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少女の前のアルトと、それ以外のアルト。

 アルトが連れていくのは、裏口だった。脱走常習犯の彼はそこから出入りしているという。専用の鍵があるはずだが、彼は難なく解除していた。偽造によるものだ。

「……アルト」

 シャーロットはこの問題児をじいっと見ていた。

「うう、視線が痛い……。反省します、反省しますから」

 アルトは頭を抱えていた。シャーロットは溜息をついたあと、話す。

「……うん、まあ。それもだけど、アルトが危ない事に突っ込まなきゃいいなって。ただでさえ、ギルドのこともあるし」 

「ああ、シャーリーが心配してくれてる……」

 キュンキュンしたアルトは、シャーロットに抱き着こうとした。シャーロットはすっとかわす。

「あーあ、避けられちゃった。いいんだよ、俺が好きでやってるから。あと、問題児とか言われてはいるけど。でもね! 誰かを殴ったりはしてないから」

「うん、そこは信じてる」

 シャーロットははっきりと答えた。アルトが訳もなく誰かに暴力をふるうことはない。そこは信じられるところだった。

「ああ、シャーリー!」

 トキメキが高まったアルトが再挑戦するも、シャーロットは今回も避けた。

「もう、さっきからどうしたっていうの」

 何かとスキンシップをはかってくるので、シャーロットは困惑していた。ここでいつもなら、『ぷりぷりしたシャーリー可愛い』とくるところだが。

「――兄貴なら、いいの」

「え……」

 暗い表情だった。突然の指摘でもあった。

「シャーロットはさ、兄貴の知り合い?初めて会ったって感じじゃなかった」

「……それは」

 その指摘は鋭かった。アルトがいかに彼女を見ていたかだ。シャーロットも答えに惑う。

 いくら春の女神の伝承があったとしても。あの男が片桐の生まれ変わりだとは断定ができない。確証がもてないことだ。仮にそうだったとしても、そうでなくとも。アルトに言うことでもない。

 シャーロットは器用に嘘をつけるタチではない。といって、馬鹿正直にも言えない。嘘とも言えない範囲で話すことにした。。

「知り合いにね、似てるかもって。でも多分違うと思う。むしろ、アルトのお兄さんというインパクトの方が強いというか」

「……本当?」

「本当。これは信じて」

「これは、って」

 言葉尻を拾われてしまったか。シャーロットはまずったと思ったが。

「シャーロットはさ、兄貴のこと好きってわけじゃないよね」

「……うん」

「今の間。まあ、いいや。だって、シャーロットってばお目目キラキラ。――って感じでもなかったし」

「ふふ、なにそれ」

 シャーロットは彼の明るい言い方に安心するも。

「悲しそうな顔。アイツの言葉にいちいち傷ついている顔」

「!」

 本当にどこまで。アルトはシャーロットのことを見ているのか。

「……俺のシャーロットなのに」

 アルトは目を伏せていた。いつもの明るい顔はどこにもいない。

「――アルト!ほら、この学園にもあったんだね!私、知らなかった」

 シャーロットはどうも答えられなかった。逃げの選択肢をとった。彼女は気になったものを示した。わりと大袈裟めであった。

 それは、学園の広場にある女神像だった。長い髪に花の冠を戴く美しい女性。服の質感も本物のようだが、これが石像というから驚きだ。

――春の女神の像だ。

 シャーロットが知る限りでは、都の中央広場にあるものだった。学園にあるものよりも、一回り二回りは大きいものである。造りもほぼ一緒だったが、異なる点といえば。

 前に差し出す手が異なること。都にある方が左手なら、こちらにあるのは右手だ。

「なんか、対になるように造られたんだって。俺もよくわかんないけど」

「……アルト」

 アルトが普通に話しかけてきた。話の調子もいつもの彼だ。

「なんだろ。女神サマの前だからかな、こう、悪さは出来ないというか」

「なるほど。うん、わかるかも」

 それはシャーロットにもわかる気がした。この像も本物だ。厳かな気持ちをもたらしてくれる。

「っと、冷えるよね。女子寮こっちこっち」

 このまままっすぐに進むと高等部だが、今は用はない。十字路の右側を進んでいき、女子寮を目指すこととなった。

 男子寮と女子寮とで別れれている。寮生は全てここで生活をしていた。この時間ともなると、どの生徒も外には出ていなかった。寒いということもある。

「失礼します、女子寮の偉い人いますか?」

 アルトは呼び鈴を鳴らした。敬語を使うのもそうだが、彼にしては妙に落ち着きもあった。

「はいはい。偉い人じゃないけど、一応寮長です。今、開けますよっと」

 中から声がした。寮長である女子生徒がやってきてくれた。内側から解錠をして迎え入れてくるた。中から出てきたのは、ショートカットに眼鏡のしっかりしてそうな女子生徒だった。

「おやおや、君は。珍しい人が来たもんだ。でもって――」

 寮長と名乗る少女はアルトを見る。こうして女子寮に来ることもだが、まともに姿を見たこともなかったようだ。隣の派手な髪色の存在も気になる。

「夜遅くにすみません。寮長さん。この子、シャーロット・ジェム。まだ入寮は決定してないけど、帰せる状況でもないんで。泊めてあげてください」

 アルトは最低限の挨拶をした。それが気になるところでも、シャーロットも自らも挨拶をすることにした。

「シャーロット・ジェムです。突然ですみません。一晩お世話にならせていただけますでしょうか」

 自分の部屋の準備は出来ているとはいえど、この時間に押しかけることになった。迷惑な話には変わりはない。シャーロットは頭を下げた。アルトもそうした。

「いんやー、気にしないでって。君の話、聞いてるし。さっきもね、他の子ら案内しとったからね」

「他の子、ですか?」

 シャーロットは顔を上げた。不思議な話だった。シャーロット以外にも、新しく学園にやってきている生徒がいるのだろうか。同じく顔を上げたアルトを見るも、彼も知らなさそうだった。

「そうそう。新たに生徒を増やしたい招きたいとかで。私が知ってる事情はそんくらい。じゃあ、部屋案内するよ。アルト君もお疲れ様。君もたまには寮で休みなよ?」

「わかりました。どうもです」

 アルトは役目を終えたと、男子寮に戻ろうとした。去り際に耳打ちする。

「ここの寮長さん、悪い話は聞かないけど。何かあったら、遠慮なく言ってね」

「それは。大丈夫だと思うけど、心配してくれたならありがとう。おやすみ、アルト」

 シャーロットは笑ってお礼を言った。

「……。ん、おやすみ」

 無表情だったアルトも、蕩けるような笑顔を見せた。何度も振り返っては手を振る。シャーロットが早く帰るようにいうと、照れ照れしながら走り去っていった。

「さて、シャーロット・ジェム君。二人の世界の中、ごめんよ?」

「あ……」

 寮長のみならず、寮のロビーでたむろっていた他の寮生も見物に来ていたようだ。二人にしてみればいつものやり取りだが、第三者からしてみればいちゃついているようにしか見えない。

「あの、すみません。お待たせしました」

「うんうん、気にしないで。いやぁ、アルト君にあんな面があったとはねぇ」

 寮長はしきりに頷く。何やら誤解されているようだ。

「ね、びっくりだよね。アルト君、あんな顔するんだ」

「聞いてもいい?どういう関係?あ、答え辛かったらいいよ。勝手に妄想するから」

 それほどまでに、アルトの学園での姿は違うのだろうか。それはともかく、シャーロットは誤解を解くことにした。

「アルトは昔から付き合いがあって、幼馴染なんです。すごく優しい子です」

「……幼馴染。はい、きた!」

「……特定の子にだけ優しい。はいはい、きましたよ!」

 シャーロットの発言によって、さらに盛り上がってきた。

「はいはい、そろそろ消灯時間ね。みんな解散解散。シャーロット君、案内するね」

「はい、お願いします」

 寮生達は口々におやすみと告げて、各々の部屋へと戻っていった。見届けた寮長は、シャーロットを部屋まで案内する。

 階段を上り、一番奥の部屋。そこがシャーロットの部屋だった。

「一通り必要なものは揃ってるけどね。好きに使ってくれていいよ。あとはそうだな。困ったことあったら言ってちょうだいな? それじゃ、おやすみ」

「おやすみなさい。ありがとうございました」

 寮長は後ろ向きで手を振っていた。シャーロットもぺこりとお辞儀した。去った寮長を見届けると、部屋の扉を開ける。

 入った途端、温風が漂っていた。部屋の温度は適温で快適だ。浴室化粧室完備であり、簡易キッチンもある。前世からの癖で靴を脱ぎ、ふかふかの絨毯の上を歩く。壁紙や天井に当然シミ一つはない。

「おお……」

 極めつけはベッドだ。シャーロットは手で感触を確かめる。極上だ。壊れかけのベッドとはわけが違う。

 上流の暮らしがそこにあった。シャーロットの心は揺らぐ。

「……借りて、いいんだっけ。失礼しまーす」

 シャーロットは風呂を借りることにした。冷えた体が温まり、ぽかぽかな状態だ。着替えまで用意済みだったので、それもだ。髪を適当にかわかし、ベッドに寝転んだ。

「ここは天国か」

 まさにそのような状況だった。シャーロットは眠気が訪れたので、眠ることにした。

「ん……」

 その眠りは心地良く、満たされるものだった。


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