてもらうことにした。
「よし、じゃ行くよー」
「わっ」
女生徒は馬を飛ばした。広い運動場を駆けていく。寒い風が頬を撫でるが、不思議と心地が良かった。
「あ、編入生の子? よかったら、弓術部も見学にきてねー」
「お! うちのマネージャー募集だ!よろしくな!」
駆けた先でシャーロットは勧誘されていた。
「だーめ! うちの部の子にするんですー」
馬術部の女子が勝ち誇った顔をする。彼女はブーイングをものともしない。さらに勢いつけて馬を走らせた。
「よし、このへんで」
「ありがとうございました!」
シャーロットには爽快感が残った。この速さで馬を駆けることも早々なかった。女子部員も満足そうだ。
「ま、あいつらの恨み買いたくないからね。他の部もね、見学してみて?楽しいよ?」
「はい!」
返事が良いシャーロットの後ろから噴き出す声がいた。モルゲンだ。
「……あ」
そうだ。はい!ではないのだ。シャーロットはまだ入学すら決めかねている。女子部員に挨拶をし、待たせていたモルゲンの元へ戻る。彼はまだ笑っていた。
「いや、悪いな……。ずいぶん元気のよい返事だなって……」
「……はい、初等部の子に負けないくらいに」
「はははっ、そうだな。いい勝負だな」
シャーロットなりの意趣返しのつもりだったが、笑って流されてしまった。ただ恥ずかしいシャーロットにモルゲンは話しかけた。
「いいんじゃないか、部活動。……そうだな。せっかくの学生生活なんだ、楽しんだ方がいい」
「……先生」
そう話すモルゲンの顔は、優しかった。
犬も可愛いですよね。馬も可愛いですよね。




